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ある都市の一角。そこは栄えた都市の中であるというのにまるで森のように呆れるほどの植物で溢れていた。見上げるほどに高い木。極彩色の花。香しいにおいを放つ茸に動物のように蠢く太い蔓。そんな庭の中には大きく透明な硝子の建物、さらに横にはひとつの家があった。
植物溢れる庭に埋もれるようにひっそりとある小さな家の中にはところ狭しと草花や種子、本が積み置かれていた。そして小さな人が一人隠れるようにして椅子に腰かけていた。
小さな家の家主は読んでいる学術書が庭から流れ来る風にはためくのをひとしきり楽しむと、差し込む日の熱さから本を読むのをやめてゆっくりと立ち上がった。手早く身支度を整えて庭に出る。
庭に出るとぐるりと見渡す。華やかに咲く花々や草葉が風に揺れて朝露を弾くさまは美しい。しかし小さな家主は知っていた。そのどれもが取り扱いを間違えば容易に人を殺す危険を持っている植物であることを。
「おおい、マルタの若旦那」
唐突に庭に生える背の高い草からひょっこりと一人の壮年の男が現れた。暢気な声で手を振る男の顔には目立つ傷がいくつもあり、笑うさまはとても堅気の人間の人相ではない。しかし小さな家主、マルタは知っていた。この男の誠実さと無骨な手からは想像もできないほどに丁寧な仕事ぶりは既にこの植物の庭を他の人には任せられないほどのものだ。
マルタは寄ってくる男に笑顔で返した。
「ごくろうさま。ギンジはいつもながら丁寧な仕事だね」
「へへへ、まあ若旦那相手に銭貰っておいて下手な仕事なんざできませんよ」
独特の訛りで話し卑屈に笑う男、ギンジは庭の手入れ道具を手早くしまいつつ少し誇らしげに言った。そして伺うようにマルタを見下ろして聞く。
「それで、いったい何のようです。見ての通り庭はしっかり管理してますぜ」
「ああ、しばらくここを留守にするんだ。いつ戻れるかは分からないけれど。泊まり込みで庭の管理を頼めるかな?」
雇い主のその言葉ばかりはギンジも笑いをしまい眉をひそめた。不満を隠そうともしないギンジの素朴な態度にマルタは小さく笑う。この頼み事は今回に限ったことではなく、これまでに幾度か頼んだことだった。ギンジが眉をひそめるのも仕方のないことではあった。この雇い主はいつ帰るとも知れない用事が時折入る。ギンジは庭の手入れを一通りこなせるとはいえ、専門家であるマルタほどではなかった。この危険な庭にはマルタにしか扱えない植物も多く、そんな庭を任される不安は尋常ではない。
「大学ってところに行くんじゃあないんでしょう、お上のところもまだのはずだ」
「ああ、団長からの招集だよ」
一縷の望みを絶たれたギンジは分かりやすく肩を落とした。そんな様子をまた薄く笑うマルタは肩に手を置き励ます。
「そろそろ硝子園を任せようと思ってたんだ。ギンジは真面目だから上達も早いね。留守を頼むよ」
マルタにとってそれは何でもないただの事実だったが、ギンジは恐ろしく単純な男だった。危険な植物のことなどすでに忘れて己の上達を喜び、雇い主の言葉にまた卑屈な笑みを浮かべて元気よく肯定の返事をする。硝子園にはこの危険な庭と比較しても桁違いに恐ろしい植物ばかりが集まっている。しかしマルタはギンジの様子に留守の無事を確信し、取り扱いについて書いた本を渡すと自分を待つ団長の元へ向かっていった。