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更なる異常は唐突に起こった。不可思議な音が近づくにつれて大きくなっていくなか、突然馬が暴れだすのを感じてマルタは強く手綱を締める。しかし馬は乗り手の指示を無視して振り落とすように体を跳ね上げた。マルタは危険を感じて抗うのではなく手綱を離して力のままに遠くへ投げ飛ばされる。軽いマルタは大きくはね飛ばされた。幸い落下した場所に生えていた草は衝撃を和らげ、遠くに投げ飛ばされたので馬に踏みつぶされることもない。
痛む体をさすりながら立ち上がったマルタは一目散に丘へと向かっていく栗毛の馬を見た。マルタの乗っていたその栗毛の馬はやや小さいが火や音も恐れないようによく調教された馬だった。丘からは普通の馬であれば逃げだすような音が鳴っていたが、マルタの乗る馬は長い訓練によってそんな音では逃げ出さない。そうマルタも思っていた。だが実際はどうだろう、馬は野生を取り戻したように一目散に丘に向かって駆け抜けている。音から逃げるのではなく音の元へと向かっている。あっという間に姿は丘の向こうに消えてしまい、当然非力なマルタの足では追いつけるはずもなかった。
マルタはひとつ息を吐いて落ち着く。この程度の異常くらいはどうということない程マルタは大冒険をしてきた。少なくとも命の危険はない。ただこの先は歩いていかなければならないという現実は耐え難く、憂鬱からまたため息を吐いて進み始めた。
一見近くに感じられた頂上は何もないゆえの錯覚からか遠近感が狂っていて予想以上に遠かった。走り去った馬は一息で登り切っていたというのに、マルタは汗を拭い足を幾度も止め息を切らせてやっとの思いで緩やかな坂を登っていた。近づくにつれ天に響く音色は大きくなっていたが、その音は不思議と不快感を与えない。耳を塞ぐどころかその心地よい音色に近づきたいとさえ思うほど。そんな音の原因は間近に迫っていた。
丘の頂上は流石に壮観だった。何もないこの草原にただ一つ高い丘には涼やかな風が吹き、遥か彼方にはうっすらと山々がそびえたつ。視線を下におろせば大きく窪んでいてまるで水たまりのようになかなか大きな泉があった。何より驚いたのはその泉の周りにはマルタが乗っていた馬、そして大小様々な獣が囲んでいたことだった。ほとんどが草食獣ばかりだが、そこにいる獣の全てが息の続く限り鳴いていた。兎の短く高い音、馬の震えるような嘶く音、狼の長く遠くに響き渡る音。その種類はまるで草原中から集めてきたように豊富で、その音が重なり合って今まで聞いていた不思議な音になっていたようだった。




