◆第三話『賢者の娘』
以前、編入試験を担当してくれた男性教師。
ブブ・モンドリークだ。
彼の目当てと思われる人物。
イメルダが首を傾げながら応じる。
「モンドリーク先生……なにか御用ですか?」
「きみの母君から伝言だ。招待客としてともに参加するように、と」
そう、ブブが口にした途端。
イメルダが眉をひそめた。
「……お断りしますと返答していただけますか」
「今年もか。しかし、本当にいいのかね」
「わたしはベルナシュクの生徒です。特別扱いを受けるべきではありません」
断固とした意志を感じとったのか。
ブブは諦めたようにため息をついた。
「承知した。ブリアトーレ卿にはこちらから伝えておこう」
「ありがとうございます」
イメルダが頭を下げる。
話から察するに彼女は高貴な家柄なのだろうか。
たとえそうであったとしても驚きはなかった。
彼女の美貌、所作、纏う空気感。
どれをとっても平民とは思えないものだからだ。
ブブが自身の顎を指で撫でながら口を開く。
「話は変わるが、魔導祭典の担当区域……きみの実力であのような場所を任されることは、このベルナシュクにとって大きな損失だ。いまからでも考えなおす気はないかね」
「ありません」
即答だった。
相変わらず凛として迷いがない。
「しかし、よりによってその2人の班とはな。まともな<アーツ>は描けないだろう」
ブブがこちらに目を向けてきた。
その瞳には侮蔑の色が濃く見える。
相変わらずいやな教師だ。
ルカはファムと揃ってむっとする。
と、イメルダがブブの言葉を両断するように話しはじめた。
「お言葉ですが……<アーツ>の良し悪しが魔導師のすべてを決めるとは思いません」
「それはたしかにそうだが……」
優れた生徒である彼女が口にしてくれたからか。
ルカはすかっとした気分になった。
ファムもまんざらではないようで怒りを収めている。
ただ、イメルダの言葉はまだ続いた。
「――昨日、わたしたちが対峙した巨大な魔獣……あれに効くのであれば、話は変わるかもしれませんが」
なぜその例えを出したのか。
理由はわからなかったが、効果はてきめんだった。
それも異常だと思うほどに。
ルカはこそこそとファムに話しかける。
「なんかブブ先生、すごいうろたえてないか」
「お前がキアラ先生んとこ行ってたときにイメルダから聞いたんだが、特別演習の事前駆除を責任者として担当したのがブブ先生らしい」
「……もしかして疑ってるってことか?」
「さぁな」
ファムは曖昧に答えたが、間違いないだろう。
ブブがあの巨大な魔獣を仕込んだのではないか。
また、アウキス・ロングスサルと繋がっているのではないか。
そうイメルダは疑っている。
ことあるごとに見下されていることもあってか。
正直、悪人と言われてもしっくりくるというのが本音だ。
ブブがわざとらしく咳払いし、平静を取り戻した。
「まあいい。ファム・トルテン。ルカ・ノグヴェイト。彼女の足を引っ張らんようにな」
まるで逃げるように去っていく。
そのふくよかな腹もあってか、まるで弾かれるように生徒が道をあけていた。
「ごめんなさい、待たせたわね。……時間もないし、そろそろ行きましょ」
振り返ったイメルダがそう提案してくる。
たしかに思わぬ遭遇もあって時間が経ってしまっていた。
早々と掲示板前をあとにし、食堂へと入った。
トレイを手にゴーレムが出した料理を選んではとっていく。
「……まったくお母様にも困ったものだわ」
イメルダが忌々しげにそう嘆いた。
ルカは気になっていたことを口にする。
「もしかしてイメルダの母親ってすごい人なのか?」
「すごいもなにも王国に5人といない賢者のひとりだ。《高貴なる魔女》カヌハ・ブリアトーレっていや魔導師で知らない奴はいないぜ」
ファムが当然の知識として説明してくれた。
そのとおり、とばかりにイメルダが肩をすくめる。
「おかげで入学時から注目の的よ。ほんと、たまったもんじゃないわ」
「でも、期待には応えられてるんじゃないか」
「当然よ。だってあたしだもの」
凄まじい自信だ。
それを裏付けるものはいったいどこからきているのか。
「にしても、本当によかったのか?」
「なにが?」
「母親に誘われたっていうあれ」
「ああ、いいのよ。っていうか、本当はただ会いたくないっていうのが理由だし」
特別扱いを受けるべきではない。
そう応えたときの彼女は格好よかったが、実際は違ったらしい。
「大方、ボクたちの班に来たのも魔導祭典で目立たない場所に配置されるってわかってたからだろ。そうすれば母親と会わずにすむからな」
「うぐっ」
どうやらそのとおりだったらしい。
イメルダがばつの悪い顔をしていた。
「ま、同情はするぜ。アレだからな」
「ええ、アレだから……」
ファムが困惑し、イメルダは頭を抱えている。
こちらとしてはなにがなんだかわからない。
「……アレって?」
「見たらわかるぜ」
「見なくていい」
ここまで言われると気になってしまう。
イメルダの母は魔導祭典に来るという話だ。
これはこっそり捜しにいくしかない。
と、話をしているうちに料理を取り終えた。
列から外れ、空席を探して歩きはじめる。
「まぁ、こっちとしても目立ちたくないのは同じだ。適当にやろうぜ」
「賛成」
先を歩くファムとイメルダが結託していた。
ことこの件においては普段の憎まれ口もなりをひそめるらしい。
そんな2人の背を見ながら、ルカはひとりもやもやした気分に見舞われていた。
せっかく入った魔導学園の行事だ。
できれば全力で参加したい。
とはいえ、自分が使えるのは<ファイアボール>のみ。
<アーツ>とやらの魔法がどんなものかを見たことはないが、彩るといっていた辺り華やかな魔法であることは間違いない。おそらく火球でできることは少ないだろう。
……キアラ先生に相談してみるしかないか。
そう胸中で望みを繋げながら、ルカは2人のあとを追った。




