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◆第一話『初めての教室』

「つきましたよ。ここがルカくんの教室です」


 翌朝。

 ベルナシュク魔導学園にて。

 キアラ案内のもと、ルカはある部屋を前にしていた。


 編入試験のときにも学園内には入っている。

 だが、何度見てもその大きさには驚かされた。


 とにかく廊下は長いし、幅も広い。

 天井は思い切り跳んだところで手も届きそうにない。


 まるで別世界のようだ。

 そのせいか、自分が周囲から浮いている気がした。


 おかしなところはないかと体を見下ろす。

 男子制服は白と紺色の落ち着いた色合いだった。

 あとはシャツにパンツと礼装に近い雰囲気がある。


 特徴的なのはケープのような短めのマントか。

 首元にまきつける形で肩、腕を覆っている。


 なんでも短いマントは見習いの証だという。

 つまり卒業まではこのマントに世話になるわけだ。


「とても似合っていますよ」


 そうキアラが優しく声をかけてくれた。

 どうやらこちらの胸中などお見通しらしい。


「そうですか? こういうの着慣れてないので違和感がすごくて」

「毎日たくさんの生徒を見ているわたしが言うんですから間違いありませんっ」


 弾むような言葉に添えられた眩しい笑み。

 おかげで不安が消し飛んだ。


「それではいきましょうか」


 言って、キアラが扉を開け放った。

 外までかすかに漏れていた喧騒が一気に大きくなる。


「はい、みなさん席についてくださいねー」


 キアラが声をあげると、話し声がすぐに収まった。

 代わりにどたばたと騒がしい足音が聞こえてくる。


 教壇に立ったキアラが手招きをしていた。

 ルカは慌てて教室の中に入る。


 と、多くの視線が向けられているのを感じた。

 初めての感覚に体が思わずこわばってしまう。


 それでもなんとかキアラのそばまで辿りついた。

 おそるおそる顔をあげて教室の中を確認する。


 大体30人ぐらいだろうか。

 クラスは3つと聞いている。

 つまり一学年でおよそ100人ということだ。


 席は3人用の長机が横並びに4台。

 4列あり、後ろへいくごとに段々と高くなっている。


 ひとりの生徒が挙手をする。


「先生、その子誰ですか?」

「今日からみんなと一緒に学ぶことになる生徒です。つまり編入生ということですね」


 室内にどよめきが走った。

 魔導師学園の編入がいかに珍しいかを物語っている。


「ルカくん、お願いできますか」

「はいっ」


 緊張はあるが、キアラの前だ。

 不恰好なところは見せたくない。

 はきはきとした声で自己紹介をはじめる。


「ルカ・ノグヴェイトです。出身はダナン。ここに来るまではシュタールウッドにいました。こういったところで学ぶのは初めてなのでわからないこともたくさんあると思いますが、よろしくお願いします」


 行儀のいい挨拶は終わった。

 ルカは「あと」と付け足して宣言する。


「目標はすごい魔導師になることです」


 すごい、というあやふやな表現のせいか。

 ひとりの生徒が「すごいってどのくらいだよ」とぼそりとこぼした。


「もちろん賢聖です」


 ルカははっきりと言い切った。


 多くの生徒がきょとんとする。

 まるでときがとまったかのようだ。


 ただ、それも一瞬。

 ほぼ全員の生徒が嘲笑を浮かべた。


 大方、予想どおりの反応だ。

 ただ面白くないことは事実だった。

 ルカは反発するように胸を張り続ける。


「誰かの目標を笑うことは感心しませんね」


 笑う生徒たちをそう窘めてくれたのはキアラだ。

 ばつの悪い顔をする生徒たちに、彼女は優しい声音で話を続ける。


「それに……わたしはいいと思いますよ、賢聖。先生としても、自分の生徒の中から優秀な魔導師が生まれることは、なによりも嬉しいことですから」


 いつの間にか部屋が穏やかな空気に満ちていた。

 この機を逃すまいとしてか、すかさずキアラが次の話題へと移行させる。


「では、彼になにか質問はありますか?」


 ひとりの男子生徒が「はいはい!」と挙手し、質問を投げかけてくる。


「どうしていまになって編入? 普通、入るなら初等部からじゃん」

「それに関しては家庭の事情ですね」


 キアラがすぐさま代わりに答えた。

 両親を亡くした過去を話させないようにとの配慮だろう。


 次の質問が女子生徒から飛んでくる。


「魔法はどれぐらい使えるの? 編入してくるぐらいだし、結構できるんでしょ?」

「それは――」

「先生」


 またキアラが答えようとしていたので遮った。


 魔導師にとって魔法回路の有無がどれだけ重要か。

 一度、編入試験で落ちてからいやというほど思い知った。


 たしかに言いにくいことかもしれない。


 だが、魔法に深く関わる魔導学園にいる以上、下級魔法しか使えないことは遅かれ早かれ知られることだ。


 だったら、知られるのは早いほうがいい。


「俺、魔法回路が欠けてるみたいで。下級魔法しか使えないんです。なので得意魔法は<ファイアボール>です」

「それって欠陥魔導師ってことじゃ……」


 質問をしてきた女子生徒が眉をひそめた。

 その目はまるでべつの――人間ではないなにかを見るようなものだ。


 ほかの生徒も大半が同じような反応だった。

 侮蔑の色が混ざっている目も少なくない。


 なんとも居心地が悪い。


「ですが、彼はモンドリーク先生が担当なされた編入試験にきちんと合格しています。つまり相応の力があるということです」

「……モンドリーク先生の?」


 キアラがブブの名前を出した瞬間。

 生徒たちが一様に押し黙った。


 編入試験でブブが厳格な教師であることはいやというほどわかった。そんなブブが認めた生徒という肩書きは思いのほか効果を発揮するようだ。


「<イグニッション>……ですか?」


 そう質問したのは手前の席に座る女子生徒だ。


 深紅のリボンで片側高めに結い上げられた艶やかな茶色の髪。怜悧な側面を持ちながらあどけなさも残した整った容姿。


 ほかの女子生徒より垢抜けているうえ、どこか人を惹きつけるような華があった。ただ、あいにくとその目は鋭く、良さの多くが台無しとなっている。


 キアラが褒め称えるように言う。


「よくわかりましたね、イメルダさん」

「だって、それしか可能性ないですし」


 女子生徒――イメルダは、つんと面白くなさそうに顔をそらした。垂らした髪とリボンを指で巻き込むようにいじりはじめる。


 そんな彼女をよそに室内はまたも盛り上がっていた。

 内容はもっぱら<イグニッション>のことばかりだ。


「大魔導師級ってことかよ」

「でも、<ファイアボール>だぜ」


 当然ながら嘲笑も混ざっていた。

 キアラが生徒を見回しながら問いかける。


「ほかに質問はありますか?」

「編入生と先生はどういう関係なんですか? なんだかさっきからすごい親しそうだけど……」

「親しいもなにも彼とは師弟関係ですよ。今回の編入もわたしの推薦です」


 今日一番のどよめきだった。

 というより驚いたのはこちらも同じだ。


「せ、先生。それ言っちゃってよかったんですか?」

「大丈夫です。むしろ隠さないほうがわたしも動きやすいですから」


 なんの憂いもないとばかりに微笑むキアラ。

 しかし、現に問題は幾つも起こっていた。


 男女関係なく数人の生徒から睨まれているのだ。

 恵まれた容姿に加え、性格も温厚なキアラ。

 そんな彼女の弟子ともなれば嫉妬されるのも無理はない。


「でもそれっていいの?」

「なんか不公平な気がするよね」

「贔屓したりとかありそう」


 幾人かの生徒が、師弟という他生徒よりも深い関係性を危惧しているようだった。


 しかしキアラは動じることなく堂々と問題に応じる。


「先ほど彼自身の口から伝えられたかと思いますが、彼には使えない魔法が多くあります。そのため、彼にだけべつの課題を出すことがあるかもしれません」


 魔導学園がどんな授業をするのか。

 まだなにもわからないが、その光景は容易に想像できた。


「人によっては、これが特別扱いだと感じる方もいるでしょう。ですが、わたしはこれが間違ったことだとは思いません」


 キアラは凜とした声で言った。

 それから生徒たちをゆっくりと見回す。


「人には向き不向きがあります。魔導師にも得意な魔法、苦手な魔法がありますね。苦手な魔法を克服することも重要ですが、それと同じぐらい得意なもの、いまできることを伸ばすことも重要だとわたしは考えています」


 話が終わったとき、文句を言う生徒はいなくなっていた。

 キアラは満足したようににっこりと笑んだ。


「質問はこれぐらいにしましょうか。では、ルカくん。あそこの席についてくれますか?」

「は、はい」


 促されたのは向かって右奥の席だ。

 例にもれずそこも3人席で、真ん中が空いている。

 ルカは席の間をとおって段を上がっていく。


「くそっ、俺たちのキアラちゃんを」

「欠陥魔導師のくせに」


 ひそめた声で悪意ある言葉が幾つも飛んできた。

 多くはキアラの弟子であることをうらやむ声。

 欠陥魔導師であることを馬鹿にする声だ。


 もう少し明るい学園生活を想像していたのだが……。

 どうやらそれは叶わなさそうだ。


 とはいえ、学園に入ったのは魔導師として大成するためだ。

 ルカは気持ちを入れ替え、それらの声を頭の外に追いやった。


「本日はこれから実習ですが、その前に幾つか連絡事項がありますのでお伝えしていきますね。以前より予定していました明後日の特別演習ですが――」


 席についたとき、キアラの話が始まった。

 ルカは窓側――左隣の生徒のほうを見やる。


 小柄な生徒だった。

 2、3ほど年下だと言われても信じられるほどだ。


 特徴的なのは長い睫毛と、切れ長の目。

 髪は後ろでまとめている。

 下ろせば背には届きそうだ。


 頬杖をついて気だるげに窓の外を見ている。

 その格好のせいか、なんだか儚い印象だ。


「よろしく。えーと……」

「ファム。ファム・トルテンだ」

「俺はルカ・ノグヴェイト」

「知ってる。さっき聞いた」


 淡白な受け答えだった。

 それに目も合わせてくれない。


 ただ、嫌悪している様子はない。

 ルカは気になったことを口にする。


「ところでファム。どうして男の制服なんて着てるんだ?」


 教室がしんと静まり返った。

 生徒のほぼ全員が驚愕しように注目している。

 目が「あいつやりやがった」とでも言いたげだ。


 なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。


「……お前もかよ」


 ファムが「ちっ」と舌打ちした。

 がたっと立ち上がり、顔をぐいと寄せてくる。


「ボクは男だ!」

「……え」

「え、じゃない! 嘘だと思うなら触れよ! ほら、早く!」


 股間をぱんぱんと叩きながら詰め寄ってくる。


 どう見ても女性にしか見えなかった。

 近づけられた顔だって見れば見るほど女性のものだ。

 ただ、本人が言うのだ。


「わ、わかった。俺が悪かったよっ。だから落ち着いてくれっ」

「……わかったならいい。けどもっかい同じこと言ったら首斬り飛ばすからな」


 ファムがすとんと席に座りなおした。


 まさかここまで怒るとは思ってもみなかった。

 どうやらファムを女性とみなす発言は厳禁のようだ。

 ほかの生徒の反応を見る限り、周知の事実なのだろう。


「ルカくん~、ファムくん~。そろそろお話し進めてもいいかな?」

「す、すみません」


 ルカはキアラから注意を受け、首を縮める。

 ファムのほうは鼻を鳴らしてそっぽを向いていた。


 キアラに迷惑をかけてしまった。

 ただ、早いうちに右隣の生徒にも挨拶をしておきたい。


 今度は体つきからして間違いなく男子生徒だ。

 ちりちりの髪と、少し痩せこけた頬が特徴的だった。


「えっと、そっちのきみは名前はなんて――」

「はぁはぁ……イメルダぁ、イメルダぁぁぁあ……っ」


 なにやら息を荒くそう呟いていた。

 彼の血走った目は最前列の席――イメルダに向けられている。


「そいつはモッグ・ドラット。やべぇ奴だから関わるな」


 ファムが吐き捨てるようにそう忠告してきた。


 ……たしかに危なそうだ。

 ルカはほんの少しだけモッグから席を遠ざけた。


 教室中から向けられる侮蔑や敵意。

 隣の席には見るからに危険な生徒。


 これから始まる学園生活。

 大丈夫……だろうか。



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