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憧れ


 流石に強くなってきた日差しに眩しさを感じながら、教室の窓辺から外にいる先輩に目を向ける。

 その人と会ったのは先日の事。それまで子供の頃から疑いもせず、信じ続けてきた事実がひっくり返った衝撃はまだ俺の中にある。


 今でもそれを、信じられない程。

 むしろ、嘘だと言ってほしい出来事だった。


 けれど、子供の頃から憧れていたバッテリーの片割れである先輩が言う言葉が信じられないはずもなく。

 そしてまた、探しに探していた憧れの人がついぞ見つからないでいた理由としては相当なもので……。


「さはらーなーに見てんのっ? って、瀬戸先輩じゃん」


 変えられない現実に、自分でも自覚するほど未練がましく先輩を見ていると背後から伸びてきた腕。

 がっしりと首に回され、顔をしかめる俺の目線を辿って加藤は声を上げた。


「!! 知ってんのかっ!?」


 予想外の言葉に反射的に驚き声を上げると、何をいまさらと言わないばかりに、加藤は方眉を上げる。


「あ? あったり前だろ、瀬戸先輩っていやぁ可愛い女子ランキング上位人だろうが」

「はぁ? お前何言ってんだよ?」


 加藤の言葉は思っていたような回答ではなく、俺は再度顔をしかめればそれを見た加藤もまた顔をしかめ、今の俺にはどうでもいい言葉ばばかり言ってくる。


「あー? お前こそ何言ってんだよ。あの顔の小ささ、ぱっちりおめめ、可愛いの体現者だろうよ、ばーか」

「……まぁ、言われてみれば? でもな、加藤、バカって言ったやつが馬鹿なんだよ、ばーか!」


 一応加藤の言ってくる事を顧みれば、確かに可愛いの部類には入る。

 もともとかっこいいかっこいいと騒がれてはいたけれど、顔はしっかりと整っていて。先日割と近場で見たその顔は未だに健在していた。


 納得を返し、けれど聞き逃せない事にはきっちりと言い返す。

 すると加藤は何故だか真顔で黙りこくり、十秒はきっちりと置いた後に口を開いた。


「……なんでお前、頭いいのにそんな馬鹿なんだよ」

「まったくだ」


 溜めた挙句に言う言葉がそれか、加藤。そして、


「何さらっと入ってきてんだ、サッカーバカ!」


 俺の後ろにある自らの席で朝練の影響か、机に伏して寝ていた筈の岡本さえ口を挟んでくる始末。

 お前らそれでも友達か。


「うるせー」


 俺とはまた別の球技、サッカーバカである岡本はその言葉は否定しないものの、寝起きかどこかダルそうで、いつもよりも低く聞こえるその声で返される。


「てかな、佐原。瀬戸先輩の事知らないのなんてお前くらいしかいないんだっつーの、野球ばーか」

「あぁ? 俺だけな訳ないだろう! 岡本、お前も知らないよな」

「いや、知ってるけど」

「!!」


 決めつけて放った言葉は、けれどここでもまた裏切られる結果となった。

 あっさりと即座に返された言葉に、俺は勢い込んでだよな、とすら返そうとしていた言葉を飲み込む羽目になり、代わりにと出てくる言葉は見つからない。

 目を見開き、はくはくと間抜け面をさらす俺を見て、加藤は目を瞬きあげく、哀れみさえ浮かべているその目で俺を見てくる。


「可愛いくらいにおバカだよなぁ」


 どこか困ったようにも見える加藤のその顔と、いつの間にやら伏せていた顔を上げまったくだと言いたげに頷く岡本を見て、眉を下げるも……。


「って、お前は何で瀬戸先輩知ってんだよ! お前もサッカーしか興味ないサッカーバカだろ! 女子とか興味ないだろうがっ!!」


 話を元に戻して、かみついた。

 この際、俺がどうかなんて後だ後!


「誤解を生む言い方はやめろ。サッカーバカなのは認めるが、別にサッカーだけじゃないからな、俺」


 言外にお前と違って、と言わなくても目で告げてくる岡本にむしゃくしゃしている俺を見ると岡本はため息一つつき。


「まぁ、瀬戸先輩は小学校が一緒だったから。そん時から知ってる」


 これこそまさに、最初から欲していた答えだった。

 瀬戸先輩は可愛いだとか、女子ランキング上位だとか、それすら知らない俺の事とかはどうでもいい! これこそまさに、欲しかった言葉だ!


 ……だ、け、れ、ど、


「お前なんでソレ早く言わねんだよ! 瀬戸先輩があのゴールデンコンビのピッチャーだって知ってたって事だろ! なんで隠してた!!」


 岡本とはこの学校の入ってからの付き合いだが、こいつがサッカーを語る度負けじと野球愛とゴールデンコンビへの愛を語ってきた俺に黙っていたとはなんたる仕打ち、何たる悪行!

 自然と力がこもる手のひらはがっちがちに固まり、きりきりと歯さえかみしめる。


 そんな俺を前にしてなんとも岡本はぬけぬけと、平然に言葉を紡いでいく。


「おぅ。知ってるに決まってるだろ、てかむしろお前が知らなかったことに驚きだな」

「それが驚いてる時の反応かっ!!」


 あまりにも普通過ぎて、どうでもいいことに口を出してしまうも。


「だってお前、口を開けば瀬戸さん、瀬戸さんって。そんだけ口にするって事は当然知ってるもんだと思うだろうが」


 ~、~、~!! 


 なんともこれまた冷静に、平静に返された。

 確かに、知ってる奴からすればそう見えるかもしれない。


 だけど、でもっ!!


 知らなかったんだよ、くそおおおぉぉぉぉうおぉぉ!!


 頭を抱え、あまりの衝撃に嘆く俺を慰めてくれる優しい奴は居るわけもなく。


「はいはい、授業はじめっぞー、佐原そんなとこに座ってないでちゃんと席つけせきー」


 むしろ俺の傷心具合はなんら関係ないと、授業を始める先生に怒られた。


 くそ。


***


 ふてくされながらもきっちりと席に着く佐原の背中を見やり、携帯を取り出しながら思う。


 まぁ、隠してないとは誰も言ってない。

 ボスの上にはまた、ボスがいるって事なんだよ。


 ったく、高岡さんってば佐原に甘すぎ、っと。


 席にさえついていればおおむね見逃してくれる先生に、それでも一応と隠しながら操作して。

 メッセージを一つ、送信する。


 あて先は、瀬戸先輩。


 小学校が同じである俺は、瀬戸先輩は瀬戸先輩でもお兄さんの方も同じと言う訳で。

 佐原が言うところのサッカーバカである俺は昔から、野球一筋の瀬戸先輩ではなく、サッカー大好き瀬戸先輩の方が憧れだった。


 三人兄妹、末っ子長女とくれば当たり前だと妹バカを周囲に憚りなく自慢して回る先輩に、昔から言われているのだ。


 何かあれば連絡しろ、何もなくても連絡よこせ、と。


 成長するにつれ、男女の区別もはっきりとしたものになっていき、昔から整っている顔立ちが更に際立つその様に。周囲が騒ぎ、調子に乗る奴に目を光らせろ、と。


 先輩のいう事は絶対だ。

 いやいやではなくむしろ嬉々として報告するのは、野球の瀬戸先輩もまたお兄さんの瀬戸先輩には劣るものの、好意を抱く存在であり。

 また、小さなことでも報告すれば先輩がとても喜んでくれるからだ。


 そして、こんな事をしているのは俺だけではなく。


 瀬戸兄妹は兄、兄、妹の三人兄妹で。

 野球大好きな瀬戸先輩、サッカー大好き瀬戸先輩、そしてその上にバスケ大好き瀬戸先輩が存在していた。


 それぞれ自分の得意種目以外でもその運動神経はいかんなく発揮される上に、方向性は違えどそろいもそろって顔も整っている。

 それぞれがそれぞれの分野や、テリトリーで人気者であり、憧れの人だった。


 小、中と先輩達と同じ学校の後輩達は多くはないが、部活での試合らや何らかでの繋がりがある奴らは少なくもなく、この学校に存在していて。

 俺を含めそいつらはそれぞれの憧れの人のため、喜んで虫よけ係に徹する。


 だからこれも、その一環。


 佐原の思いがどう転ぶかは分からないけれど、摘める芽は早めに摘んでおくに限るし、動向を見守るのは重要だ。


 ただ佐原は友達でもあるので、経過観察で済ませたいところ。


 頼むから佐原、瀬戸先輩への気持ちは憧れでとどめてくれよ。

 それ以上をのぞむなら、俺は、お前の邪魔をするからな。


 一種の不安を抱きながらため息をつき、携帯をしまうと授業を受けようと背を正し、黒板に目を向けた。


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