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間もなく笛の音が最高潮になった時だった。ついに音色に抵抗できる学生はいなくなり、マルタと相対する数は十を超えていた。魔法を補助する見習い魔法使い御用達の短杖を握りしめ、極めて乱雑に大量の魔力が練り上げられていく。しかし無理は確実に人体を蝕む。身の程に合わない過剰な魔力生成は体の内側で爆発を起こすようなものだった。当然、ともすれば今後の人生に影響を与えかねない損傷など学生たちを駒程度にしか思っていないベスティアが配慮するはずもない。マルタの魔力が勝っているという事実を覆すため、正しく身が擦りきれるまで魔力を絞り上げる。
学生たちの生み出した膨大な魔力も、脇に控える草食獣たちの微弱な魔力も残らず笛に集まっていく。そして学生たちは血反吐を吐いて次々倒れていった。渾身の魔力を全て奪われたためか、ぴくりとも動くものはいない。マルタは余りの外道な行いに眉をひそめるが、しかしそれはベスティアを喜ばせるばかり。
「安心するといい。死んではいない。大切な魔力生成人形たちだからな」
また笛を離したベスティアが嘲るようにマルタに言った。
「これは最初で最後の通告だ。君も死にたくはないだろう。おとなしく私の傀儡にならないか」
それが不遜とは言い切れない状況に成りつつあった。笛に宿る魔力は確実にマルタに匹敵している。加えてマルタは学生を守るように戦わなくてはならない。だが、それでもマルタは動じない。長い時間をかけて練り上げた魔力を解放し、煌々と輝く紫眼で敵をねめつける。
「御免だね」
「ぶくぐくく、まあそう言うと思っていたよ。私でも魔力を生み出し続ける人形になどなりたくはない」
だから死んでくれ。そう言うや否や異変は起こった。笛はついに全ての魔力を集め終え、これまでの大きくも優しい音色が荒々しいものに変わっていく。不快感など無かったそれは、今では耳を押さえたくなるような音が響いていた。そして泉で震えていた三本の石柱はついに耐えきれず砕け散った。途端に泉からは堰を切ったように水が溢れだし、マルタの足元を濡らしていく。
泉からは間欠泉のように水が上がっていた。石柱のあった場所から伸びる三本の水柱はまるで最初からそうであったかのようにまっすぐ形を保ち、やがて二又に分かれると素早くうねる六本の触手へと変化していた。触手は探るように地を探り、次第に笛の音に合わせるように動きが荒々しくなっていく。そしてそれらが戦場の真ん中、互いの前衛がぶつかる場に到達したときに動きは最大となった。蛇のようにしなる触手はギーレイと獣の戦いに割って入り、しかしマルタの予想と反して素早い狼のような獣を反応もさせずに六匹飲み込む。そうして触手は元の水柱に戻っていった。
六匹の狼を飲み込むと水柱は弾けるように空に散った。泉中の水を撒き散らされた丘は通り雨がきたように打ち水を浴びる。そして水を払うマルタは驚きに一瞬動きを止めてしまった。水の枯れた泉の底、そこに一体の怪物がいたためだった。
怪物は一見すると目の覚めるような美しい女だった。水に濡れた長い髪とそれを纏う体は艶かしく妖しい魅力を放つ。しかしそれは上半身までで、下半身は青い光沢を放つ鱗で覆われた魚の尾で出来ていた。そして足の代わりにと六頭の狼が生えている。内包する魔力は笛から流れてマルタに匹敵する量があった。怪物はゆっくりと泉の底から這い出る。そしてマルタを目で捉えると美しい顔を大きく歪ませて、女の悲鳴のような咆哮を響かせた。