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◆第五話『魔導駒』

 翌日。

 キアラはベルナシュク魔導学園の学園長室を訪れていた。


 執務机の向こう側。

 陽光が射し込む窓硝子を背景に老齢の男が座っていた。


 深い皺に肉の少ない体。白く長い髪。

 歳相応の外見だが、纏う空気は力強い。


 大魔導師のノアズ・コグズウェン。

 ベルナシュクの学園長だ。


 そして、この場にはもうひとり。

 キアラはちらりと隣を見やる。


 中年の男が姿勢よく立っていた。

 恰幅があまりによすぎるせいか。

 その身を包む緑基調のローブはいまにもはちきれそうになっている。


 とくに腹の辺りが厳しい状態だ。


 ブブ・モンドリーク。

 同じベルナシュク魔導学園の教師だ。


「わたしも暇ではないのでね。手短に頼むよ、レティエレス先生」


 彼の言葉の端々からは苛立ちが感じとれた。

 急かされるようにキアラは話を始める。


「お時間をいただきありがとうございます。実は、わたしから学園に推薦したい子がいまして。その相談に乗っていただきたくお二方をお呼びしました」


 ブブが怪訝な目を向けてきた。


 ただの推薦なら彼の関与するところではない。

 学園長とだけ話をすませればいい。

 だが、ブブを呼んだのには理由があった。


「名前はルカ・ノグヴェイト。先日、モンドリーク先生が編入試験を担当なされた子です」


 細めた目で睨んでくるブブ。

 予想どおりの反応だった。


「わたしをわざわざ呼びだしたのはそのためか」

「はい。試験を担当されたモンドリーク先生を抜きに話を進めるのは公平ではないと思いましたので」

「なるほど、その心がけは素晴らしい。だが、わたしを呼んだのは失敗だったな」


 言うやいなや、ブブが勇んで前に踏みだした。

 執務机にそのふくよかな腹を押しつけ、学園長に詰め寄る。


「わたしは反対です、学園長。彼の魔法回路は欠けていました。この由緒あるベルナシュクに<欠陥魔導師>を入れるなど、そんなことあってはならないことです」


 話が始まってから学園長は沈黙を保っている。

 組んだ両手に顎を乗せた格好のまま動かない。


 まぶたが垂れ気味なせいか。

 寝ているような気もする。


 いや、実際、寝ているかもしれない。

 耳を澄ませばいびきのような音が聞こえてくる。


 そんな彼も一瞬で目が覚めるであろう言葉を、キアラはつらつらと述べる。


「たしかに彼の体では複雑な……中級以上の魔法は使えないでしょう。ですが、彼は<ファイアボール>で<イグニッション>を使ってみせました」


 ノアズがまぶたをぴくんと跳ね上げた。

 ここまで彼が大きく反応したのは初めてだ。


 しかし、それ以上にブブが驚愕していた。

 ぶるんと腹を揺らしながら素早く振り返る。


「大魔導師の扉を開いただと!? 馬鹿な、ありえん!」

「いいえ、事実です。まだ完全ではありませんが、そう遠くないうちに習得できると思います」


 いまもルカは魔法の訓練に励んでいることだろう。

 本当に勤勉な子だ。


 ただ、少し度が過ぎるところがあった。

 休むよう説得するのに苦労したほどだ。


 ずっと通常の<ファイアボール>しか使えなかった。

 だから、きっと楽しくてしかたないのだろう。


 ノアズが目を光らせながら、ゆっくりと口を開く。


「その子は、いま、何歳じゃ」

「16歳です」

「となると高等部の1年生か」


 魔導学園は12歳から入学。

 初等部から中等部、高等部まである。

 すべてが2年制だ。


「たとえ技術があったとしても、その歳でそれほどの魔力があるとは考えにくい」

「まったくもってそのとおりです学園長。かつて最年少で賢聖に至った<極致の賢聖>は異例中の異例。そのようなことは本来、ありえないことです」


 学園長の言葉に力強く同意を示すブブ。

 キアラは眉をひそめつつ、事実を告げる。


「彼には複雑な魔法が使えない代わりに豊富な魔力がありました。それも賢者に匹敵するほどの。試験でもそれは証明されていたはずですね、モンドリーク先生」

「……あれは故障だったはずだ。でなければ、あのような結果が出るはずがない」

「いいえ、故障などしていませんでした。もし信じられないというのであれば、ほかにも幾つか用意して彼に試してもらいましょう」


 確信したこちらの態度に臆したか。

 ブブがたじろぐように口をつぐむ。


 だが、彼の目は一向に鋭いままだった。

 こちらも負けじと真っ直ぐに彼を見据える。


 緊張が高まる中、ノアズが「ふむ」と息をもらした。

 顔の皺をよりいっそう深め、悩ましげに話しだす。


「レティエレスくんがこれほど推すというのも珍しいのう。しかし、モンドリークくんの言い分もわかる。ここベルナシュク魔導学院では魔法回路の有無で合格ラインを定めていることも事実だ」


 そのとおりだと言わんばかりにブブが頷く。

 規則を徹底して守る彼をこの場に呼んだのだ。

 すんなりいかないことは予想していた。


「無理は承知のうえです。ですから今回、わたしは自身の教師資格を賭けるつもりでここにきました」


 キアラは姿勢を正し、右手を胸元にそっと当てた。

 自身の、教育者としての誇りを抱いて言葉を紡ぐ。


「わたしは才ある子供たちに魔法を教えるためにこの学園にきました。それが叶わないというのなら、この学園にいる意味はありません」


 どれだけ本気が伝わったか。

 冗談と受け取られることはなかった。


 その証拠にブブの顔つきが明らかに変わっていた。

 見定めるような目をこちらに向けてくる。


 彼には普段からあまりいいように思われていない。


 日常では「生徒を甘やかしすぎだ」、「もっとベルナシュクの教師として相応しい振る舞いを」などとたびたび叱られている。


 おそらく、これを機に辞めさせようと思っているに違いない。

 同僚からそのように思われることは残念だが……。


 それこそが狙いだった。

 ――ブブを〝勝負の舞台〟に引きずりだすための。


 どうやらノアズもそれを汲み取ってくれたようだ。


「……わしとしては優秀な教師を失うことは避けたい。ここはひとつ、彼がベルナシュクの生徒として相応しいかどうか、試験をしてみるというのはどうかな?」


 言って、ノアズは執務机の引き出しを開ける。

 中から拳大の角ばった銅の駒を取りだした。


 こんっと音をたてて机上に置かれた駒を見ながら、ブブがかすかに顔をしかめる。


「<銅の魔導駒(ブロンズゴーレム)>……ですか」

「モンドリークくんの使役するこれに勝てたら合格。わかりやすいじゃろう」


 <魔導駒>は魔力によって使役できる人型魔導具だ。

 最大の特徴は、使用者が内蔵させた魔法を<魔導駒>が使えるようになることだ。


<魔導駒>の種類は金、銀、銅の3つ。

 色ごとに内蔵できる魔法の質に限りがある形だ。


 ちなみに<銅の魔導駒>は中級以下の魔法を2種類まで内蔵できる。


 またその体には魔法耐性がついているが、<イグニッション>を活用した<ファイアボール>であれば容易に突破可能だ。勝てる可能性は非常に高い。


 キアラは内心でノアズに感謝する。

 反対にブブは納得いかないようで難しい顔をしていた。


「しかし、彼は16歳です。その歳の魔導師であれば、<銅の魔導駒(ブロンズゴーレム)>程度、勝てて当たり前です。そもそも学園の規定を捻じ曲げてまで入れようというのです。相応の実力を示してもらわなければなりません」


 言って、彼はべつの案を出した。


「<銀の魔導駒(シルバーゴーレム)>を」

「さすがにそれはっ」

「無理ならばわたしは断固として反対する」


 声を凄ませながら睨んでくるブブ。

 キアラは勢いを失い、口を閉じた。


<銀の魔導駒>に内蔵できるのは上級以下の魔法。

 それも3種類まで、と銅より1種類増える。


 幸いなのは魔法耐性があまりあがらないことか。

 しかし、だとしても上級魔法、3種類は厳しい。


 とはいえ、ここで引けばブブは勝負の舞台から下りかねない。


 キアラは奥歯を噛みしめたのち、息を吐いた。


「わかりました。ですが、内蔵する魔法はふたつに限定していただけないでしょうか。おそらく3種類の上級魔法を前に立ち回れる生徒は、そう多くありません。相応の実力ということであれば充分なはずです」

「……いいだろう」


 意外にも妥協案に理解を示してくれた。

 それでも相手が使えるのは2種の上級魔法だ。


 対してこちらは下級魔法のみ。

 厳しい戦いになることは間違いない。


 静観していたノアズが口を開く。


「どうやらまとまったようじゃな。レティエレスくん、習得までどのくらいかかるかな?」

「10日いただければ」

「よかろう。では10日後に試験を執りおこなうこととする」


 ノアズが右袖から<銀の魔導駒>をすっと取りだした。

 どうやらこの展開になることを予想していたようだ。

 彼は<銀の魔導駒>をブブに差しだしながら問いかける。


「モンドリークくんも、それでよいかな?」

「承知しました」


 ブブは<銀の魔導駒>を受け取った。

 それからくるりと優雅に振り返ったのち、こちらにいかめしい顔を向けてくる。


「レティエレス先生。教師資格を賭けるという言葉、忘れないように」


 その言葉を最後にブブは学園長室をあとにした。

 廊下から足音が聞こえなくなったのを機に、ノアズが気まずそうに声をかけてくる。


「あ~、レティエレスくん。きみほどの魔導師があれほど推すからと強気に試験内容を実戦にしてみたのじゃが……もしかしてわし、やってしまったかの」

「そ、そうですね。ちょっとどころか、かなり厳しいかもです」


 あはは、とキアラは乾いた笑みを浮かべる。


「……ですが、悲観はしていません」


 ほう、とノアズが興味深そうな目を向けてきた。

 キアラはルカの言葉を用いて答える。


「あの子はこんなところで止まっていい魔導師ではありません。たとえ下級魔法しか使えずとも、〝すごい魔導師〟になる子ですから……!」


 試験まであと十日。

 きっちりと<イグニッション>を習得。

<銀の魔導駒>対策をしたあとは――。


 ルカ次第だ。



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