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◆第二話『キアラ先生』

「つまり、師匠と弟子の関係ということですね」


 続けてキアラはそう言った。


 ――魔法を学べる。

 そう思った途端、一気に嬉しさがこみ上げてきた。


 ただ、それも一瞬。

 すぐさま蓋をするように不信感が胸中を支配する。


「えっと、本当に学園の人ですか?」

「ど、どうしてそうなるのかなっ」

「だって試験官の人が俺の体じゃ魔導師に向かないって。だから、そんな俺に学園の先生が魔法を教えてくれるなんて考えらないし」


 同じ魔導学園の教師なら編入試験の結果も知っているはずだ。こちらの名前も知っていたし、きっと間違いない。


 つまり<ファイアボール>しか使えないことも。

 魔導師に向かない体であることも。


 きっとすべて知っている。

 そのうえで魔法を教えてくれるなんておかしな話だ。


 もしかしたら入学金を狙っているのだろうか。

 ルカは荷袋を遠ざけるように半歩下げる。


 こちらのしぐさを見てか。

 キアラが少し困ったように眉根を下げた。


 それから左肩をこちらに向けてきた。

 ローブには片翼と羽ペンが描かれた刺繍が施されている。


「学園の正門で目にしたと思いますが、ベルナシュクの徽章です」

「……ほんとだ。でも、偽装かも」

「う、疑り深いですね」


 キアラが苦笑しながら腰辺りのポケットに手を突っ込んだ。


「これに見覚えはありますか? 身体検査の前に使ったはずです」


 取りだされたのは一本の分厚い腕輪。

 宝石や煌びやかな細工は一切ない。


 代わりに硝子の細い管が巡っている。

 装飾品としてはかなり無骨な見た目だ。


「……魔力測定器」

「はい。そしてこれをきみは限界まで満たしましたね」

「でもそれは故障してるからって言われましたけど」

「故障なんてしていませんよ。だってこれを調整したのはわたしですから」


 キアラは誇るわけでもなく淡々と言い切った。

 どうやら当然の事実として認識しているようだ。


「この測定値の限界には賢者でも届きません。つまり、きみの体には賢者すらも凌ぐ豊富な魔力があるということです」


 先ほどとは打って変わって力強く言い切るキアラ。

 興奮しているのがありありと伝わってきた。

 おかげでこちらまで妙な期待感を抱いてしまう。


「そ、それってすごいんじゃ……!?」

「はい、すごいことですよ。魔力とは長い年月をかけて少しずつ増やしていくものですから、きみの歳で賢者級に届くというのはそれだけでとても大きな優位性です」


 キアラは魔力測定器をぐっと握りしめ、話を継ぐ。


「それほどの豊富な魔力を持っていること。これはひとつの才能です。そして才能のある若者をわたしは教師として――いいえ、ひとりの魔導師として放っておけません」


 優しく、それでいて背中を押してくれるような言葉だった。


「きみに魔法を教えたいという理由、これではダメですか?」


 首をわずかに横に傾げながら微笑みかけてくる。


 この人は嘘を言っていない。

 きっと心の底からそう思っている。


 なんの根拠もないが、ただただ直感からそう思った。


 いますぐにでも「お願いします」と言いたい。

 だが、気がかりなことがあった。


「でも俺、魔導師になりたいけど、ただ魔導師になるだけじゃダメなんです」

「……どういうことですか?」


 言うべきかどうか。

 ただ、師弟関係になるのだ。

 こちらの目的を話しておくべきだと思った。


 ルカは深呼吸をしたのち、ゆっくりと語りはじめる。


「6年ぐらい前に俺の住んでた村が悪い魔導師の集団に襲われて。親も友達も、親戚のおっちゃんおばちゃんもみんな殺されたんです。……っていきなりアレな話ですね」

「大丈夫ですよ」


 勇気づけるように、そっと応えてくれた。

 本当に優しさの塊のような人だ。

 キアラの気遣いに感謝しつつ話を続ける。


「それで、もうだめだって思ったとき、ひとりの魔導師が助けにきてくれたんです。その人、すごく強くて。あっという間に悪い奴らを倒しちゃって。おかげでなんとか無事に生き残ることができたんです」


 いまでも当時の光景は鮮明に思いだすことができる。

 まさに絶望と希望が交差した瞬間だった。


 話し終えたとき、自分でも驚くほど体に力が入っていたことに気づいた。もう6年も経つのに、振り切るにはまだまだ足りないらしい。


 そんなこちらの心境を知ってか知らでか。

 キアラが労わるように声をかけてくれる。


「辛い思いをしたんですね」

「辛いのは――無念だったのはみんなのほうで俺なんかは……むしろ俺ひとりだけ生き残ってずるいなんて思ったぐらいです。でも生き残れたなら、みんなの分まで強く生きなくちゃって」


 その後、世話になった人からは無理に背負う必要はないと言われた。だが、自ら背負いたいと伝えた。そうすることで村の人たちを心の中で感じられる気がしたのだ。


「それでそのときに思ったんです。俺を助けてくれた人みたいにすごい魔導師になって、困ってる人たちを助けたいって」


 あの〝すごい魔導師〟のような力があれば、もし世界のどこかで同じような悲劇が起こったとしてもきっと防げるはずだ。それほどまでに圧倒的な力だった。


 とはいえ、理想はひどく遠い。

 なにしろ魔導学園に入るところで躓いているのだ。


 しかし、キアラに笑われることはなかった。

 ただただ静かに話を聴いてくれている。


「強いですね、きみは」

「そうあろうと思ってるだけで、俺なんか全然です。さっきだって編入試験に落ちたばっかだし」

「心のことですよ」


 もちろんわかっている。

 ただ、言わずにはいられなかった。


「でも、すごい魔導師……ですか」

「あやふやですけど。でも、あの人のことなにもわからないから」

「だからとにかく上を目指したい、ということですね」

「とにかくっていうか、目標は賢聖です」

「お、大きく出ましたね……」

「そこまでいけば、きっとあの人にも追いつけると思うから」


 こんなことを大衆の前で口にすれば嘲笑の的となることは間違いないだろう。だが、やはりキアラは驚きはすれど笑うことはなかった。


 魔導師には階級が設けられている。


 一番下から下級魔導師、中級魔導師、上級魔導師。

 大魔導師、賢者。そして賢聖の順だ。


 賢者は王国でも5人だけだと聞いている。

 賢聖にいたってはいるのかすらわからない。


「そういうことでしたらたしかに学園に入るほうが近道ですね。魔導師階級を上げるにしても学園経由なら中級、優秀な成績を収めれば上級までいくことも可能ですから」


 キアラが思案顔で「ん~」と唸ったあと、ぱっと顔をあげた。


「ではこうしましょう。きみが編入できるようわたしが学園に推薦します」

「本当ですか!?」

「ただし、条件があります」


 立てた人差し指を突きつけられる。


「いまのままでは学園の授業についていくことは難しいでしょう。おそらく入ったところで辛い思いをしてしまうだけです」

「うっ……」


 周囲が中級以上の魔法を使う中、ひとりだけ下級魔法の<ファイアボール>しか使えないのだ。その状況は容易に想像できた。


「なので、これから学園に入ってもやっていけるようにある魔法を習得してもらいます」

「でも俺、<ファイアボール>しか使えないって」

「大丈夫です。その魔法も<ファイアボール>ですから」

「<ファイアボール>はもう覚えてるのに、また<ファイアボール>……?」


 まったくもって意味がわからない。

 からからわれているのだろうか。

 そう思ったが、キアラの顔はいたって真剣だ。


「……どうですか、挑戦してみますか?」


 ほかの魔導学園に入ればいいなんてことを考えていたが、<ファイアボール>だけしか使えないと知られたら、おそらくベルナシュク魔導学園と同じく不合格になることは間違いないだろう。


 つまり、もとより選択肢なんてないのだ。

 いや、選択肢があったとしても――。


<ファイアボール>しか使えなくとも魔法を教えると言ってくれた。こちらの理想を聞いても馬鹿にすることなく認めてくれた。


 いまも目の前に立つ、キアラ・レティエレスという魔導師を信じてみたいと思った。


「俺、挑戦します! だから俺に魔法を教えてください!」


 ルカは周囲の目も気にせず高らかに叫んだ。


 緊張しているせいか、喧騒がどこか遠くに聞こえた。

 そばで飛沫をあげ続ける噴水の音だけが不思議とすんなり耳に入ってくる。


 やがてキアラが表情を崩さずに、こくりと頷いた。


「きみの決意、しかと受け取りました」

「じゃあ!」

「はい、今日からルカくんはわたしの弟子ということになりますね」


 向けられたキアラの柔らかな笑みを前に、ルカはすべてを解きほぐされたような気分に見舞われた。顔が思い切り緩み、弾けるように笑みを浮かべる。


「キアラさん――じゃなくて、キアラ先生! よろしくお願いします!」


 こちらの空回り気味な挨拶を見てか。

 キアラがくすくすと笑みをこぼした。


 それから彼女は辺りを見回したあと、魔導学園に背を向けて歩きはじめる。


「では行きましょうか。こんなところで魔法を使うわけにもいきませんから」

「どこかいい場所でもあるんですか?」


 質問を投げかけると、彼女は足を止めた。

 そしてローブの裾をふわりと舞わせながら振り返り、一言。


「わたしのお家ですっ」



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