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◆第十四話『原初の遺物』

 光の剣が落ちたのは学園の西端に位置する屋上だった。


 建物内から階段でのぼるなんて悠長な真似はしていられない。


 ルカは<フューリアス>を発動。

 目的の建物の下まで駆けつけたのち、壁にある幾つかの出っ張りを足場にしながら屋上までたどりついた。


 勢いのまま欄干を飛び越え、着地する。

 と、飛び込んできた光景に思わず目を疑った。


 片膝をついて力なくうな垂れるキアラを、アルヴォが悠然と見下ろしていたのだ。


 キアラが光の柱を使ったとすれば魔力の枯渇で弱っているのもしかたない。だが、おそらく光の柱を受けたであろうアルヴォにまるで被害がないのがおかしかった。


 アルヴォが<フレイムランス>を生成。

 いまにもキアラへと放とうとしている。


 詳しい状況はわからない。

 ただ、2人の敵対関係は確実だ。

 動くにはその情報だけで充分だった。


 ルカは即座にキアラのもとへと駆けだした。

 <増加>させた<ファイアボール>を放つ。


 暗がりの中を翔けた特大の火球は瞬く間にアルヴォへと到達する。が、すぅと現れた<魔法障壁>によってあっさりと防がれてしまう。


 もとより牽制のつもりだった。

 ルカはいまのうちにとキアラのそばに辿りついた。

 彼女を背にし、アルヴォと対峙する。


「先生、大丈夫ですかっ!?」

「ルカくん……どうして」

「光の剣が落ちたのが見えて、それで」


 助けにきたという意識があったからか。

 褒められたり、安堵してもらえるかもしれないという思いがあった。だが、キアラから返ってきたのは厳しい目だった。


「ここは危険です。早く逃げなさい」

「そんな状態で言われても放っておけるわけないじゃないですかっ」


 キアラは意識を失っていない。

 だが、膝をついて苦しそうに顔を歪めている。

 こんな状態ではきっと逃げることすらできないはずだ。


「いきなり攻撃をしかけてくるとはどういうつもりかな。ルカ・ノグヴェイトくん」


 やれやれと首を振りながら、アルヴォがおうように声をかけてきた。


 言葉とは裏腹にまるで焦りが見られない。

 相手にされていないことがひしひしと感じられた。

 ルカはわずかな苛立ちを覚えつつ、相手をねめつける。


「どういうつもりもなにも、キアラ先生を攻撃しようとしてただろ」

「まるでわたしが悪者のような口ぶりだね。先にしかけてきたのは彼女のほうだ」


 飄々とした様子で応じるアルヴォ。

 あくまでとぼけるつもりのようだ。


「イーリカの花……あれを使ってみんなを狂わせたのもあんだなんだろ」

「そこまで辿りついているのか。思ったより優秀なようだな」

「イメルダが教えてくれたんだ」

「なるほど。ブリアトーレの……」


 <高貴なる魔女>の娘としてか。

 あるいは学園一の才女としてか。

 さすがにイメルダの評価は高いようだ。


「特別演習で俺たちを襲ったのも、王女殿下を襲ったのも。あんたの仕業だったんだろ。いったいなにが目的なんだ……っ!?」


 ここ最近の幾つものおかしな事件。

 いまだそれらの関連性を見つけられてはいない。

 ただ、現状から必ず繋がっているという確信があった。


 アルヴォが「ふむ」と頷き、キアラを見やる。


「彼女が離脱したいま、わたしの勝利は確定したと言える。……いいだろう、この学院を去る前に最後の授業をしようではないか」


 彼は芝居がかったように居住まいを正した。

 まるで本当に授業でもするかのように淡々と話しはじめる。


「わたしの目的はただひとつ。邪神アウキスの復活だ」


 それを目的とする組織の名をイメルダから聞いて知っていた。

 ルカは唾を呑み、恐る恐る口にする。


「……アウキス・ロングスサル」

「そのとおり、わたしはアウキス・ロングスサルの一員だ」


 世間から忌避されているという組織。

 その一員であることをあっさりと認めた。


 しかも罪の告白をしている様子はいっさいない。

 むしろ誇ってすらいるように見えた。


「邪神アウキスの復活には3つの<原初の遺物>が必要となる。1つ目は<大樹ミズルヤヌヤの根>。2つ目は<星の盃>。そして3つ目――<邪神核>」


 アルヴォが口にした3つの<原初の遺物>。

 本日の魔導祭典で奉還の儀に使われたこともあり、<大樹ミズルヤヌヤ>の名だけは知っていた。だが、ほかは聞いたことすらないものばかりだ。


「わたしが学園に来たのは実験の場として最適だと考えたからだ。原初の遺物の1つ。<大樹ミズルヤヌヤ>を復活させるには大量の血と魔力が必要でね」

「大量の魔力……まさか」

「そう。きみたち生徒で代用しようと考えた。あの、特別演習で」

「でも、あのときのあんたは倒れていた」


 おそらく協力者がいるのだろうと踏んでいたが、答えは違った。


「偽装していただけだ。もっとも意識はほかにあったがね」


 右腕を払ったアルヴォの隣に、すぅっと人型の影が現れた。

 ゆったりとした紫のローブを羽織り、フードを目深に被っている。


「それ、魔獣を大きくした奴……!」

「<黒の化身>と言ってね。己の意識を移し、自在に操ることができる。組織内でも限られた――アウキスの寵愛を受けた者のみ使うことを許された奇蹟の魔法だ」


 そうしてアルヴォが得意気に説明しおえたとき、<黒の化身>の輪郭が崩れはじめた。まるで煙が空気に溶けるように薄れ、ついには夜の闇へと消えていった。


「……やはりもたなかったか。とはいえ、これで彼女を無力化できたと思えば安いものか」


 キアラの<光の剣>は何者をも一撃で倒せるような威力があった。


 そんな攻撃を受けたというのに、なぜアルヴォが立っているのか。そう疑問に思っていたが……彼の言葉から察するに、あの<黒の化身>を身代わりに使って凌いだと見て間違いなさそうだ。


「王女を襲ったことも実験だったのか?」

「あれは当初の予定になかったものだ。というより本来はきみたち生徒を用いた実験だけで切り上げるつもりだった。だが、ある人物を見つけたことで予定が変わってね」


 ある人物とはいったい誰なのか。

 こちらの好奇心を知ってか知らでか。

 アルヴォはもったいぶるようにゆったりと話しはじめる。


「いまから約6年前。我々組織による邪神復活を目前で阻止したのち、行方をくらましていた3人の賢聖のうちのひとり……<極致の賢聖>」

「それって……」


 アルヴォがにやりと口の端を吊り上げた。

 その人物へと、妖しく光らせた目を向ける。


「やはりきみも知っているか。そう、キアラ・レティエレスだ」



     ◆◆◆◆◆


「仕返しってことか……」


 いま持っている情報だけでは、それ以外に考えられなかった。


 だが、的外れとばかりにアルヴォの表情は呆れに満ちていた。


「そんな下らない理由でわたしが動くわけないだろう。……先ほど挙げた<原初の遺物>のうちの1つ。<邪神核>が彼女の中に眠っているのだよ」


 3つあるという<原初の遺物>。

 その中でもっとも禍々しそうなものが、キアラの中にあるという。


 まるで理解できない状況だった。


「どうしてそんなものが先生の中に……」


 ルカは恐る恐る肩越しに振り返って確認すると、キアラに目をそらされてしまった。しかも彼女の表情は魔力の枯渇による苦痛だけとは言いがたいほどに歪んでいる。


「……初めは破壊しようとしたの。だけど、どうしても無理だった。だから――」

「<邪神核>を自身に取り込むことで封印した。本当に聖人のような人だ。おそらく魔力がほとんど使えなくなったのもそれが原因だろう」


 アルヴォが嘲るように話を継いだ。

 キアラからの反論はない。


 彼女の中に<邪神核>があることも。

 それが原因で魔力をほとんど使えなくなったことも。

 すべてが事実であることを示していた。


「いずれにせよ、わたしは彼女を見つけて歓喜した。彼女を献上できればさらなる寵愛を受けられる、とね。だが、彼女を手中に収めるにはひとつ大きな障害があった。学園内で唯一、わたしの脅威になりえた魔導師……コグズウェンだ」


 ベルナシュク魔導学園の学園長。

 大魔導師ノアズ・コグズウェン。


 キアラの光の魔法を<黒の化身>でやり過ごすと計算すれば、たしかに魔導師階級的に対抗できるのは彼しかいないだろう。


 だが、そのノアズもいまはいない。

 魔導祭典中、未遂に終わった王女暗殺の件で王都に出頭しているからだ。


 そこまで整理したとき、ルカははっとなる。


「……もしかして王女を狙ったのって」

「<高貴なる魔女>によって王女への攻撃は防がれたが、もとより殺すつもりはなかった。ただ、問題を起こすことでコグズウェンが離れさえすればよかったのだからね」


 本気でないとはいえ王女暗殺のリスクは決して低くない。彼にとって<邪心核>がいかに重要かを物語っている。


「そして彼がわたしを怪しみ、幾人かの教師に調査させていたことは知っていた。今回のイーリカはそうした邪魔な者たちを排除するために用意したものだ」


 幾人かの教師には、おそらくキアラだけでなくモンドリークも含まれるのだろう。だとすれば最近の彼の不自然な行動も説明がつく。


 ようやくすべてが繋がった。

 だが、最悪の状況のせいですっきりとはいかなかった。


「さて授業は終わりだ、ノグヴェイトくん。いますぐにここから立ち去れば追いはしない」


 選択を迫ってくるアルヴォの頭上では、中級魔法の<フレイムランス>が10本も生成されていた。<イグニッション>の<複製>を使ったものだ。


「ルカくん、逃げてっ!」


 背後から聞こえてくるキアラの必死な声。


 見たこともない数の<フレイムランス>を前に足は震えている。


 だが、逃げるわけにはいかない。

 逃げれば<邪神核>――キアラがアルヴォの手に渡ってしまう。


 現状、<複製>で同時発動できるのは5発だけだ。

 加えて<複製>中に使えるのは下級魔法の<ファイアボール>のみ。中級魔法の<フレイムランス>相手では当てたところで相殺とはいかない。


 ならばいま、ここで成長するしかない。

 できなければやられるだけだ。


 ルカはその場に自身を固定するようにぐっと足裏を床に押しつけた。


「それがきみの答えか。では望みどおりここで死んでもらうとしよう」


 落胆混じりに吐き出されたアルヴォの言葉に呼応し、10本の<フレイムランス>が放たれた。いまが夜であることを忘れるほど視界が赤々とした炎で埋め尽くされる。


 ルカは向かってくる炎槍の群れへと右手を向け、迎え撃つ。


 ほぼ一瞬の出来事だった。

 耳朶を打つ凄まじい衝突音。

 周りが見えなくなるほどの大量の煙。


 なにがどうなったのか。

 混乱しそうになる頭だが、ひとつだけたしかなことがある。


 ――生きている。


 <複製>は難度が高いため、10個の<ファイアボール>で迎撃する手段は難しい。


 ゆえに、<増加>と<昇華>に意識を絞り、イグニッション>を発動。こちらの<ファイアボール>1つに対して<フレイムランス>を2本ずつ相殺したのだ。


 視界を奪っていた煙が晴れ、驚愕するアルヴォの顔が映った。


「学園祭の前に話したとき、いい先生かもって思ってた。でも、とんだクズ野郎だった……!」


 排他的な魔導師の世界を変えたい。

 その考え方は尊敬できるものだった。

 なのに、まさか人を殺めることをまるで厭わない人間だったとは――。


「……あれか。あれは学園の中で被っている仮面だ。わたしを慈悲深い人間だと思わせるためのね。きみの顔を見る限り、どうやら上手くいっていたようだ」


 アルヴォが嘲笑とともに自らの本性を明かした。


 ルカは奥歯を強く噛みながら、<ファイアボール>を新たに生成。手元で轟々と揺らぐその炎のごとく強い意志を胸に抱いて決意する。


「お前なんかにキアラ先生は絶対に渡さない……!」



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