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◆第八話『非常事態』

 いったいその先になにがあるというのか。

 いずれにせよひとり残ったところでできることはない。


 ルカはファムのあとを急いで追いかけた。


 路地を1つ2つ曲がる。

 と、ファムがいきなり足を止めた。


 手で動き制止してくると、こちらの腹に右掌を当ててきた。直後、耳の穴が圧迫されるような感覚に見舞われる。


 驚いて数歩下がったとき、なにか違和感を覚えた。

 たしかに足で地面を叩いたのに音が聞こえないのだ。


「な、なにをしたんだ?」

「<サイレントムーブ>。動きによって生じる音を消す魔法をかけたんだ。つってもあんまり大きな音だと消しきれないから注意しろよ」


 つらつらと説明された。

 まったくもって聞いたことのない魔法だ。


 そもそもどうしてそんな魔法をかけてきたのか。

 訊きたいことは幾つもあったが、ファムの険を帯びた顔に封殺された。


「それより来るぞ。隠れろ」


 ファムに引っ張られる格好で角に身を潜めた。

 ほぼ間もなくして、2人の大人が路地に入ってきた。


 中年の男と若い女だ。

 偶然にも2人は近くで足を止めた。


 ひと気がないことを確認するためか。

 辺りを見回したのち、その場で会話をしはじめる。


「……うちの教師たちだな」


 知らない顔だが、ファムが言うなら間違いない。

 距離や角度の問題で見にくいが、学園の徽章らしきものも見える。


 それにしてもなにやら切羽詰った感じだ。

 なにかあったのだろうか、とルカは耳を澄ましてみる。


「そっちはどうだった?」

「それらしい人物はどこにもいませんでした」

「潜伏するなら大通りだと思うんだが……」

「大体、特徴もわからずに捜せと言われても無理があります」

「それでも捜すしかない。なにしろ殿下の命がかかっているんだからな」


 予想だにしない会話内容だった。

 ルカは思わず息を呑む。


「命って、もしかして……」

「大方、暗殺予告でもされたんだろうな」


 ファムがさらりと口にする。


 ――暗殺。

 日常では聞き慣れない物騒な言葉だ。


 しかも相手は王女ときた。

 これはただごとではない。


「とにかくもう一度だ。きみは小さな通りを頼む。わたしは大通りを中心に捜してみる」

「わかりました。お気をつけて」


 2人はその言葉を最後に散開。

 <ウィンドウォーク>を使ったからか。

 あっという間に路地から姿を消した。


 身を隠すなんて慣れないことをしたからか。

 どっと疲れが押し寄せてきた。


「安心するのはまだ早いぞ」


 そうファムから忠告された直後。

 このイルヴァリオでは、誰よりも覚えのある声が後ろから聞こえてくる。


「ルカく~ん、ファムく~ん。持ち場を離れてなにをしているのかな~?」

「うわ、先生!?」


 振り向いた先、間近にキアラの顔があった。

 ルカは思わずその場に尻をついて倒れてしまう。


「それはその……って、それどころじゃないですよ! 先生っ、王女殿下の命が――」

「ちょ、ちょっとルカくんっ。誰かに聞かれたらどうするのっ」


 キアラが手で口を塞いできた。

 さらに彼女は慌てて辺りに視線を巡らせる。


 誰もいなかったことを確認できたからか。

 心底安堵したように息をついていた。


「その慌てよう、先生も知ってるな」


 ファムの指摘は当たりだったらしい。

 キアラはばつが悪そうに目をそらしていた。

 ルカは彼女の手を外し、疑問を口にする。


「どうして祭典を中止にしないんですか? 命が狙われてるなら、いますぐにでも中止にして王女殿下の命を守るべきなんじゃ」

「それは……色々な事情があるのです」


 キアラが困ったように眉尻を下げる。

 王女の命よりも大切なことがあるとは思えない。

 だが、なにやら複雑な理由があるようだ。


「だったら俺にも犯人捜しを手伝わせてください」

「だめです」

「……どうしてですか?」

「今回の魔導祭典はベルナシュクの教師が最大の注意を払って警備しています。さらに殿下には直属の騎士たちも警護についています。犯人がそれらをかいくぐって殿下に危害を加えられるとは思いません」


 そう力強く言い切ったのち、キアラは表情を翳らせる。


「ですが……万が一それらを突破する能力を犯人が有していたとすればとても危険な相手です。もし遭遇したときのことを考えれば、あなたたちを参加させるわけにはいきません」


 もっともな理由だ。


 しかし、犯人捜しに手こずる教師たちを見てしまったからか。

 どうしても不安が拭えなかった。


 近くで誰かの命が散るようなところを見たくない。

 その一心から納得できずにべつの方法を頭で探しはじめたとき。


「あまりこんなことを言いたくはないのですが……もしものときはわたしがいますから」


 言って、キアラが微笑みかけてきた。


 キアラの実力は知っている。

 きっとどんな相手にだって負けない。


 だから、その言葉を聞かされれば頷くことしかできなかった。



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