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マルタの家は都市の外れ、森近くにあった。そして今は家からさらに外れの地区にいる団長の元へ向かっていた。美しく区分けされた都市のうち、特に高く大きい建物が立ち並ぶ区画。その中にあって周りに負けないほど大きい建物。<果ての剣>と看板を掲げる冒険団の本拠地が目的地だった。
マルタはここに来るたびに少し鬱屈とした気持ちになった。どこを見渡しても小さい自分などお構いなし、無遠慮に並ぶ大きな建物たちに見下されている気分になるからだ。とはいえそれらが大きいことが仕方ないということも知っていた。危険な冒険者になるものの多くは力自慢の荒くれ者で、マルタの倍以上の身長をもつ巨人の血を持つ者に特に好まれている。巨人の血を持つ大男が多い冒険者のための建物をわざわざ小さいマルタに合わせるわけもなく、大は小を兼ねるといわんばかりに冒険団の建物は大きく作られる傾向にあった。そしてこれから会う<果ての剣>の団長こそが、そんな冒険者の象徴を集めたような男なのだから目的地もまた大きいことは仕方のないことだった。
目的地に着き、立ちはだかる大きな扉を見上げてマルタは大きなため息を吐いた。いつ来るとも知れない実益と常に求められる見栄のために硬く重く作られた扉をやっとのことで開く。やっとのことで中に入ったマルタの目に飛び込んできたのは何度来ても変わらない光景だった。
入り口近くは吹き抜けになっていて全体をよく見渡せるように、そして建物中の喧騒が集まっているようだった。一階ではいつの間にか引退した冒険者が趣味で始めたという酒場に暇な団員たちが集まり騒ぎ、二階では遺跡の発掘計画や危険な獣の討伐計画などを話し合っている。建物の中には冒険に浮かれた人々が放つ独特の熱が充満していた。
扉ひとつ開けるのに汗だくになったマルタは、体を引きずるようにして酒場の隅のカウンター席に座った。マルタが座るとカウンターの向こうで顔が隠れるほどの髭を生やした男がマルタに酒を注ぐ。この酒場の店主とマルタは知り合いだった。いつものように疲れているマルタに水を出す。
「久しぶりだな。今日は団長に呼ばれたのか?」
「ああ、詳細は知らないけど呼ばれてね。来ないわけにもいかないでしょ」
疲れ果てた顔でどこか投げやりなマルタの言葉に男は髭を撫でる。僅かに見える口元は歪んで見えた。周りを見渡しても呼びつけたはずの団長の姿はない。そのせいか男は不機嫌そうに言った。
「ふん、あいつらしいな。しかしお前の方が古株なんだ、いい加減一発がつんと言ってやったらどうだ」
「別にいいさ。そんな柄じゃないし。というかそんなに言いたいならバルカンが言えばいいじゃないか」
「俺はとっくに引退したんだ。俺があいつにどうこう言う気はない」
そう言いつつも男、バルカンは強引な団長の行動に不満を募らせているようだった。マルタはそんな様子を見て、仕方ないなとひとつため息を吐く。
今の団長の強引で適当な所をよく思わない者は少なからずいた。しかし目の前にいるバルカンはその団長が新人だった頃の目付け役だったのでしっかりしてほしいという思いが強いということもまた知っていた。マルタは大きなジョッキに並々注がれた店主好みのきつい酒を舐めるように飲む。強い酒精に隠れるように潜む優しい味わいは、マルタの舌を存分に楽しませた。