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マルタたちの冒険と持ち帰った成果はエテニティに少なくない衝撃を与えた。都市へと無事帰還した<果ての剣>はまず巨大な魔力結晶の売却、そして発見した失われし力の言葉と壁画の報告を大学に行った。気風が良いグリューズが儲けた金で散々騒いだこともあるだろう。都市からそう遠くない探索し尽されたと思われていた遺跡からの新発見は大陸随一と謳われる大学に所属するものと冒険者たちに火をつけたのだ。<デントロ遺跡>と名付けられマルタたちが踏破した遺跡は、崩落したと報告したのにも関わらず向かう人は連日減らない。朽ちた木の壁や床、動きを止めたギーレイが冒険者によって都市に運ばれては学者たちがそれを調べていく。頻繁に冒険者が通ることで危険が少ないとはいえ危険な森へ威勢が良い学者などは現地まで歩いていくものもいた。特にまだ見習いである冒険者や護衛も雇えない学生は危険の少なく近場にある<デントロ遺跡>やそれ以外の探索済み遺跡などの再調査を精力的に行っていた。
「それで、相談というのは?」
マルタは随分と久しぶりに来た大学の一室、自分に与えられた研究室で学生と話していた。客員教授であり大学に多大な貢献をしてきたマルタは固定の学生を受け持っておらず、学生がマルタの研究室で個別指導を受けるという形をとっている。自宅にいることや冒険者としての活動で大学にいないことが多いのだが、マルタは生徒に一定の人気があった。大学に来たことを知ると担当教員の授業を休んでまで研究室に来る学生がいるほどで、目の前にいる男子学生もまたマルタの熱狂的な信者の一人といってよかった。
「マルタ先生は<テラスの泉>という場所を知っていますか?」
マルタは学生の質問に少し考えたが思いつくものはなかったので頭を横に振った。テラスとは獣を表す言葉だが、それ以上のことは知識にない。それを見た学生は深く頷き本題を話し始める。
「先生は植物学が専門ですから知らなくても不思議ではないですが、都市の近くにあり動物に関する文献に出てくる<テラスの泉>の調査に誘われたんです。俺はなんとか断ったんですけど、友達は断れなくて。責任者が動物学のベスティア先生なんです」
くすんだ短い金の髪をひとつ撫でて項垂れた男子学生、クラスが言うには調査に行った友人は三日ほど前から姿を消したのだという。<テラスの泉>の調査は長くとも一日で済むという話だったが、帰ってこない友人を心配してこうして相談に来たのだ。クラスの相談にマルタは唸った。単純な学問についての相談ならまだしも、それは強く政治的問題を含んでいたからだ。
ベスティアという教員についてはマルタもよく知っていた。その教員は<教国>から流れてきた中年で、見た目が若く華々しい話題の尽きないマルタのことをよく敵視していた男だった。現在の助教という立場にも不満を隠さず、指導する学生を小間使いのように扱うと評判の悪い男でもある。そんな男が大学を放逐されないのは単純、親の力だった。独立を謳うエテニティといえども外圧を受けないわけではない。<教国>で強い力を持つ親からの圧力とベスティアがそこまで無能ではないゆえに大学側も簡単に追い出せずにいた。
クラスと友人は滅びた<王国>の民であり、今故郷を支配する<教国>に有力者の親を持つベスティアに逆らえないようだった。恐らくそうやって幾人もの旧王国出身の学生を思うままに操っていたことは間違いない。マルタは力なく項垂れるクラスの肩に手を置いた。
「心配ないよ」
マルタは短くとも力強く約束した。こうしてベスティアが敵視するマルタのもとに来るだけでも勇気が随分と必要だったのだろう、安心からか彼は本来の明るく活発な笑顔を浮かべる。マルタには古くから所属する大学に人並み以上に思い入れを持っていた。それを食い物にしようというならば、断固として戦う決意がそこにはあった。