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◆第十一話『光の魔法』

「倒せたのはあんた――いえ、ルカのおかげよ」

「そっくりそのまま返すよ。イメルダが倒し方を見つけてくれたおかげだ」


 ルカはイメルダと互いを称え合う。


 学園では優秀な生徒として知られるイメルダ。

 そんな彼女に褒められたことは嬉しかったが、なにより名前で呼んでもらえたことが嬉しかった。


 ひとりの人間として認められたような気がしたのだ。


「でも、やっぱり一番頑張ってくれたのはファムだな」


 ファムは遠くで疲れ果てたように座り込んでいた。

 もう歩きたくないと言わんばかりだ。


 結局、魔獣の攻撃に長い間さらされながら一度も傷をつけられなかった。その敏捷性は本当に凄まじいとしか言いようがない。


 ――<ヒューリアス>を極めればいつか自分もあんな風に動ける日がくる。


 そう思うと、ルカは気持ちが昂ぶらずにはいられなかった。


 と、なにやらイメルダが難しい顔をしていた。

 その視線を辿った先にあるのはファムの剣だ。


「……剣を出す魔法なんて初めて見たわ」

「<クリエイトソード>を使える奴は少ないからな」


 言って、ファムが2本の剣を放り捨てる。

 と、どちらも地面に落ちるなり無数の燐光となって音もなく消滅した。


「てか、イメルダ。このことは絶対に他言するなよ。あの魔法を使えるって知られたら退学になりかねないからな」

「こっちは助けてもらったのよ。言うわけがないでしょ」


 学園での帯剣は認められていない状態だ。

 そんな中、いつでも剣を出せる魔法は間違いなく問題になるだろう。


「ともかく、さっさと戻りましょう。もう魔力もないし、授業なんて続けてられないわ。……ということでもう少しだけお願いね、ルカ」


 イメルダが両手を伸ばしてくる。

 断られるなんて微塵も思っていない様子だ。

 ルカは呆れ気味にイメルダをまた抱き上げる。


「ま、もともとそのつもりだったけどさ」

「もうこうなったら最後まで面倒を見てもらうから」


 重さ的には大したことはない。

 問題なのはイメルダの女性としての魅力だ。


 彼女の腕が首に回され、より密着状態になった。


 細身ながら大き目の胸が押し当てられる。

 また香水のものか、それとも彼女特有のものか。

 爽やかながらほんのりと甘さの混じった匂いが鼻腔をくすぐってくる。


 先ほどは戦闘中だったが、いまは平時。

 意識せずにいるのは無理があった。


 イメルダもそんな自身の魅力を充分にわかっているのだろう。こちらの反応を面白がるように悪戯っ子のような笑みを向けてくる。


 なんともタチが悪い。


 イメルダから逃れるようにルカは視線をそらす。

 と、いつの間にやら立ち上がったファムが見えた。


「あのイメルダがお姫様抱っことはな……」

「しかたないでしょ。歩けないんだから」

「ウーノがどんな顔するか見てみたいぜ」

「言っとくけど、あれとは本当になにもないから。むしろ付きまとわれて困ってるぐらいよ。まだモッグのほうがマシ……やっぱりどっちもどっちかも」


 頭の中で両者を比べているのか。

 イメルダが見るからにいやそうな顔をしていた。


 これまで彼女には冷たい印象を抱いていたが……。

 いま腕の中にいる彼女はころころと表情が変わってとっつきやすい印象だ。


 どちらが本当のイメルダかはわからない。

 だが、いまの彼女となら仲良くなれるような気がした。


 ルカは森の入口のほうへと足を向ける。


「とりあえず急ぎで戻るか。アルヴォ先生のことも気になるし」

「……先生になにかあったの?」


 イメルダが深刻な顔でそう問い返してきた。

 そう言えば彼女はずっと魔獣と対峙していたのだ。

 知らないのも無理はない。


「ここに来る前、頭から血を流して倒れてたんだ。すでに学園にも助けを呼びに行ってくれてたみたいだから、なんとかなると思うけど」

「倒れるって……誰かに襲われたってこと?」

「見た感じではそう見えた」

「アルヴォ先生は大魔導師よ。そう簡単に誰かに遅れをとるとは思えないわ。それこそ賢者クラスの魔導師でもなければ――」


 イメルダがファムと同じような見解を述べた。

 そのとき――。


「まさかこんな子どもたちに倒されるとはな」


 どこからか低い男の声が聞こえてきた。


 声の出所を探ってルカは首を振る。

 と、広場の空中に浮く1人の男を捉えた。


 その身を包むのは足にまで届くゆったりした紫のローブ。フードを目深に被り、顔は窺えない。だが、覗く部分からは妖しく黒い影が漏れている。


 相手が纏う異様な空気に圧倒されながらも、ルカは声を押し出すようにして問いかける。


「誰だ、お前は?」

「…………名乗ることに意味はない。なぜなら――」


 男のローブの裾からなにかが地面に落ちた。

 それが小型の魔獣であるとわかったとき。


 再び水晶壁が地面から突きだしてきた。

 一瞬にして広場は取り囲まれ、逃げ場がなくなる。


「――お前たちはここで死ぬからだ」


 男がローブをがばっと開いた。

 そこに人間の肉体はなかった。

 あるのは蠢く影のみ。


 影は渦巻くようにして筋になると、魔獣へと向かった。まるで吸い込まれるようにして影がなくなったとき、魔獣の体は破裂するときに似た様子で膨張。


 瞬く間にその体を巨大化させた。


「うそだろ……さっきよりもでかい」

「……ははっ、こりゃあ今回の特別演習は1位間違いなしだな」

「なに呑気なこと言ってるのよ! これ……どう見ても……」


 先ほどようやく倒した魔獣よりも2倍はある大きさだ。

 魔獣は大きくなればなるほど消化速度が上がる。

 その特性を考えれば、とても倒せる相手ではない。


 魔獣がけたたましい咆哮をあげた。

 力強く大地を踏みしめ、突っ込んでくる。


 このままではただ踏み潰されるだけだ。


 しかし、圧倒的な力を前に感じる恐怖のせいか。

 ルカはファム、イメルダと揃って動けずにいた。


 と、魔獣の顔面周辺に赤い光点が出現した。

 それは瞬くまに膨れ上がると、魔獣の頭部を包むように爆発。腹に響くような音を鳴らした。魔獣が突進を止め、その場で苦しみもがきはじめる。


「<エクスプロージョン>? いったい誰が……っ」


 イメルダが動揺の声を発した、そのとき。


 魔獣の前にすっと人が現れた。

 まるで元からそこにいたかのような、そんな登場だった。


 ただ、驚きよりも喜びのほうが勝った。

 その人物が誰よりも信頼できる魔導師だったからだ。


 後ろで高く結い上げられた黄金の髪が、まるで希望の光を灯すように煌きを放つ。


「キアラ先生……!」

「下がっていなさい」


 普段は聞いたことのない凛とした声だった。

 キアラは怯むことなく魔獣に対峙すると、右手を突き出した。


 放たれた魔法は先ほどと同様の爆発。

 上級魔法の<エクスプロージョン>だ。


 2発続けてとあって、さらに派手な煙が上がる。

 魔獣の呻き声も大きくなっている。


 しかし、爆炎が晴れたとき、魔獣に膨張の兆しは見られなかった。


「先生、別属性の魔法を当てれば消化速度が遅くなります!」


 ルカは叫んだ。


 その助言を聞き入れたキアラは<エクスプロージョン>に、先ほどイメルダが使っていた<ブリザード>を織り交ぜる。が、効果はほとんどなかった。


 やはりさらに巨大化したことで魔獣の消化速度が跳ね上がっているようだ。


「上級では無理ですか……っ」


 わずかな葛藤を感じさせる声ののち、それは始まった。


 まるですべてを食い尽くさんとする轟々と燃え盛る火炎、触れるものすべてを呑み込み彼方へと誘わんとする水の激流、そして世界の終わりを告げるような雨と雷を伴った荒れ狂う暴風――。


 キアラから放たれた魔法が次々に魔獣を襲った。

 魔獣は成す術もなく押しやられていくと、ついには向こう側の水晶壁へと激突。地鳴りのような音を響かせた。


 ルカは思わず感嘆の声をもらしてしまう。


 これが魔導師の本気。

 キアラの実力――。


「……ありえない」

「ああ、なんだよこれ。夢でも見てんのか」


 聞こえてきたイメルダとファムの声に違和感を覚えた。

 なぜ驚愕ではなく困惑しているのか。


「2人とも、どうしたんだよ」

「キアラ先生は上級魔導師よ。なのに<ヘルファイア>、<メイルシュトローム>、<レイジングテンペスト>……使ったのが最上級魔法ばかりなのよ」

「しかも属性お構いなしだぜ……あんなの、普通は覚えられたとしても得意属性だけだろ」


 イメルダに続いてファムがそう言った。


 魔法のことをまだ詳しく知らない身としては、その凄さは漠然としかわからない。ただ、キアラの使う魔法が〝上級魔導師〟の域を遥かに超えていることだけはわかった。


 いずれにせよ、いまはそれを追究する暇などない。


 キアラによって放たれた魔法の連撃が止んだ。

 凄惨を極めた魔法の残滓も散り、静けさだけが残る。


 あれだけの魔法を受けたのだ。

 きっと倒せたはずだ。


「そんな……あれでもダメなのか……」


 煙が晴れたとき、魔獣は健在な姿でそこにいた。

 膨張の兆しも見られない。


 勝ち誇っているのか。

 魔獣が天に向かって咆哮をあげる。


 最上級魔法でも倒せなかった。

 いよいよ、考えたくはない言葉が鮮明になりはじめる。


「お願いがあります。これから見ることを絶対に他言しないでくれますか」


 キアラが振り返ると、そう言ってきた。

 その瞳に諦めの色もない。

 むしろ勝利を確信しているようにも見える。


 いったいなにをしようとしているのか。

 そんな疑問を抱いたとき、魔獣が再び突進をはじめた。


「先生、後ろ!」


 ルカは叫んで危険を報せる。

 だが、すぐにそれが無駄だったことを知った。


 突如として純白の光が地面のあちこちから飛び出した。


 輪を幾つも組み合わせた鎖だ。それらは先端につけた刃を突き刺すことで魔獣をその場に食い止めた。魔獣は暴れ狂っているが、まるで外れる様子がない。


 突然、魔獣の上空に純白の巨大魔法陣が出現した。


「これはいてはならない存在……いま、ここでわたしが消滅させます」


 キアラが再び魔獣のほうを向くと、眼前の虚空をなぞるように右手を振り落とした。


 あわせて上空の魔法陣から巨大な光の剣が姿を見せ、猛然と落下。まるでついでとばかりにあっさり魔獣の肉体を貫き、破裂させると、大地へと突き刺さった。


 あまりに壮絶な光景だったからか。

 一瞬の出来事ながらいまもまだ目に焼きついていた。


「すべてを極めし者、光満ちる頂へと至らん……まさか、こんなところで見られるなんて……」


 まばゆい閃光が辺りに迸る中、イメルダが感極まったような声をもらした。声こそ出していないが、ファムもまた同じような反応だ。


 彼女たちを見るだけでも、どれだけ稀少な魔法かはわかる。


 ただ、ルカは彼女たちほど驚きはしなかった。

 ……いや、驚きはあったものの、動揺のほうが勝っていた。


 なぜならあの魔法は――。


「あなたたちが無事で本当によかった……っ」


 振り返ったキアラが安堵の笑みを浮かべた。

 普段、生徒に見せるものとなんら変わりない。


 ただ――。


 いまは、光の剣や鎖が無数の燐光となって散りゆくさまを背景にしていたからか、その笑みは聖者の輝きを放っているようにも見えた。


 だが、輝きは長く続かなかった。

 辺りに漂う燐光がすべて綺麗に消え去った、そのとき。


 キアラが意識を失ったようにその場に倒れた。



「先生っ!」



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