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大学の外、学生が幾人かいる最中。ひりつくような圧迫感を周囲に振りまきながらマルタはまっすぐにベスティアの元へと向かっていた。瞳はアメジストのように妖しく紫に輝き、普段ならば静かに内へと抑えられた魔力は湧き出る激情に乗って溢れ出る。植物たちにとって劇薬であるマルタの魔力は周りの草木、とうに生物として死んだはずである建材でさえも育て、枯らし、また育てる。そして意思を持ったようにマルタに向かって身を伸ばしていた。力の限り、生命の続く限り捻じれ伸ばされた草木は女の悲鳴のような甲高い音を立て、しかしそれでもなおマルタの魔力を求めて蠢き続ける。背には影のように伸びた植物の群れが這い、前は枯れ果て土を晒した道ができる。
「この音と植物は!」
「植物の行進、叫び、あれが<マンドレイク>のマルタ」
広がる騒ぎを見たものは誰もがその正体を知っていた。年若い学生も、熟達の学者も誰もが知っていた。百年も前から伝え聞く怒れる植物の行進、それを生み出し操る緑髪紫眼の童。<マンドレイク>の名を知らないものなどこの大学に、いやこの都市にはいない。そして当然、地を這う群れのさらに後を追う群衆の次なる興味はその怒りの矛先だった。
大学の敷地中央にある中庭、そこにマルタは佇んでいた。絶えず発せられる魔力に呼応して波のように芝生が生死を繰り返し、広がる魔力に陰りは見えない。中庭を中心に意思を持たないはずの植物は魔力に込められたマルタの意思を叶えようと自ずから動き出し、獲物を捕らえ、運び、道を作る。木造で作られた大学の建物は見るも無残に変容し、ただ一つマルタの意思「ベスティアを捕らえろ」という命令のままに動いていた。
そう間も置かないうちに結果は出た。
「や、やめろ。放せえ!」
蔓のように伸びた草木に絡めとられてマルタのいる中庭まで運ばれてきたのは薄汚い白衣を身に纏った男だった。男は頬がこけているほど痩せぎすで、弱弱しい叫びは植物の奏でる音に掻き消され、抵抗むなしく拘束は外れない。やがて男は罪人のように中空に縛り上げられながらマルタの目の前まで運ばれた。
「お、お前はマルタ!」
男の叫びはついに最高潮に達していた。目の前にいる男が発する魔力はどうしようもなく逃走が不可能であることを示し、実力が噂通りであったことを身をもって実感する。それでも逃れようと足掻くがどうしようもない。
「お前はたしかベスティアの助手の一人、スツールだね」
なおも高まる魔力とともに強く輝く瞳に射抜かれてスツールは声を失う。スツールは助手にすぎないが、相手の力量を読める程度には魔法を知っていた。己の発する魔力など歯牙にもかけないほどに桁が違う。全力の魔法を放ったところで無意味であるということを否応もなく理解させられた。拘束する植物は増えていき、スツールの姿はもう顔しか見えなくなっていた。
「答えろ、ベスティアはどこだ」
マルタの言葉は意思として植物へと伝わり、より強くスツールを締め上げる。植物か体か、軋む音は大きくなっていき、震える口からはもう言葉ではなく短い嗚咽だけが紡がれていた。