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ぎしりと音を立てて重く錆びついた鉄扉は動く。幸い罠はないようで、グリューズによって難なく開かれた。扉の先はこれまでの道よりも暗く、入るとハジャルが持っていたランタンの火が独りでに消える。背後では段々と大きくなっていく地鳴りのような足音がし、前に進めば何も見えない暗がり。葛藤する間もなくマルタたちは決断をした。退いたところで得られるものなどなく、冒険者たるもの未知を恐れてはならない。全員が心を決めて扉の向こうへ入っていった。
最後尾にいたココが入った途端、鉄扉は勢いよく勝手にしまった。
「おいおい、どうなっているんだ」
軽々と開いたはずの扉はグリューズが押してもぴくりとも動かない。そう間も置かないうちに暗く冷え冷えとした空気の漂う空間、壁伝いに掛けられた明かりに火が灯る。明かりは鉄扉から始まり弧を描くように灯っていき、最終的に円を作ると部屋の全てを照らした。
円状に広がる部屋の天井には無数の文字と絵が描かれていた。天井の中央には大型ギーレイの核のように青白く、しかし比べものにならないほど大きい石が輝いている。その光を浴びるように真下に台座があり、一つだけ拳ほどの大きな植物の種が置かれていた。その他には何もなく、あからさまにグリューズとロゼは表情を曇らせマルタとココは輝かせる。
「先生、私は余り読めませんけどこれって」
「うん。初期の魔法時代の力の言葉だ。恐らく混沌時代のものも混じっている」
天井に浮かび上がった文字を見たマルタとココは感嘆の声をあげるとともに手早く取り出した紙に模写を始めた。力の言葉は魔法の発動や補助に使われるもので、その多くが魔法時代に生み出された。その後長い歴史の中で失われた言葉は多い。見るものが見ればその価値はどんな宝よりも価値があるものだった。
「ちょいとかじった程度の俺にはさっぱりだ」
「それでも写すことはできるでしょ。ハジャルは器用なんだから」
はい、とマルタが渡した紙をハジャルはやはりかとため息をつきながらも受け取った。扉が閉まって以降迫っていた足音も聞こえなくなったが、まだ安全とはいえない。いつまた危機に陥るとも知れない状況だったが、冒険の成果も得なければならない。世話しなく模写をする三人をよそにグリューズとロゼは専門外だと悟り扉の前で警戒に徹していた。
部屋はそれほど大きくなく、書き写すのにそう時間はかからなかった。作業が終わったのを見たロゼがうんざりしたように投げかけた。
「それで、もうこの遺跡は踏破したんでしょう。どうやってここから脱出するのよ」
「問題ないよ。それももうわかっている」
書き写しながらも唯一力の言葉と絵を十分に理解できていたマルタが中央の台座に近づく。そして置かれている種を手に取ろうとしたがマルタの予想通り不可視の壁に阻まれ触れなかった。それでもなお力強く手のひらを押し進め、魔力を宿した言葉を発する。
「<巡るもの、戻りたまえ>」
あらかじめ考えていた力の言葉は正しく効果を発揮した。天井に光っていた石は輝きを失いただ青い石となり、天井から外れてゆっくりと台座に降りてくる。不可視の壁もなくなっていて、種はマルタの手の内に収まっていた。