◆第六話『試験当日』
「ルカくん、調子はどうですか?」
「いままでで一番調子がいいぐらいばっちりですっ」
ついに訪れた試験の日。
ルカはキアラとともに、ベルナシュク魔導学園の演習場を訪れていた。
地面にはからからに乾いた白い土。
周囲には背の高い石造の壁。
まるで遺跡のような古びた趣のある場所だ。
向かいには見覚えのある小太りな中年男性。
以前、編入試験を受けたときの担当官だった男だ。
名前はブブ・モンドリーク。
今回、試験の相手となる<銀の魔導駒>。
その使用者として参加してくれるという。
少し離れたところにひとりの老人が立っていた。
彼が、ここベルナシュクの学園長らしい。
地味ながら高級感のあるゆったりとしたローブ。
それに長い白髪、白髭が特徴的だ。
立会人は学園長のみだった。
今回の試験は極めて異例なこととあって非公開で行われるという。
「いいですか、ルカくん。事前に話したとおり<銀の魔導駒>には通常の<ファイアボール>では効果がありません。使ったとしても――」
「牽制に留め、本命は<イグニッション>で強化したものを使う、ですよね」
「はい、そのとおりです」
言って、にっこりと微笑むキアラ。
そんな普段どおりの彼女を見たからか。
試験前でも体の緊張は解れたままを維持できた。
「それから内蔵される魔法ですが……おそらくひとつは移動速度を大幅に上げる<ウィンドウォーク>です」
「たしかそれって中級魔法のはずじゃ」
<銀の魔導駒>に内蔵できるのは上級以下の魔法と聞いている。
なぜあえて中級魔法を内蔵させるのか。
「モンドリーク先生は昔、王国軍の魔導部隊に所属していたことがあって。その頃、<疾風のブブ>と呼ばれていたほど<ウィンドウォーク>を好んで使っていたんです」
「し、疾風……?」
ルカは思わずブブの大きな腹を見てしまう。
素早く動いているところをまるで想像できない。
「魔法の力で移動するから、その……体型は関係ありませんよ」
どうやらどこを見ていたか気づかれたらしい。
「てことは、あと1種類がなにかですよね」
「上級魔法であることは間違いないと思うのですが、いずれにせよどれも強力であることは間違いありません。充分に注意してください」
「はい、先生!」
ルカは威勢よく返事をする。
こちらの会話が終わるのを待っていたのか。
ブブが苛立たしげに鼻を鳴らした。
「作戦会議は終わったのかね、レティエレス先生」
「お待たせして申し訳ありません。いつでもどうぞ」
2人のやり取りは険悪だ。
どうやらあまり仲はよくないらしい。
ブブが腰辺りのポケットへと手を突っ込んだ。
中から取りだされたのは拳大の角ばった銀色の駒。
それを目の前の地面に放った。
ごと、と重い音が鳴る。
「<銀の魔導駒>、起動せよ」
ブブの声に呼応して駒が「ジジジ」と奇妙な音を発した。
駒に刻まれた切れ目のような筋に光が走る。
と、両側面から一本ずつリングが飛びだした。
その穴を通すように今度はネジが出現。
回転しながらリングと合体すると、巨大化した。
同じような変化を高速で繰り返し――。
ついには人の腕と同形状となった。
両腕の先、5本指のある手で駒が持ち上げられる。
と、同様の変化で脚が生え、最後に頭部が生えた。
どうやら足のほうには指がないらしい。
それ以外は、ほぼ人と変わらない形状だ。
成人よりもひと回り大きい程度か。
たくましい大男といった感じだ。
駒の変化は完全に止まった。
おそらく起動が終わったのだろう。
瞬きを2、3度する程度の短い時間だった。
「あれが<魔導駒>……」
ルカは思わず息を呑んだ。
知識としては当然知っている。
だが、見るのは初めてだった。
その大きさもあって想像以上の威圧感だ。
また感情の見えない無機質な顔が、それを助長させているのは言うまでもない。
ふと肩にキアラの手が置かれた。
「大丈夫ですよ。あれも人が造ったものと思えばそう怖くはありません。それに怖さならモンドリーク先生の顔のほうがよっぽどです」
「たしかに」
会話は潜めた声でしていた。
だが、目線で感じとったのか。
ブブがぎりりと鋭い眼光を向けてくる。
「なにか言ったかな、レティエレス先生」
「い、いえいえ、なんでもありません」
上擦った声で答えながら下がるキアラ。
普段の2人のやり取りが目に見えるようだ。
ブブが開始を促すよう「学園長」と声をかけた。
ノアズがおうように頷いたのち、右手を前に出す。
「では、これよりルカ・ノグヴェイトの特別編入試験を執りおこなう。形式は魔法による実戦。相手となるのはブブ・モンドリークが使役する<銀の魔導駒>」
つらつらと説明がされていく。
「この勝負にルカ・ノグヴェイトが勝利すれば、ベルナシュク魔導学園への編入を認めるものとする。よろしいかな、モンドリーク先生」
「いいでしょう。もっとも、それはありえないことですが」
ブブが淡々とそう付け加えた。
ルカは思わずむっとしてしまう。
以前の編入試験のときから変わらない。
こちらを見下すような態度。
やはり魔導師として不自由な体だからだろうか。
それでもキアラが認めてくれたのだ。
――なんとしてでも見返したい。
「双方、準備を」
ノアズから視線で確認を求められた。
ブブに続いて、ルカはこくりと頷く。
辺りはしんと静まり返っていた。
風の流れる音だけがかすかに聞こえてくる。
初めての魔法による実戦。
緊張が最高潮に達した、そのとき。
「はじめっ!」
ノアズの声が響き渡った。
ルカはすぐさま右掌をブブに向ける。
牽制はいらない。
最初から全開だ。
<イグニッション>の<増加>を活用。
<ファイアボール2>を発動する。
視界に揺らめく巨大な火球が現れた。
この10日間。
必死に<イグニッション>の訓練をしてきた。
おかげで発動までの時間を大幅に短縮できた。
「いけぇっ!」
押しだすように<ファイアボール2>を放つ。
勢いよく進んでいく大火球。
その姿は、まるで触れる空気すべてを呑み込むかのようだった。
外で放ったのは初めてだったからか。
自分の魔法ではないような、そんな感覚だ。
ただ、とても頼もしく感じた。
このままなら<銀の魔導駒>も呑み込んでくれるに違いない。
そう思ったとき――。
大火球に穿つように拳大のナニカが猛烈な速度で飛んできた。
「……え?」
「ルカくんっ!!」
悲鳴にも似たキアラの声が響く中。
どんっと腹に襲いくる、とてつもない衝撃。
気づいたときには地面に寝転び、空を見上げていた。