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◆第五話『イーリカの花』

 5日後に魔導祭典を控えた、この日。

 ルカは授業が終わるなり学園の外へと向かっていた。


 最近の日課。

 キアラの家の地下で訓練するためだ。


 ただキアラは教師の仕事で学園に残っている。

 魔導祭典が近いこともあって普段より余計に仕事が多いらしい。


 そのため、家の合鍵を預かっていた。

 おかげで彼女が教師の仕事を終え、帰ってくるまでも訓練に励むことができた。


 学園の正門を出てから間もなくして。

 大通りに何台もの荷車が止まっているのが見えた。


 そばには教師のアルヴォとたくさんの女生徒がいる。


 荷車には植木鉢やら土がむき出しになった状態の赤い花が大量に載っていた。それらをアルヴォの指示を受けた女生徒たちが運び出しては大通りに散っていく。


 女生徒の手前、話しかけるのはためらわれたが、ちょうどそばを通りかかる際にアルヴォがひとりだけになった。ルカは歩み寄って声をかける。


「アルヴォ先生、こんにちは」

「やあ、ノグヴェイトくん」


 いつもどおりの爽やかな笑みで迎えられた。

 ルカは荷車のほうを見ながら問いかける。


「それって祭典用のですよね。なんて花なんですか?」

「ああ、イーリカと言ってね、魔素の動きに反応して甘い匂いを発するんだ」

「魔導祭典にぴったりな花ですね」

「毎年、教師が持ち回りで大通りの飾りつけを担当するんだけどね。今年はわたしの担当になったから、アスフィール魔導院から特別に取り寄せたんだ」


 アスフィール魔導院。

 ファムの話では、たしか大陸で最高峰の魔導研究機関だったはずだ。


「おかげで高くついてしまってね。少し自腹を切ったのは内緒だ」


 言って、アルヴォがおどけるように笑う。

 こういった気さくなところが人気の理由だろう。


「それより先生、頭の怪我はもう大丈夫なんですか?」

「少し傷は残ってしまったが、大事はない。心配してくれてありがとう」


 アルヴォが無事を証明するようににっこりと笑った。


「でも、いったい誰があんなこと……」

「実はわたしもよくわかっていなくてね。気づいたら意識を失っていて……本当に情けないものだよ」

「やっぱりアウキ――」


 アウキス・ロングスサルの仕業。

 そう言おうとしたときだった。


 アルヴォが自身の口もとに人差し指を当てた。

 その先を言わないように、との注意だ。


「すでに滅んだ組織とはいえ、彼らは魔導師にとって恐怖の象徴だ。学園長が他言しないよう注意したのも下手に不安を煽らないように、との配慮だ。わかってくれるかな」

「す、すみません。気をつけます……」


 魔導師の世界に足を踏み入れたばかりとあっていまいちわからないが、思っている以上にアウキス・ロングスサルの話は繊細なようだ。


 アルヴォが頷くと、険しい表情から一転。

 安堵の笑みを浮かべた。


「しかし、きみたちが無事で本当によかった。わたしが気を失っているとき、巨大な魔獣に襲われたそうだね」

「はい。でもキアラ先生が助けてくれたのでなんとかなりました」

「レティエレス先生に感謝しないといけないね」


 キアラが賢聖級の実力を見せたことは秘密だ。

 つまり、魔獣の強さは上級魔導師のキアラでも対処できる程度ということになっている。


 なんだか騙しているようであまりいい気はしない。

 だが、キアラのためだと思えばいくらでも我慢できた。


「彼女は本当に優秀な魔導師だ。……しかし、誰もが彼女のように優秀なわけではない」


 アルヴォがしみじみとそう口にした。

 その目はどこか遠くを見るように細められている。


「……アルヴォ先生?」

「編入生であるきみに訊きたい。学園の魔導師たちを見て、どう思ったかな?」

「先生たちも含めて、ですか?」

「ああ。感じたことをそのまま言ってくれればいい」


 思ったことはもちろんたくさんある。

 だが、中でも印象強く残っているものはひとつだった。


「まだ学園に入ったばかりでなんとも言えないんですけど、やっぱり最初に思ったことは、異質な存在に冷たいかなって……」


 編入試験でのブブの対応。

 自己紹介のときの生徒たちの反応。


 いま、思い出してみてもいい気はしない。


「やはりそこか」


 どうやらアルヴォの予想どおりだったらしい。

 彼は呆れ気味に息を吐くと、話を続けた。


「きみも感じたとおり魔導師は排他的過ぎる。これは最近の傾向ではなく、古来よりずっとだ」


 言葉は静かだが、たしかな怒りを感じられた。


「わたしはそんな魔導師の考え方をなくしたい。そしてきみや、トルテンくんのように扱われる者たちを助けたいと思っている」


 立派な考えだ。

 ただ、アルヴォの瞳に宿る憐憫の色が気になってしかたなかった。


「でも俺、そこまで悲観的になっていなかったりします」


 気づけば反論するような口調で言ってしまっていた。

 やってしまったかな、と思ったが、アルヴォは咎めるようなことはしてこなかった。むしろ続きを話しなさいとばかりに目で訴えかけてくる。


 ルカは促されるまま話を継ぐ。


「全員がそういうわけじゃないってことわかりましたし。まあ、いまでも色々言ってくる人はいますけど、でも、認めてくれる人がいるので、なんとか頑張れそうです」


 ファムやイメルダといった友人。

 そして、なにより自分にはキアラという師匠がいる。


 欠陥魔導師だからと多方面から侮蔑の目を向けられることも少なくないが、彼女たちさえいれば、どんな苦境でも乗り越えられる気がしてならなかった。


「きみは強いな」


 アルヴォがぼそりとそうこぼした。

 まるで羨むような目と声音だ。


 どうしてそんな感情を抱くのか。

 そう思ったとき、遠くから女子生徒の声が飛んできた。


「アルヴォ先生~っ! ちょっと置き方で相談したいことがあるんですが、来てもらえますか~っ!?」

「わかった! すぐに行こう!」


 アルヴォが手を挙げながらそう返答した。

 それからまなじりの下がった顔をこちらに向けてくる。


「というわけだ。申し訳ないが」

「いえ。少しですけど、先生と話せてよかったです」

「わたしもだ」


 アルヴォはにっこりと笑んだのち、背を向けた。

 そのまま去るのかと思いきや、肩越しに振り返ってくる。


「なにか困ったことがあればわたしに相談してくれ。これでも顔は広いほうでね。きっと力になれるはずだ」

「はい、そのときはよろしくお願いします」


 アルヴォが軽く手を振って応じると、今度こそ歩きだした。


 その颯爽とした去り方もそうだが、すべてが格好いい大人の男といった感じだ。女子生徒に人気なのも頷ける。


 自分もあんな風になれるだろうか。

 そんなことを考えながら、ルカは自身の掌を見つめ、握りしめた。


 魔導祭典まであと5日と時間は残り少ない。

 格好いい大人の男を目指すのもいいが、まずはやるべきことをするのが先だ。


 なんとしてもでも間に合わせなければ――。

 そう強く決意しつつ、ルカはキアラの家へと向かった。



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