◆第四話『新しい家』
ルカは見せつけるように、いまも燃え盛る<ファイアボール2>を軽く持ち上げる。
キアラは目を瞬かせて唖然としていた。
しばからくしてから戸惑いつつ訊いてくる。
「ほ、本当ですね……これまで<増加>を使ったことって……」
「いえ、今日が初めてです」
そもそも<イグニッション>すら知らなかったのだ。
事前に練習なんてできるはずがなかった。
ただ、成功した理由には心当たりがある。
ルカは目の前の大火球を見つめながら話す。
「俺、<ファイアボール>しか使えなかったから、その感覚だけはすごい残ってて。だから、教えられたとおりそっくりそのままもう1個重ねてみたらできたんです」
「なるほど……ですが、これはすごいことですよ」
キアラが呆けながらこくこくと頷く。
その目もどこか興奮したように輝いている。
親を亡くしてから約6年。
あまり誰かから褒められることがなかった。
そのせいか、なんだかむず痒かった。
「少し不安定にも見えますが、それでもこれだけできれば充分です。ひとまず<増加>は置いておいて、<昇華>にも挑戦してみましょうか」
提案を受け、ルカは<ファイアボール2>を消した。
それを機にキアラが指を立てて話しはじめる。
「今度は単純に増やすのではなく、通常の<ファイアボール>にもうひとつの<ファイアボール>を収める感じをイメージしてください。わたしはいつも、硬い容器に無理矢理に押し込むような感じで生成しています」
普段から生徒を相手にしているからだろうか。
抽象的だが、やはりわかりやすい説明だ。
……硬い容器に無理やり押し込む……押し込む……押し込む。
イメージを脳内で完璧にしたのち、ルカは再び<ファイアボール>を生成。そこへさらにもうひとつの<ファイアボール>をイメージに従って重ねる。
掌で揺らめく火球に、ぼぅと炎の管が渦巻いた。
だが、それが一周した途端――。
火球が蝋燭の火の最後のように虚しくかき消えた。
「今度も一発でいけると思ったんだけどな……」
ルカは悔しくて思わず呻いてしまう。
ただ、キアラは驚いたように目を見開いていた。
「……ルカくんは魔法への感性がとても高いようですね」
「そうなのかな。自分じゃあんまりわからなくて」
「初めに伝えたとおり、<イグニッション>の難度は大魔導師で覚えられるものです。つまりルカくんには大魔導師級の技術がある、ということです」
「そう言われると、なんだかすごい感じがしてきました」
「でしょう?」
こちらが途端に元気を取り戻したからか。
ふふ、とキアラが笑みをこぼしていた。
「失敗したのは発動後の維持ですね」
「なんかこっちのは同じ<ファイアボール>でも、まったくべつのものな気がして」
発動後の維持には、その魔法を正確に把握しつづける必要がある。先ほど失敗したのは単純にその把握ができなかったからだった。
「ですが、<昇華>自体はかなり上手くいっていました。これなら習得まで時間はかからなさそうですね」
「本当ですか?」
「ええ。本当に……本当に……これで満足に使えていたら……」
キアラが頷いたあと、ぼそぼそと言葉を漏らす。
尻切れに声が小さくなって上手く聞き取れなかった。
ただ、どこか悲しそうなことだけはわかる。
「先生?」
「ごめんなさい。少し考え事をしてしまって」
キアラは首を振ると、もとの笑顔を向けてくれた。
ただ、なぜか空元気なように見えてしまった。
そうして怪訝な目を向けていたからだろうか。
キアラが少し困ったように笑んだのち、優しく声をかけてくる。
「ルカくん。これから先、体のことで蔑まれることがあるかもしれません。ですが、きみには魔導師としての才能があります。だからどうか自分に自信を持ってください」
魔導師はプライドの高い人が多いと聞いている。
そうした者たちにとって下級魔法しか使えないというのは侮蔑の対象になりえるのかもしれない。そしてそれは魔導師階級で上を目指す過程において、きっと避けてはとおれない道になるだろう。
だが、もしそんな境遇に見舞われても負けない自信はあった。
「大丈夫ですよ」
そう答えたのち、ルカはにかっと笑う。
「たとえほかの魔導師に認めてもらえなくても、キアラ先生が認めてくれた。その事実だけで俺はやっていけます」
「……ルカくん」
嬉しいのか、痛ましいのか。
どちらともとれるような表情を浮かべるキアラ。
だが、次の瞬間には目を瞑って「よし」と口にした。
その後、気持ちを入れ替えるようにからっとした笑みを向けてくる。
「推薦の話、もう学園長に相談してみようかと思います」
「本当ですか!?」
「<増加>はほとんどできていましたし、<昇華>のほうも一度コツを掴めばすぐにでもできるようになると思いますから」
キアラが思案顔で「ん~」と唸りはじめる。
「そうですね……10日後ぐらいを目処に考えておきましょうか」
「じゃあ、それまでみっちり訓練ですね」
新しい魔法は覚えられない。
だが、代わりに知らなかった魔法の技術を学べる。
魔導師としての階段を初めて目前にして自然と心が踊っていた。
と、キアラがなにやら申し訳なさそうな顔をしている。
「ただ、ずっと付きっ切りというわけにはいかなくて……」
「あ……学園のお仕事ですか」
「ええ、だから教えられるのはそれ以外の朝と夜ですね。幸い部屋も余ってますし、ここに住み込んでもらうのがよさそうですね」
本だらけなのは我慢してね、と最後に付け足すキアラ。
「いえ、むしろ学園のお仕事もあるのに教えてもらって、こっちがお礼を言うべき――っていうか、俺ここにいてもいいんですか?」
なにを言っているのか、とばかりにキアラが首を傾げる。
てっきり都市内の宿屋に寝泊りするものだと思っていたのだが……。
「もちろんですよ。ルカくんはわたしの弟子なんですから」
向けられる純真無垢な笑顔。
一応、こちらも男なのだが、完全に子ども扱いだ。
とはいえ、実際に襲おうにも力量差がありすぎる。
返り討ちにされて終わりだろう。
もちろん、そんなことをする気はないが。
少し悔しい気もしたが、嬉しい気持ちもあった。
家族のように扱ってもらえている気がしたからだ。
久しく感じていなかった温もり。
それが胸中に満ちるのを感じながら、ルカは掌を上向けた。気合を入れて<イグニッション>の訓練を再開しようとする。
「ルカくん」
名前を呼ばれ、ルカは顔を上げる。
と、キアラが両手に拳を作りながら弾けるような笑みを向けてきた。
「がんば、ですよっ」
「……はいっ!」