表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/36

◆第一話『モッグ・ダウン』

「おはよう、ファム。今朝はちゃんと起きられたんだな」


 翌朝。

 ルカはそう声をかけながら席についた。


 窓側の席には、ファムがすでに座っていた。

 両腕に顔を埋める形で机に突っ伏している。


「……ボクだって年中寝坊するわけじゃない」


 言いながら、ファムが気だるそうに顔を上げる。


 今朝はキアラの家から学園の教室に直接赴いたこともあり、ファムがちゃんと出席しているか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。


 ただ、その目の下はあまり血色がよくない。


「もしかして心配してくれたのか?」

「お前じゃなくて先生をな」

「知ってる」


 そう返すと、ファムが舌打ちをした。

 頬杖をついてこちらに細めた目を向けてくる。


「……その様子だと大丈夫だったみたいだな」

「ああ、もうすっかり元気になってた。ただ、学園長から1日安静にって言われてたから今日は休んでもらったよ」


 本人は学園に行く気満々だったが、どれだけ心配したかを伝えたところ、すんなりと受け入れてくれた。


 ただ、心配事もあった。

 暇を持て余した彼女は必ず読書に夢中になる。

 そしてそうなったときの彼女は食事や睡眠を忘れてしまう。


 短い期間ながらともに生活して知りえたことだった。

 ……学園が終わったあと、弟子として様子を見にいくのは確定だ。


「それよりアルヴォ先生についてはなにか聞いてないか?」

「ボクの耳に入ると思うか?」

「あ~、訊いた俺が悪かった」


 ファムの交友関係はほぼ壊滅状態だ。

 ほかの生徒と喋っているところを見たことがない。

 罵り合いは頻繁に見かけるが。


「――心配ないみたいよ」


 ふと反対側から女生徒の声が聞こえてきた。

 振り向くと、予想どおりの人物が立っていた。


「……イメルダ」

「治癒魔法で傷も塞がって後遺症もないって」


 そう言いながら、イメルダが隣の席に座った。

 片側で赤いリボンに結われた髪がくりんと揺れる。


「ならよかった。……足はもう大丈夫なのか?」

「ええ、あたしも魔法で治してもらったから」


 学園の医務室には<治癒魔法(ヒール)>を使える教師が常駐しているという。通常の魔法とは違う体系らしく、使える人間が少ないと言われる魔法だ。


 世話にならないほうがいいが、機会があれば一度見てみたかった。


「心配してくれてありがとう。ファムとは大違いね」

「お前がどうなろうとボクはどうでもいいしな」

「ほんと可愛げがないわね。顔は可愛いのに」

「あぁ?」


 女子扱いともとれる言葉を放ったからか。

 ファムが途端に低い声で威嚇する。


 ただイメルダに効いた様子はない。

 肩をすくめてさらっといなしていた。


 さすがに初等部から通っているとあってか。

 普段は関わりがなさそうな2人でも熟成されたようなやり取りだった。


 そんな光景を羨ましいと思いつつも、ルカは先ほどからあることが気になってしかたなかった。それはイメルダが座っている席のことだ。


「なあ、イメルダ……いいのか? そこモッグの席だけど」

「お前が去ったあと、たぶん顔面くっつけて舐めだすぜ」


 ファムが面白がって続ける。

 言い過ぎに思えないのがモッグの怖いところだ。


 ただ、イメルダは大して気にしていないようだった。

 それどころか、その細い指先で椅子をなぞるようにすべらせる。


「大丈夫、これあたしの椅子だし。朝のうちに取り替えておいたの。あんたたちと話したいことがあったしね」

「……そこまでするのか」

「当然でしょ」


 悪びれた様子もなく答えるイメルダ。

 どうやら、こちらが思っている以上に彼女はモッグを毛嫌いしているようだ。


 と、イメルダがぐいっと身を乗りだしてきた。

 周囲に視線を巡らせたのち、潜めた声で話しはじめる。


「それより昨日の話よ。キアラ先生って賢聖だと思うんだけど、2人はどう思う?」

「……たぶん間違いないだろ」


 ファムもまた潜めた声で応じた。

 2人の視線がこちらに向けられる。


 いまだ魔法の世界に飛び込んだばかりだ。

 魔導師の階級別の実力がどれほどかはわからない。


 だが、もともと幼い頃に助けてくれたあの純白の魔導師――キアラが最高の魔導師だと考えていたのだ。賢聖であるという考えに異論はない。


 ルカはこくりと頷いた。

 それを機にイメルダが話を再開する。


「あの光の魔法……すべての属性魔法を極めた者だけが使えるって言われてたものだと思う。あたしの家にある古い書物で読んだことがあるの」


 彼女の声は小さいままだ。

 しかし、興奮しているのがありありと伝わってくる。


「それであの若さでしょ。たぶんだけど、あたしたちが子どもの頃に騒がれてた史上最年少で賢聖になった<極致の賢聖>で間違いないと思う」

「ただ……疑問が残る」


 ファムが神妙な顔で言った。

 イメルダが「ええ」と頷く。


 2人がなにを疑問に思っているのかわからなかった。

 そんなこちらの様子を見て取ったか、イメルダが説明をしてくれる。


「賢聖級の魔導師が魔力の枯渇で倒れるなんてヘマをするとは思えないってことよ」

「でも、最上級魔法を連発してたんだろ?」

「賢者でも10発程度は余裕で撃てるわ」

「じゃあ……光の魔法がすごい魔力を使うとか」

「その可能性はあるかもしれないけど……でも、やっぱり考えられないわ」


 どうやらファムも同意見らしい。

 魔法への知識は2人のほうが圧倒的に上だ。

 彼女たちの感性が正しいのは間違いないだろう。


 ただ、いまだ魔力が枯渇したことがないからか。

 あまりピンと来ないというのが本音だった。


「いずれにせよ、それほどの魔導師が上級魔導師と偽って学園で教師をしている。それが、キアラ先生が秘密にしてほしいって言っていたことと関係があると思うの」


 イメルダはそう話を纏めると、こちらに視線を向けてきた。


「ねえ、ルカ。あんた先生からなにか聞いてないの?」

「いや、とくになにも」

「それでも弟子?」


 なかなか痛いことを言う。


 最近、弟子になったばかりとはいえ――。

 キアラについて知らないことのほうが多かった。


「先生がどうしても話せない理由があるって言うからさ」


 なにか深い事情があるようだった。

 無理に訊けば教えてくれるかもしれない。

 ただ、そうすればいまの師弟関係が終わるような気がしてならなかった。


「ま、秘密にしてとは言われたけど、探るなとは言われてないわ」

「……屁理屈じゃないかそれ」

「なに、あんたは知りたくないの?」

「そういうわけじゃないけどさ」


 知りたくないと言えば嘘になる。

 ただ、やはりキアラに隠れて彼女のことを調べるのはなんだか気が引けてしまう。


 ルカは流れを変えんともうひとつの謎へと話題を変える。


「それよりほら、あの紫のローブのほうをいまは調べたほうがいいんじゃないか」

「たぶん、あれはアウキス・ロングスサルだ」

「やっぱりそうよね」


 ファムの出した答えにイメルダも同意する。

 どうやらまた2人だけが答えを知っているようだった。


「えっと……そのアウキス・ロングスサルって?」

「邪神復活を目論む組織よ。アウキスが邪神の名前で、ロングスサルは奴らの言葉で賛美を意味するらしいわ」

「数年前に王国の魔導師が壊滅させたって話だけどな」

「実際は壊滅してなかったってことか?」


 さあな、とファムが答える。

 邪神なんて言葉を聞いたのは初めてだ。

 魔導師の中では有名な存在なのだろうか。

 いずれにせよ名前からして悪しき存在であることは間違いなさそうだ。


「一応、学園長に報告しておいたけど……こっちもこっちで他言しないように釘を刺されたわ。ほんと大人っていやになるわ。隠し事ばかりで」


 イメルダが大きなため息をついた、そのとき。


 彼女のそばにモッグが歩み寄ってきた。

 ふんだんに空気を吸っているのか、鼻息荒く話しかける。


「イ、イメルダ……っ」」

「あら、モッグ。なにか用?」

「そ、そこっ、僕の席なんだけどっ」

「……座ってちゃダメ?」

「座ってていいッ!」


 教室中に響くほど張りのある声だった。

 おかげで一瞬にして彼は注目の的だ。


 そんな状況が好都合とばかりにイメルダが妖しく笑った。モッグの顔を覗き込むように左手で頬杖をついたのち、甘くとろけるような声を出す。


「ねえ、モッグ。あんたにお願いがあるの」

「イメルダの頼みなら、な、なんでも聞くよ!」

「そう……なんでも、ね」


 高速で頷くモッグ。

 はたから見てもイメルダの掌の上で転がされている感が凄まじい。


 とはいえ、無理もないと思った。


 なにしろ彼女の美貌は頭抜けている。

 そのうえ、纏う色香も大人顔負け。

 蜜を目の前に垂らされているようなものだ。


 そんな自身の魅力をふんだんに使ってイメルダが〝お願い〟を口にする。


「ウーノの班に入ってほしいの。ダメかしら?」

「僕がウーノの班に……で、でも僕の成績じゃ」

「学園側に話はとおしてあるわ。本人の許可がとれれば入れることはできるって」

「それなら入る! 入るよ!」

「そう、ありがとう。じゃあここにサインしてくれる?」

「すぐにするよっ……や、やった! イメルダと同じ班……っ!」


 イメルダがポケットから取りだした紙を机に置いた。


 モッグが食いつくようにごんっと机に両肘を打ちつけた。目を血走らせながら自身の名前を一瞬にして書き終える。


「うん、完璧ね」


 サインを確認したイメルダが満足そうに頷いた。


「それじゃモッグ。今日からあなたはウーノの班。そしてあたしはルカの班ね」

「うん、うんっ! わかったよイメルダ! これでようやく僕とイメルダは一緒になれるんだね――って……え?」


 きょとんとするモッグ。

 状況が理解できていないようだ。


「だから、あんたとあたしの班が入れ替わるの。わかった?」


 そう答えたイメルダに先ほどまでの甘さはない。

 素っ気なく冷たさの感じる普段どおりの対応だ。


「そ、そんなの聞いてない! だって僕はイメルダの班に行くって……」

「あたしは一言もあんたと同じ班になるなんて言ってないけど?」

「う、うそだぁぁああ……っ」


 モッグが絶望したようにその場に崩れ落ちた。

 さらに悲鳴のような呻き声をもらしはじめる。


「ひっでぇ、こいつ」


 隣でファムがそんな声をもらした。

 ……おおむね同じ感想だ。


「ふざけんなよ、イメルダ! そんなの俺は認めねぇぞ!」


 そんな大声をあげたのはウーノだ。


 途中から教室中の注目を集めていたからか。

 これまでのやり取りを聞いていたようだ。


 イメルダが不快そうにウーノへと蔑んだ目を向ける。


「べつにあんたが許可しようがしまいがどうでもいいわよ。……大体、怪我したあたしを置いて一目散に逃げ出しておいて、よくそんな口が叩けるわね」

「ぐっ」


 ウーノが一気に勢いを失い、たじろいだ。


 さらにイメルダが声を張っていたからか。

 ほかの生徒たちがウーノを軽蔑の目で見始めた。


「うわぁ……最低」

「それはないんじゃない。イメルダ可哀相……」


 周囲を味方につけたイメルダがここぞとばかりに追撃をしかける。


「学園側にそのときの事情を説明して、いまの班員を信用できないって話したらすぐに承諾してくれたわ」

「……だからってどうしてそこなんだよ。落ちこぼれ班だぞ?」

「そのあんたが落ちこぼれだっていう班の2人があたしを助けてくれたんだけど? 成績優秀なはずの班員が逃げたでっかい魔獣を倒して、ね」


 言って、イメルダが勝ち誇った顔を向けてきた。

 そこかしこで驚愕とともに称賛するような声があがる。


 自己紹介のときに笑われたこともあってか。

 少しだけ悪くない気分だった。


 ただ、代わりにウーノから射殺すような目を向けられたのは言うまでもない。


「……後悔することになるぞ、イメルダ」

「いまの清々しい気分を帳消しにできる後悔なんてあるとは思えないけどね」


 嫌味を言って躱すイメルダ。


 ウーノが悔しげに顔を歪めると、背を向けて荒々しく自身の席に座った。それを機にほかの生徒たちの視線が散り、教室にもとの喧騒が戻る。


「べ~っ」


 イメルダがウーノの背中へとちろりと舌を出した。

 その後、なにごともなかったかのように表情を戻すと、今度は淑やかな笑みをこちらに向けてきた。


「そういうことだから、これからよろしくね。ルカ、ファム」


 改めてみても思わず見惚れそうなほど可愛い女の子だ。

 ただ、先ほどまでの彼女が脳裏に焼きついているからか、いまや悪魔のようにも見えた。


 隣からファムの潜めた声が聞こえてくる。


「おい、ルカ。よ~く覚えとけ。これがこいつの本性だ」

「まあ……昨日からなんとなくわかってはいたよ」


 それでも、まともに班行動をしないモッグよりはマシだろう。


 ……きっと間違いない。

 そう自身に言い聞かせつつ、ルカはイメルダを歓迎した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ