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◆第七話『高貴なる魔女』

 紹介された少女――。

 ではなく、イメルダの母がむっと頬を膨らませた。


「ちょっとメルテイちゃん。その紹介はあまりにぞんざいじゃない?」

「じゃあ、人前でメルティって呼ぶのやめて」

「どうしてよ? 可愛いじゃない」

「恥ずかしいって言ってるでしょ。大体、自分の母親がこんな格好してるってだけでも最悪なのに……」


 体を震わし、頭を抱えて苦しむイメルダ。

 その様子からは冗談を言っているようには見えない。


「あ~、ファム。これ冗談じゃない?」

「正真正銘、イメルダの母親だ。毎年見てるから間違いない」


 どうやら本当にこの少女がイメルダの母らしい。


 しかし、だとすれば30歳は軽く越していてもおかしくはないのに外見的には12歳程度。……やはり若すぎる。魔法かなにかの類で若い姿を維持しているのだろうか。


 と、イメルダ母――カヌハがきょろきょろとしはじめる。


「ねえ、メルティちゃん。あの鶏みたいな髪型の、でっかい子はどうしたの? たしかボーノだったかしら。いえ、ビーノだったかも」

「……ウーノね。あいつとは違う班になったわ」

「それはいいことね。あのでかい子、わたくしのメルティちゃんをいやらしい目で見ていたからいつも気持ち悪かったのよ」


 カヌハが可愛らしい眉を逆立てる。

 やはり外見が外見だけに迫力がない。


 そんなカヌハの興味がこちらに向いた。

 近くまで歩み寄ってきたのち、ファムの全身をまじまじと見はじめる。


「きみは何度か見たことあったわね」

「まあ、ずっとイメルダと同じクラスだったので」

「お名前は?」

「ファム・トルテン」

「ふんふん……ファムちゃんね。なかなか可愛い顔じゃない。って、なにか気に障ったかしら?」

「……いいえ」


 女性扱いともとれる言葉だったからか。

 ファムの顔が見るからに歪んだ。


 しかし、相手は賢者。

 必死に堪えているようだった。


 カヌハの視線が今度はこちらへと向く。


「そっちのきみは……さっき<イグニッション>を使っていた子ね」

「は、はい。ルカ・ノグヴェイトです」

「ルカちゃんね。久しぶりに驚かせてもらったわ。それで、<ファイアボール>以外で<イグニッション>を使えるものはあるの?」

「実は俺、魔法回路が途中で切れてるらしくて……いわゆる欠陥魔導師って奴です」


 この説明をすることにも慣れてきた。

 次に来るであろう侮蔑の目に身構える準備も早くなっていた。


 だが、カヌハの瞳の色は変わらなかった。

 少しだけ驚いてはいたようだが、まぶたを跳ねさせた程度だ。


「そう。ま、大変だとは思うけれど、頑張りなさい」


 なんというか反応がイメルダと似ている。

 淡白なように見えてかすかな気遣いが窺える。

 やはり親子だ。


「それよりあなたの匂い、どこかで嗅いだことがあるのよね……」


 言うやいなや、カヌハがぐいと近づいてきた。

 その小さな鼻をぴくぴくと動かし、こちらの胸元や腹ですんすんと匂いをかぎはじめる。


 ただ、相手は年上でも外見は幼い少女。

 周囲の目もあって最高に居心地が悪かった。


 そうして対応に困っていたときだった。


 なにを思ったか、イメルダが氷の矢――<フロストランス>をカヌハの背中へと放った。ほとんど距離がなかったこともあり、瞬時にカヌハの間近まで迫る。だが、カヌハの肌に触れる前に<フロストランス>は弾け飛んだ。


 もちろんひとりでに四散したわけではない。

 いつの間にか現れていた<魔法障壁>によって防がれたのだ。


 生成したのは間違いなくカヌハだろう。

 見たところ通常のものよりかなり色が濃い。

 おそらく<イグニッション>による<昇華>を使っている。


 カヌハが<魔法障壁>を解きながら悠然と振り返る。


「まったく、母親に向かってなんてことをするの」

「自分の母親が同級生の匂いなんて嗅いでたら普通止めるでしょっ」

「それはそのとおりね。けれど、それならそれでもっと本気でかかってきなさい。そんなことでは、このカヌハちゃんを止められませんよ」

「…………いい歳して、なにがカヌハちゃんよ――きゃぁっ」


 イメルダの足が宙に浮いた。

 浮かせたのは、イメルダの背後の地面からせり上がってきた人型の氷だ。いまもイメルダの脇に両腕を入れる形で持ち上げている。


 カヌハが発動したものだろうか。

 なんにしろ見たこともない魔法だった。


「離して! 離してよ!」


 バタバタと足を動かすイメルダ。

 普段の毅然とした彼女からは想像もつかないほどに滑稽な姿だ。


 カヌハがイメルダの前に立ち、両手を腰に当てる。


「ちょうどいいわ。このままわたくしに同行しなさい」

「いやよ! あたしはベルナシュクの生徒なのよっ」

「本来、あなたはこのカヌハ・ブリアトーレの娘として招かれる側の立場なのですから、当然のことです」


 言い終えるなり、カヌハはその金の髪をなびかせながら優雅に振り返る。


「それじゃ、お邪魔したわね。さ、行きますよ、メルティちゃん」

「ルカ、あんた覚えてなさいよ……っ!」


 恨みのこもった捨てゼリフだ。

 あとでなにを言われるかわからないが、覚悟しておく必要があるかもしれない。


 カヌハの氷人形か、あるいは姉妹にしか見えない美人親子の口論のせいか。<アーツ>を見せたよりもよっぽど注目を集めながら、イメルダたちは去っていった。


「……すごいな。あのイメルダが手も足も出ないなんて」

「賢者の称号を持ってるだけはある。しかしどうするか。あいつがいなきゃ微妙なもんしか作れないぞ。言っておくが、ボクには絵心がない」

「残念ながら俺もだ」


 翼と火球。

 ……一瞬で興味を失われることは間違いない。


「つってもさぼってたら先生にバレるしな。どうにか誤魔化す方法は――」


 そこまで言い終えたとき。

 ファムが途端に顔を険しくした。

 その視線は近くの路地に向いている。


「ルカ……いまの聞こえたか?」

「いや、なにも。って、おい! ファムっ!?」


 ファムが路地のほうへと駆け出した。



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