◆第二話『魔導祭典』
「やっと飯にありつける~……」
「……ファム、ずいぶん疲れてるな」
正午近くの昼休み。
ルカはファムと連れ立って食堂へと向かっていた。
「あんなのが近くにいたらな。ったく、これまでの日陰生活とは正反対だ」
ファムが盛大なため息をもらす。
今朝の騒動もあってか。
午前中は周囲からずっと注目されていた。
編入後も少しは視線を感じていたが、いまはそれ以上だ。
「俺としては隣からイメルダイメルダって聞こえてこないだけでありがたいけどな」
「まあ、それだけは同意だ」
ついでに荒い鼻息も聞こえなくなった。
おかげで授業は快適このうえない。
ひとつ問題があるとすればイメルダの存在だ。
異性なうえ、あの美貌だ。
それに漂ってくる甘い匂い。
時折、視界の右端に映りこむ豊満な胸。
意識しないように努めても無理があった。
そうして彼女のことを考えていたとき。
後ろから慌しい足音が近づいてきた。
「ちょっと2人とも。どうしてあたしを置いていくのよ」
振り向いた先、立っていたのはイメルダだった。
まなじりを吊り上げ、こちらを睨んでいる。
顔が整っていることもあり迫力満点だ。
ファムが見るからにいやそうな顔をする。
「……出た」
「出たってなによ出たって」
「置いてくったって、逆に訊くがお前と一緒に行く理由はないだろ」
「同じ班でしょ」
今朝、できたばかりの新たな理由だ。
たしかに食事をともにする班は少なくないらしい。
同じクラスの生徒でもそういった集団はよく見かける。
ただ、イメルダはいつも数人の女子集団と食事しているようだった。
「でも、いいのか? 友達と食べてるんじゃ」
「いいのいいの。それよりいまは同じ班になった記念で親睦を深めるほうが優先よ」
「そんなこと気にする性格かよ」
ファムがまたもや悪態をついていた。
イメルダが口の端を吊り上げて食いかかる。
「あら、ファム。ルカと2人っきりを邪魔されるのがそんなにいやなの?」
「はぁ? なに言ってんだ?」
「みんな噂してるわよ。あのファムが編入生とは仲良くしてるって。一部じゃ2人はデキてるんじゃないかってこともね」
「デキてる?」
「禁断の恋って奴よ」
「ちっ、くだらねぇ」
ファムが舌打ちをして先を歩きはじめた。
2人になったところで、イメルダがぼそりと一言。
「と、言うのは嘘なんだけど」
「……イメルダってほんといい性格してるよな」
「ええ、自分でもよく知ってる」
あっけらかんと答えるイメルダ。
悪びれた様子もない。
心底思うが……敵に回したくない相手だ。
その後、ファムに追いついてから間もなくして。
辿りついた食堂前の廊下がなにやら騒々しかった。
「なんか人だかりができてるな」
掲示板を見ているようだ。
覗いてみると、魔導都市の地図が貼られていた。
どういった割り振りかはわからないが、幾つもの番号が記されている。
ルカは地図の上に書かれた文字を読む。
「……魔導祭典?」
「いまから大体1ヶ月後ぐらいか。ベルナシュク主催で行う祭りだ。つっても<魔導都市>の商人たちも乗っかるから、都市をあげての祭りみたいな感じだけどな」
そう教えてくれたのはファムだ。
背が低いこともあってか。
掲示板をなかなか確認できないようだった。
背伸びをしたり、人の合間を縫うように覗き込んだりと体を動かしている。
そんな余裕のないファムをよそに、イメルダが人差し指をたてて説明をしてくれる。
「名目としてウィニスタリア王家を迎える祭りでもあるの。ちなみに今年はルシュカ王女がお見えになるそうよ」
「ルシュカ王女って言うと、たしか継承権第三位の?」
「そう。すっごい美人で有名な」
その姿を見たことはない。
ただ、大層美しいという話は聞いたことはある。
周囲の男子が浮き足立っているのも、きっと王女の参加が理由だろう。
「それであの番号は?」
「<アーツ>っていう魔法を使って生徒が都市全体を彩る催しがあるの。で、あの番号はその催しの班ごとに指定された担当区域」
イメルダがそう答えてくれる。
と、ファムがちょうど動きを止めた。
どうやら確認が終わったようだ。
「ま、予想どおりの配置だな」
「ええ。清々しいほどにまったく期待されていない場所ね」
ちょうど都市の正門から伸びる大通り。
そこから少し外れた小さな通りのようだった。
魔導祭典は一度も見たことがない。
それでも目立たない場所であることは明白だった。
「あ~……もしかして俺が<ファイアボール>しか使えないからだったり?」
「もしかしなくとも、な。ま、ボクとしては楽できるから願ったり叶ったりだ」
ファムはこんな性格だからよしとして。
優等生のイメルダはよかったのか。
そう訊こうとしたとき――。
「はっ、ざまあねえな」
横合いからそんな声が聞こえてきた。
見れば、クラス一の傲岸不遜男。
ウーノが勝ち誇った顔でこちらを見ていた。
「素直に俺の班に残ってりゃ、こんな惨めな場所に配置されることはなかったろうによ」
「惨めって、あんたが勝手に言ってるだけでしょ」
イメルダが抑揚のない言葉でそう返す。
と、ウーノが余裕を孕んだ笑みを浮かべた。
その手をイメルダのほうへと伸ばす。
「強がらなくてもいいんだぜ。いまからでも遅くない。俺の班に――」
「本当にしつこいわね。いまのあんたのほうがよっぽど惨めよ」
言いながら、イメルダはウーノの手を躱した。
そんなさまを見ていたファムが横から口を出す。
「ネチネチネチネチ……気持ち悪いったらありゃしねえ」
「あらファム、味方してくれるのね」
「ボクはただこいつが嫌いなだけだ」
そうして軽蔑の目を向けるイメルダとファム。
さすがのウーノも堪えたようでたじろいでいた。
イメルダが悪役ばりの笑みを浮かべてトドメを刺す。
「ま、せいぜい頑張りなさい。あたしのいない優秀な班でね」
「くそっ、くそっ……絶対に後悔させてやるからな! イメルダ、ファム! それから編入生、お前もっ!」
そんな捨て台詞を残し、ウーノは背を向けた。
肩を怒らせながら、人だかりを押しのけるようにして去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、ルカは思う。
「なんで俺も……」
「当然じゃない。同じ班だもの」
「ひとりだけ安全圏にいられると思うなよ」
班員から即座に飛んできた声。
まるで沼に引きずり込まれたかのようだ。
もともと彼には蔑まれていた身だ。
いまさら嫌われたところで大して思うことはない。
ただ、必要以上に煽っている気がしてならなかった。
ルカは嘆息しつつ、イメルダに言う。
「よくいままで一緒の班にいられたな」
「これまでは面倒なことにならないように我慢してただけ。でも、いまは同じ班じゃなくなったし、どうでもいいわよ」
よほど鬱憤がたまっていたのだろう。
そう思わざるを得ないほどのぞんざいな扱いだ。
と、ファムが「にしても」と割り込む。
「……お前、前より口悪くなってないか」
「ファムにだけは言われたくないんだけど」
それには同感だ。
口の悪さではファムも負けていない。
2人がクラスの1、2を争うのは間違いないだろう。
そろそろ食堂に入ろうかというとき。
今度は恰幅のいい男が立ちふさがった。
「――イメルダ・ブリアトーレ。ここにいたか」




