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(なんでこうなったんだろう。まあ少し暴れすぎたから自業自得か)
マルタは馬に揺られつつこれまでの経緯を思い出し曖昧に笑った。マルタは都市エテニティで生きた百年でベスティアなど軽く吹き飛ばせる権力者との繋がりを持っていた。だからこそ多少強引でも行動を起こしたのだが、まさかベスティアが調査に向かって行方不明になっているとは思わなかった。諦めたのか随分と素直になったスツールによれば学生たちを連れて<テラスの泉>のあるエテニティ近郊の草原に行ったのだという。そしてマルタはベスティアの連行をユピテルに命じられてしまった。ベスティアを打倒するという当初の目的通りであるし嫌というわけではないが、どうにもユピテルの思うままになっている気がしてならなかった。ユピテル曰く高い戦闘能力を持つ教員は今マルタしかいないのだという言葉を信じて一人<テラスの泉>まで行くことになったのだ。
起伏の少ない平坦な草原にただ一つだけ高く存在する丘、そこにあるという<テラスの泉>にマルタは向かっていた。そこはマルタの冒険した<デントロ遺跡>のある森よりもさらに近く、都市から伸びる街道に近いためにかつては多くの成りたて冒険者が訪れたという。当然、とうに探索し尽くされ荒らされている。その泉は多少希少な植物があったのみで取りつくされており、今では休憩所としての役割しか成していない。そんなところに、いやそんなところだからこそベスティアは調査を強行したようだった。ベスティアは自尊心が強く嫉妬深いが、それと同時にずる賢く失敗をひどく嫌う。そんな男の心を満たす何かがそこにはあるのだろう。敵視するマルタを超えて勝利に浸れるほどの発見、そして勝利が揺るがないという確証が。
取り留めないのない思考を繰り返すうち、マルタは目的地に間近へと近づいていた。広く余裕のある石畳の街道の脇には一筋外れて土の道が出来ていて、その先を目でずっと追えば平らな草原に一つだけ瘤のように丘があった。伸びる道は獣道というにはしっかりと踏みならされていて、更に最近誰かが通ったらしき跡もある。マルタは余りにも平らで何もない草原の先にある丘を見やった。丘の上に太陽は輝き、それを除けば空にさえ何もない。そんな何もないはずの丘からは小さく、しかし確かに音が響いていた、高いとも低いとも、長いとも短いともとれる不思議な音。音は絡み混ざりながらも一つ一つがしっかりと存在を示し、空も大地も埋め尽くさんと絶え間なく鳴り響いていた。
マルタの知る中でも、あの後ユピテルから聞いた知識でもこんな音についてなど聞いたことはなかった。<テラスの泉>とはエテニティに存在する古書の随所にそう書かれていたことからそのままそう呼ばれただけで特に異常のない泉のはずだった。だがどうだろうか。ベスティアが確信したようにそこには何か異変が起きている。獣を意味するテラスと名付けられるに値する何かがそこにはあるのだ。