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相棒


 やっと暖かくなってきたと思ったら、この辺ではめったに降らない雪が降るような気温に逆戻り。

 一進一退な言葉がまさしく、なこの頃だけれども。今日は真っ当にあったか日和だった。


 今日も今日とて面白いとは思えない授業をこなして、こっちがメイン。

 友達との交遊を深めるための学生生活に勤しんだのでありました。


 そんな放課後、帰り道。

 校舎から出てすぐ目の前に広がる校庭から、球の芯を捉えた気持ちいい程の高い音が響いてくる。

 思わずたーまやー、なんて言いたくなるけれど、うーん。なんともしっくりはこない。


 生まれてこの方、悪友とも呼べるほどの腐れ縁がもはや腐りきっているほどいっしょにいる容子ちゃんにどう思う? なんて聞いてみたところ、ばーかの一言で返されたので。


 一人そうです。バカなのですと開き直って悩んでみたところ。

 音の発信源であるところ。

 野球少年の一人から声を掛けられた。


「瀬戸―!」


 掛けられた声に目を向けてよく見てみると。

 おやおや、こちらも腐れ縁と言える程の付き合いの高岡君ではありませんか。


「なーにぃー」


 こっちは花の女子高生、お悩み中なのですよと思考の片手間に雑に聞いてやる。

 けれど、悩み事? そんな事あったっけ? なんて思えるようなお誘いをされたのならこうしちゃいられない。


 ミットをはめた手をぶんぶんと振り、投げてくんねぇーとその見慣れた顔で言われたら。

 そんなもん、即答で応えるに決まってる。


 私にとって野球とは、高尚なる趣味なのだから。


 まったく仕方がないわね、あんた。

 呆れた顔丸出しで見送ってくれた容子ちゃんに、そのへん転がしてていいからと差し出された手に甘えて鞄を預け、私は駆けた。




 ぱしりぱしりと右手とグローブをはめた左手の間で球を遊ばせ。にぎにぎとなれた感触に自然と口角は持ち上がる。


 あぁ、やっぱいいなぁ。


 ある程度満足してから私は、球を握り。

 足は地面を大きく踏み込み、腕もしっかりと大きく振り切り、


「くらえ! 必殺技二十二号! しゃいにんぐぼーる!!」

 

 ばしりと、しっかりとミットを構えて頼もしくもずっしりと待っている高岡めがけて飛ばす。

 大きく踏み込んだ動作でスカートがめくり上がるけれど、そんなものは下にはいてある短パンのおかげでなんら問題はない。

 それでも野球部のベンチに座り、ひゅーと吹けない口笛ではなく口でいってくれる容子ちゃんとはお約束。


 さすがわが相棒であります。

 頭の片隅で頼もしい相棒ににやにやしつつ、投げ終わった後のポーズもきっちりと決める。


 すると、さもありなん。

 私から放たれた、どこかよわっちくも聞こえただろう技名で投げられたその球はへろへろとけれど、よおぉく見て!

 高岡が構えるミットど真ん中! 文句もないストレートを決めてやりました!


 おーとにやにや笑う高岡は慣れたもので、んじゃあ次は十三号な、なんて言ってくる。


 おいおい、なめてもらっちゃ困るぜ、高岡君。この私がそんな細かいもん覚えてる訳ないだろうが。


「よっしゃあ、見てろ!!」

「おー」

「十三号、しゃいにんぐすとれぇーーと!!」


 適当な記憶を引っ張り出して、適当に命名したものを叫んでよろよろな球を投げてやりましたとも。

 すると敵はさることながら、


「お前それ、十五号の名前でそれ自体は十九号の技だろうが」


 なんてさらりと、なんともまぁさらりと言いのけた。

 私は目をまんまるにして、半ばあぜん、半ば呆れ。なかば――あれ? これじゃあ半ば半ば半ばでゆうに一周半はしちゃうじゃんとどうでもいい事を思いながら――ひいた。


「高岡君、さすがにそれ、記憶力どうのじゃなくて引くんですけど。引いてしまうんですけど。なに君? おっかけですか? 私のファンですかぁ?」


 うえぇと顔を歪め、思わずこぼしてしまった言葉はけれど。


「おーよ、俺はお前の一番のファンだよ」 


 なんて恥じも一点の曇りもなにもない、まっすぐな目で言われた日にゃあどうしていいものかと悩んでしまうぞ、こんちくしょう。


 ……あぁ、そうですかと、なんだかこっちが照れてしまって視線を逸らすと、逸らした先、置かれたベンチに座っている容子ちゃんがにやにやと笑っているのすら目に入り。


 どうしたもんかと途方に暮れそうになった。


 そろそろいいかーと、そんな風になった原因であるところの高岡に声を掛けられて、長くも感じたいたたまれない居心地の悪さは忘れることにする。


 うむ。

 人は都合の悪いことは忘れることができるのです。なんて偉大な生き物なんでしょう。


 ひとつ息を吐いて、私は高岡に向き直る。


 そうこうしていた内に、高岡は同じ野球部員である一人にバッターボックスに立つよう促した。

 その子は私がマウンドに入る前に高岡と投球練習をしていた子で。

 高岡には素直な尊敬の眼差しを向けていたその子は、自分と代わりひどくふざけた球を投げていた私を、侮るようななめきった目で見てきて。

 そんな彼に、私ではなく高岡がなんだか嬉しそうに楽しそうにひっそりと笑うのをまぁまぁいい目で捉えながら、やれと指示を出してきた高岡に従い。


 先ほどとは違って、ただ静かに。

 どこか馴染んだぴんとはった空気の中で、手に馴染んだ感触を握り。しっかりとキャッチャーに視線を置き、マウンドに立ち構えに入る。


 片足は投手板へと、また反対の片足は投手板の後方へ引き、両腕は頭上に振りかぶり後方へと引いていた片足を地面から離し軸足で体重を支え、腰を捻り体重移動と同時に投手板前方へと大きく踏み込み、空を切るように腕を振り切る。


 ぱしんと、乾いた音が聞こえたならば。

 先ほどの比ではなく。綺麗な、綺麗なストレート。


 気付いたならば自分の目の前を綺麗に通り抜けた球に、どこかあっけにとられたように目をまぁるくして呆然としているバッターに、高岡が笑みを深めているのが見えた。


 二重の意味でいいたまである。うむ。  


 ひとり頷いていると、その内に高岡が返球してきてもういっちょとミットを構える。


 期待には、お応えしましょう。


 ぱしん、ばしん、ぱしんと、何度か投球を繰り返し、ワンナウトとった頃には意識を取り戻して構え直した子は、必死に食らいついてこようとバットを振ったけれど。

 そんなこたぁお構いなしにきっちり三者凡退分討ち取って、そろそろ暇を持て余しはじめちゃった容子ちゃんが携帯を取り出しているのでこの位でいかがでしょう?


 肩で息をし始めたバッターくん横目に、私以上に満足そうににたにたしている高岡にアイコンぷらすはっきりとした口パクで聞いてみる。


 もーいーかい?


 返ってくるのは軽く翻る手のひらと、さんきゅうーと間延びした声。


 くるしゅうないと受け取って、私は容子ちゃんの元へと駆けだした。 

 出迎えてくれた容子ちゃんは、手厳しい指摘をしてくるけれど


「あんたまだあんなだっさい事言ってんの」

「だってあれやらなきゃまっすぐいかないんだもん」

「へんな癖付けちゃって。マッハ剛球とかにしなさいよ。それか、鉄腕ストレートでも可」

「えー。容子ちゃんの方がだっさいじゃん!」

「何バカ言ってんの! あんたの方が激ダサよ!!」

「えー、でもでもー」


 絶対容子ちゃんの方がネームセンスが激ださだ!


 ***


「なんなんですか、あの人」

「お前の憧れだろ」


 悔しさと、けれどもっとやりたい、まだ相手をしてほしい、どこか憧憬すら抱く複雑めいた感情をその実素直に目に浮かべる二つ下の後輩に、笑って告げる。


「俺の憧れって」


 理解できないと、混乱して眉間を寄せながらもへにょりと下がる眉。

 意地が悪いと自覚しながらも、おかしくて。けれどそれもそうだろうなとある意味納得しながら、笑う。


「俺の相棒知ってんだろーが」

「それはもちろん! 東小の黄金バッテリーと言えば俺達の憧れで! 特に同じピッチャーとして瀬戸さんは! って。……え?」 


 まさか、いやでも、くるくると表情を変えていく佐原は見ていて可哀そうなほどに面白い。


「それだそれ。俺たちの誰よりも早くて、強くて、かっこいい奴」

「女……? や、だって」


 今時女の子でも野球はするものだから、それ自体はあまり驚くべきことでもないのだけれど。


 まぁ、あいつは特殊だわな。


 ガキの頃から変わらないぶっとんだ調子は、俺の知り合いの中でもだんちが過ぎる。

 困惑しながら言葉を切りつつ、躊躇い混じり。本当に……? 俺を僅かに疑いながらも言葉を続けた。


「だってピッチャーの瀬戸さんは坊主だったじゃないですか」


 そんなおそるおそると確かめられるように言われた言葉に、俺は躊躇いなく頷いてやる。

 記憶違いでもなんでもなく、それが正しいからな。


「おーよ、男らしいよなぁ。あいつあの時クリンクにはまってスキンヘッドに憧れててさぁ」


 あの頃の経緯を思い出せば、今は自然と苦笑いが顔に浮かぶ。


「親に髪切ってくるからって金貰って行ったのが床屋で、格好も男もんの服着てたせいでなんも疑われないでスキンヘッドにしてもらったんだとよ。

そんでそんなん子供が自ら頼む奴が珍しいって、床屋のおっさんには気に入られて嬉々としてやってもらったって言ってたな。胸をこれでもかって張りながら。

本人はそれで大満足だったけど、それ見たあいつの親御さんはほんと可哀そうだったぜ」


 今時男でも坊主、ましてやスキンヘッドにする奴なんてそうそういない。それを女の子がやりたがるなんてそりゃ床屋のおっさんも思いもしないだろう。

 のちのちおっさんの嫁であるおばさんに、あいつの性別告げられて顔真っ青にしていたのも今でも覚えてる。


 当の本人はあっけらかんと、みんなが騒ぐのが理解できないからほおっておこうと胸を張り自慢し続けていたのも覚えてる。

 けれどそれだけはやめてと瀬戸のおじさんが泣いたのをきっかけに、しぶしぶ髪を伸ばす事に同意したんだったな確か。


 愛娘が嬉しそうにクリンクの真似して太陽拳きめてりゃ、そりゃなくわ。

 やられる演技を完璧にこなしながらもなくわ、そりゃ。

 泣かせてくる愛娘がそれにどうしたのと、小首を傾げれば何でもないよといいながらもそりゃなくわ。


 それに、今小学生の女の子がそんな事になったら、いじめか体罰化と騒がれそうなもんだ。


 それでなくても三人兄妹の末っ子長女。可愛い女の子に違いないそいつが、いきなり坊主になって帰ってきたのだ。

 長い髪でなら男物の服を着ていたところでボーイッシュですむけれど、スキンヘッドで着てるもんが着てるもん。

 いつの間に本当の三人兄弟になったかと、おばさん共々目を回してしまうのも頷ける。


 そんなこんなで、佐原しかり俺らの学年以外のやつらは大抵性別を間違えて認識していた。

 服すら上の兄貴たちの格好のお下がりを喜んできていたほどだ、外見で判断材料はゼロに等しい。


 頭はスキンヘッド、顔はよく見ると可愛い顔をしているからそこだけは多少の何かしらを感じるかもしれないが、言ってもあの頃は小学生。

でかい奴はでかいけど、ちいせぇ奴はちいせぇから可愛さは男女そんなに変わりはないだろう。


 行動だって女子と話しているよりも男子と混ざって遊んでいたやつだ。

 そのくせ女子とも仲良くてうちのクラスの誰よりも、モテモテだった。

 それこそ、男子にも女子にも。


 まったく、羨ましほどにもてまくっていた。


 故に――


「……いじめ、られなかったんですか?」


 俺が自然にわき道にそれていく過去に思いをはせていた間、いつの間にやら変に神妙な顔をして的外れな言葉をこぼした佐原に、はっきりと返す。


「まったく、なかったな」


 はっきり、きっぱり、しっかりと。


「あいつは俺らのクラスってか学校のガキ大将だったんだよ。だからどっちかっていうとむしろあいつがいじめっ子側ってぇか」 


 スキンヘッドしかり、男の俺らより、誰よりも男らしかった。

 足もはえぇし、野球はもちろんサッカーも上手い、ドッチボールとか、体育の授業や運動会とか男子が総じてかっこいいと呼ばれるようなものではもうあいつが主役。


 外見もその中身も誰よりも男らしかった。


 そして、今でこそ外見的変化はあるものの。

 いわゆる黙っていればけっこう可愛い女子高生ってやつにはなったけれど。


 黙っていればがけっこうな肝で、運動神経がいいのは変わらず、中身の男気に満ち満ちているところも変わらない。


 まぁ総じて、俺の自慢の相棒だ。

 

 だが……


「そんな事どうでもいい良かったな。瀬戸のピッチング、しっかり見ただろ」


 せっかくいいお手本見せてもらったんだ、ちゃんと活かせよと佐原の背中を叩いて練習へと戻った。


*ウィキペディア投球引用


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