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◆第七話『増加と昇華』

「本当に<イグニッション>を使えるとはな。だが、あまりに遅い」


 聞こえてくるブブの淡白な声。

 当然の結果と言わんばかりだ。


 派手に倒れてしまった。

 思い切りむせたし、腹も痛い。


 ただ、痛みよりも驚きのほうが勝っていた。

 ルカは腹を押さえながら立ち上がる。


 拳で殴られたかのような衝撃だったが……。

<銀の魔導駒(シルバーゴーレム)>との距離は詰まっていない。


 少し横にずれているようだが、それもおそらく<ファイアボール2>を躱すために動いた程度だ。


「なにをされたかわからないといった顔だな」


 ブブが嘆息しつつ手を横に払う。

 応じて、<銀の魔導駒>が右掌をこちらから少し外れたところへ向けた。


 その掌の先に拳大の氷塊が収束するように出現。

 弾かれたように発射されると、ひゅんっと鋭い風切り音を鳴らし、凄まじい速度でそばを翔け抜けていった。


 後方から聞こえてくる、どすっという重い音。

 振り返ると、地面に氷塊がめり込んでいた。


「<フロストバレット>。上級魔導師以上の対人戦闘ではよく使われる魔法だ」


 もちろん知っている。

 だが、ここまで速いとは思いもしなかった。

 ルカは背筋が凍るような、そんな感覚に見舞われる。


「<増加>させた<ファイアボール>ならば威力は上級魔法に値するだろう。だが、同じ上級魔法だからといって必ずしも相殺できるとは限らない」


 まるで教鞭を執るかのような喋り方だ。

 わざわざ魔法を説明してくれるとは。


 余裕があるからだろうか。

 そんなことを一瞬思ったが、すぐに違うとわかった。


「いますぐに諦めろ。欠陥魔導師では本物の魔導師には勝てない」


 向けられた侮蔑の目。

 ルカは奥歯を強く噛み、一気に体勢を起こす。


「本物の魔導師ってなんだよ……!」


 思い切り地を蹴って駆けだした。


 すぐさま相手から<フロストバレット>が放たれる。

 が、すぐ後ろの空間を貫いていった。

 どうやら偏差射撃は得意ではないらしい。


 ルカは走りながらファイアボール2>を放った。

 猛然と突き進んだそれが相手に衝突する、直前。


 緑の旋風が巻き起こった。


 次いで相手は砂塵を伴いながら、その巨体からは想像もできないほど機敏な――それこそ風のような軽やかな動きで、体ひとつ分横に移動してみせた。


 外れた<ファイアボール2>が奥の壁に衝突。

 辺りに轟音を響かせる。


 先ほどの緑の風は、おそらくキアラが言っていたブブの得意魔法。


「<ウィンドウォーク>……!」

「そのとおり。この世でもっとも美しい魔法だ」


 本当に気に入っているようだ。

 これまで無愛想な顔ばかり見せていたブブが誇らしげに言い放った。


 ルカは足を止めずに再び<ファイアボール2>を発射する。だが、先ほどと同様に相手は<ウィンドウォーク>で回避し、お返しとばかりに<フロストバレット>を撃ってきた。


 相手の攻撃も命中することなく周囲の壁に激突。

 ぱりんと硝子が割れるような音を響かせた。


 そうして互いに躱し、反撃を繰り返す。

 2つの異なる魔法が演習場を飛び交いはじめる。


「<イグニッション>を連発するとは、たしかに魔力は不相応に豊富なようだ。あの測定器が壊れていなかったことは素直に認めよう。だが、それで勝負が決まるわけではない」


 走り続ければ相手の攻撃は当たらないが……。

 いつまでも体力が持つわけではない。


 いずれ足が止まるだろう。

 そうなればこちらの負けだ。

 つまり、その前に決めなければならない。


「懲りずにまだそれを使いつづけるか」

「今度は違う!」


 ルカはいましがた放った<ファイアボール2>に続いて、両脇を固めるように左右にひとつずつ<ファイアボール2>を追加した。


 これなら<ウィンドウォーク>で左右のどちらに逃げられても捉えられるはずだ。


 その目論見は当たった。

 右方へと躱した相手にひとつの<ファイアボール2>が直撃。

 壁に衝突したときと同じ重い音を響かせた。


「やった!」


 ルカは思わず歓喜の声をあげた。


 あれだけまともに受けたのだ。

 大破していてもおかしくはない。

 そう思ったのだが……。


 黒煙が晴れたとき、相手はその場に立っていた。

 破損した箇所はどこにも見当たらない。


「そんな……あれをくらっても立っていられるなんて」

「見た目ほど無傷ではない。だが、<銀の魔導駒>の魔法耐性ならばまだまだ耐えられるだろう」


 無傷ではない。

 そう言いつつも、ブブに焦った様子はない。

 先ほどの攻撃を繰り返したところで負けない自信があるのだろう。


「だったらこいつで!」


 ルカはみたび<ファイアボール>を生成する。

 ただ、今度は<増加>ではなく、<昇華>だ。

 轟々と音をたてながら、火球を包み込むように渦巻く炎の管が現れる。


 <昇華>に成功したのはいまからちょうど5日前。

 完成度は<増加>ほど高くはないが、それでもキアラのおかげで満足に使いこなせるようになった。


 <昇華>による<ファイアボール0>。

 それを先ほどと同様に連続して放った。


 ほぼ時間差なく横並びになった3つの火球。

 だが、相手は<ウィンドウォーク>でいともたやすく回避してみせた。


「たしかにそれなら<銀の魔導駒>であってもただではすまないだろう。ただし、当たればの話だが」


 <昇華>で質は高めたものの、大きさは通常の<ファイアボール>と同等。先ほどの<増加>させた<ファイアボール2>のように広範囲に渡る攻撃にはならない。


 つまり<ファイアボール0>では相手を破壊する威力はあっても当てるのが困難ということだ。


「……底が見えたな。これで終わりにする」


 ブブの冷たい声に応じて<銀の魔導駒>が両掌を向けてきた。


 まさかとは思ったが、そのまさかだった。

 両手から<フロストバレット>が次々に放たれはじめる。


 最初はかすめるだけだったが、氷塊の数はあまりにも多すぎた。躱しきれずに体のあちこちに命中。ついには左脚にひとつがまともに当たり、まろぶように倒れてしまった。


「ぐぁっ」


 あちこちに走る疼痛のせいだろうか。

 体が焼けるように熱かった。


 それに頭にも幾つか受けたからだろうか。

 少し意識が朦朧としている。


「くだらない。まったくもってくだらない戦いだ」


 失望をふんだんに含んだブブの声。

 悔しいが、言い返せなかった。


 たとえ<イグニッション>を使えたとしても――。

 欠陥魔導師と、通常の魔導師とでは天と地ほどの差があるらしい。


 その証拠にブブは<魔導駒>を使って制限している。

 しかも、おそらくかなり手加減をしている。


「こんな魔導師ともいえない人間のために教師の資格を賭けるとは……レティエレス先生の気が知れんな」


 ブブが呟くように言った。

 その言葉をルカは聞き逃さなかった。

 朦朧とした意識が一気に覚醒する。


「先生が辞める……?」

「なんだ、聞いていないのか」


 キアラのほうを見やる。

 と、目をそらされた。


 ここ数日。

 一緒に過ごしてわかったことがある。

 彼女は隠し事をするのがとてつもなく下手だ。


 きっと本当に教師の資格を賭けたのだろう。


 どうしてそこまでするのか。

 師弟関係とはいえ、異常だ。


 ただ、彼女ならそこまでする気がした。

 キアラ・レティエレスという魔導師はそんな人間だ。


 ――キアラ先生の期待に応えたい。


 ルカはそう思いながら、ふらつく足で立ち上がった。

 体のあちこちが悲鳴をあげているが、関係ない。


 こちらの異様な執着を見てか。

 ブブが理解できないとばかりに細めた目を向けてくる。


「どうやら負けん気だけは一流のようだな。いまからでも遅くはない。魔導師ではなく、べつの道を探してみてはどうだ? なんならわたしのツテで職を紹介してやってもいい」

「そんなのいりません。俺がなりたいのはただひとつ。〝すごい魔導師〟です」


 強くなって、多くの人々を守りたい。

 過去の自分が体験した惨劇をなくしたい。

 そのためにも、こんなところで倒れているわけにはいかなかった。


「ならば仕方あるまい。わたしの手でその未来のない道を閉ざしてやろう」


 持ち上げられる<銀の魔導駒>の無機質な腕。

 まるで死の宣告のように金属の軋む音が響く。


 最中、ルカは頭の中で打開策を考えていた。


 <増加>のほうなら相手を捉えることは可能だ。

 しかし、決定打にはならない。


 対して<昇華>のほうは威力は充分。

 しかし、相手を捉えることはできない。


 どちらかだけではだめだ。

 どちらも必要だ。


 だったら――。


 ルカは腹の前で掌を上向けた。

 そこに通常の<ファイアボール>を生成し、<増加>を適用。<ファイアボール2>へと変化させたのち、そのまま留めた。


「……ルカくん、まさか」


 なにをしようとしているのか、キアラも気づいたようだ。


 これは教わっていないことだ。

 ただ、できるという確信があった。


「これで最後だ」


 ブブが悟ったように言った。


 応じて<銀の魔導駒>より放たれた2つの<フロストバレット>は瞬く間に接近。こちらの掌の上でいまも轟々と揺らめく大火球の中に飛び込んだ。


 視界の端にブブの勝ち誇った顔が映る。

 開始早々、<フロストバレット>は<ファイアボール2>をたやすく貫通した。あの光景が再現されると思っているのだろう。


 だが、いつまで経っても氷塊は姿を現さなかった。

 氷塊が大火球の中で消滅したことに、どうやらブブも気づいたようだ。


「まさか……<昇華>と<増加>を同時に使ったのか!?」


 どうやらこの魔法を発動するのも、維持するにはとてつもない魔力が必要らしい。いまも体内から凄まじい勢いで流れ出ていくのを感じる。


 しかし、不思議となくなるような気はしない。

 むしろいくらでも体の奥底から湧いてくるようだった。


「言うなれば、<ファイアボール02(ゼロツー)>ってところですね」

「馬鹿な、そんなもの見たことはっ」


 実際に存在する技術か、そうでないかは知らない。

 ただ、いまはこうするしか勝ち目がなかった。

 だから使っただけだった。


 ルカは雄叫びをあげながら<ファイアボール02>を放った。


 その大火球は<増加>と<昇華>。

 どちらの脅威をも孕んでいた。


 虚空を穿ち、すべてを蹂躙せんと突き進んでいく。


 呆気にとられていたブブが慌てたように動きだした。

 舌打ちとともに<銀の魔導駒>へと目を向ける。


「ちぃっ。だが、こちらには<ウィンドウォーク>が――」


 もう何度も見たのだ。

 ひとつでは避けられることぐらいわかりきっている。

 当然、すぐさま追加で2発を左右に追随させていた。


「いっけぇっ!!」


 ほぼ横並びになった3つの<ファイアボール02>が、ついに<銀の魔導駒>を捉えた。そのまま勢いを失うことなく奥の石壁へと激突。地鳴りのような音を響かせた。


 やがて大火球が色を失くし、空気に溶けるように消滅する。


 壁には半球の大きな穴が3つあいていた。

 途中には<銀の魔導駒>だったものが立っている。


 頭部だけでなく胴体も大半が抉られた格好だ。

 片足も失っていたようで、ついには瞬きするうちに体勢を崩した。


 静かになった辺りに、がしゃんと音が響く。


「……ありえん」


 ブブもまた放心したように両膝をつけ、崩れ落ちていた。


 ルカは催促するようにノアズを見やる。

 と、ゆったりとしながらも力強い首肯が返ってきた。


「<銀の魔導駒>、戦闘不能。よって勝者は――――ルカ・ノグヴェイト!」



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