◆第十話『交わる3つの光』
「あんたたちが来る前にあたしも何度か魔法で攻撃してたんだけど、そのときに魔獣の肌がくすんで破裂前の色に近くなるときがあったの。それも決まって異なる属性の魔法を撃ったときに限って、ね」
いまも遠くではファムが魔獣を相手にしている。
激化する戦闘音を背景にイメルダが説明を続ける。
「これは推測だけど、おそらく魔獣は魔法を取り込む際、その魔法の性質に応じて体を作り変えてる。だから連続して異なる属性の魔法を撃てば――」
「……魔獣の体が変化についていけなくなって消化を上回れるかもしれない」
「そういうこと」
イメルダが頷いたあと、悔しげに唇を噛んだ。
「こんなことになるなら適当な魔獣で実験でもしたんだけど……」
「大抵の魔獣は一撃で破裂するからな」
いまになってこの話をしたのは確証がなかったからだ。
彼女が戦闘をしない方向で考えていたのもそれが理由だろう。
ただ、ひとつ気になることがあった。
「……けど待ってくれ。俺とファムがさっき魔法を撃ったときもくすみはしたけど、ほとんど効果がなかった。イメルダも試して無理だったってことは、そもそも威力的に厳しいんじゃないのか?」
「あれが規格外だってこと、忘れてるでしょ」
イメルダがため息をついたのち、説明をはじめる。
「中途半端な魔法を当てたところで当然効果は薄い。あんたの<ファイアボール>は充分だと思うけど、ファムの使った<ライトニング>は中級魔法。威力としては不十分ってこと」
だから、と彼女は話を継ぐ。
「あたしもあんたに負けないぐらいの……とっておきの氷属性の魔法を使う。あんまり魔力が残ってないからそう数は撃てないけど」
あの魔獣をひとりで相手にしていたのだ。
それも足を怪我した状態で――。
魔力が尽きかけているのも無理はない。
「そっちは魔力残ってるの? 2回も<イグニッション>を使ったし、もう結構きついんじゃないの」
「少なくとも10発以上は撃てると思う」
「は?」
なぜか怒り気味の顔を向けられた。
「悪い。ちょっと少なめに言った。本当はもっといけると思う」
「嘘でしょ? いくら<ファイアボール>だからって、そんな数――」
冗談を言っているわけではないと伝わったか。
イメルダが途中で言葉を止めた。
「……本当にめちゃくちゃね。でも、いまはあんたが魔力バカだったことに感謝しないとか。それじゃ、もう少しだけ踏ん張ってもらおうかしら」
「わかった。しっかり掴まっててくれよっ」
ルカはそう応じて駆け出した。
ファムは端のほうで魔獣の相手をしていた。いまも地面から突き出す水晶や、敵の噛みつき、両前足による引っかきを華麗に躱し続けている。
傷を負った様子はいっさいない。
初めて<ヒューリアス>を見たときから常人ではないと思っていたが、本当に想像を超える素早さだ。
接近するこちらに気づいたか。
ファムが敵の攻撃を回避しながら声をあげる。
「戻ってきたってことは……まさかこいつを倒す最高の案でも思いついたのかっ!?」
「そのまさかだ! 倒すことになった!」
勝てないから、と一度は撤退を選択させられた相手だ。
にもかかわらずファムは大して動揺していなかった。
むしろこうなることをわかっていたような感じだ。
「ま、逃げられないんじゃ倒すしかないよな……ボクはどうすればいい!? もうあんまり長くはもたないぞ!」
「そのまま魔獣を引きつけるだけでいいわ! ただ、魔獣の核が臀部にあるって言われてるから可能ならあんたのほうに魔獣の正面を向け続ける形でお願い!」
「あ!? でんぶ!? でんぶってどこだ!?」
ファムが苛立ち混じりにそう返してきた。
ルカは代わりに答えようかとイメルダに目で問いかける。
が、彼女は眉根を寄せてやけ気味に叫んだ。
「お尻よ、お・し・り! 言い直させないで!」」
「なんだよ、ケツかよ! だったら最初からそう言え!」
どちらも気が強い。
おかげでぶつかりあう言葉は魔法のように激しかった。
「ったく、男ってどうしてこうも……っ」
イメルダがそんな悪態をこぼしていたが……。
残念ながらファムは女だ。
男よりも男らしいことは否定しないが。
「ここで下ろして。あたしを抱えたままだと、あんたが魔法を撃てないでしょ」
「了解っ」
言われるがまま、そっとそばの地面に下ろした。
場所はちょうど水晶壁に囲まれた広場の中央だ。
「魔力に余裕のある俺からでいく。いいか?」
「ええ、お願い。あんたが撃ったらすぐに続くわ」
時間はあまりない。
ルカは急いで<ファイアボール02>を生成する。
「ただの<ファイアボール>だって言うのに……近くで見るとすごい迫力ね」
轟々を燃え盛る火球を間近に見たからか。
イメルダが感嘆の声をもらしていた。
「行くぞ、ファム!」
合図を出すやいなや、ルカは<ファイアボール02>を放った。空気を呑み込むように突き進んだ大火球はファムの誘導もあり、魔獣の臀部へと見事に命中。轟音を響かせた。
魔獣の体をわずかに揺らすだけで傷はない。
が、こちらの攻撃はまだ終わりではない。
ルカは叫ぶ。
「イメルダ!」
すでに彼女は魔法を撃つ体勢をとっていた。
魔獣へと向けられた右掌の先から極太の青い光が迸る。
「ブリザードっ!」
イメルダの張り上げた声に呼応して、青い光の中から放たれたのは苛烈を極めた猛吹雪だった。渦巻きながら虚空を翔け抜け、ついには魔獣の臀部へと激突。狭い範囲ではあるが、氷が魔獣の肌を覆いはじめた。
<ブリザード>。
初めて見る魔法だが、たしか上級魔法だったはずだ。
在学中に上級魔法を覚えられる者はほとんどいないと聞いている。そんな中、高等部の1年目にしてすでに使えるとは……さすがはイメルダだ。
やがて<ブリザード>の勢いが止まる。
魔獣が苦しみもがくようにたたらを踏んだことで、はりついた氷はすぐに剥がれてしまうが、臀部はもとの茶褐色から黒ずんでいた。
しかも、ぶにぶにと膨張している。
「よし、効いてる!」
推測が当たったからか。
イメルダが興奮気味の声をあげる。
ルカはすぐさま次の攻撃を放とうとする。
が、そばの地面に亀裂が走ったのを捉えてとっさに中断した。
「<ヒューリアス>ッ!」
半ば反射的に唱えていた。
イメルダを抱きかかえ、身を投げる。
彼女が頭部と体を打たないようにと腕で庇いながら、何度も地面の上を跳ね転がった。
まだ使い慣れていないこともあり、なんとも不恰好だったが、それでもイメルダを守ることはできた。
勢いが止まるやいなや、ルカはイメルダの様子を窺う。
「っつう……怪我はないか?」
「え、ええ。ありがとう……って、こっちに来てる!」
きょとんとしていたイメルダが途端に焦りはじめる。
どすどすと荒々しい音が聞こえてくる。
いやな予感しかしなかった。
振り向いた先、敵がこちらに突進してきていた。
――このままでは踏み潰されてしまう。
そう思ったとき、がんっと鈍い金属音が鳴った。
魔獣が足を止め、鬱陶しそうに振り返る。
「余所見すんじゃねぇ、このデカブツッ!」
ファムの手には1本の剣が握られていた。
その身長と同程度の長さを持つ、正統的な長剣だ。
いったいどこから取り出したのか。
そもそも学園では帯剣は禁止だったはずだ。
その疑問はすぐに解決した。
ファムが眼前の虚空に左手をすべらせると、無数の燐光が現れた。それらは見る間に収束。輪郭を作り、色づいていくと、ついには長剣となった。
遠目からではあるが、実在のものとなんら変わりないように見える。
<ヒューリアス>のおかげか。
魔獣へととびかかったファムはその小さな体からはとても考えられないほど2本の剣を軽々と、なおかつ力強く振り回し、凄まじい連撃を浴びせはじめる。
がんっ、がんっ、とまたも辺りに響きはじめる鈍い金属音。
魔獣の肌を斬り裂くことはない。
それでも注意を引きつけるには充分なようだった。
「さっさとやれ! ルカ! イメルダ!」
再びこちらに向いた臀部はまだくすんだままだった。
ファムに促されるがまま、ルカは<ファイアボール02>を即座に放った。イメルダも弾かれるようにして<ブリザード>を命中させる。
「もう一発だ!」
「ええっ!」
敵の状態を確認する余裕はない。
ただひたすらに2巡目を繰り出す。
煙や蒸気。
さらには巻き上がった砂埃のせいで敵の様子は影しか窺えない。
だが、きっと効いていると信じて、ルカは<ファイアボール02>を放った。
大火球が煙の中へと吸い込まれてから間もなく。
慟哭のような声が辺りに響き渡った。
カッと閃光が迸ると、四散した煙に続いて魔獣の体が一気に膨張し、ぶちゃっと破裂した。
小型のものとは比べ物にならない不快な音だ。
あちこちに肉片が飛び散りはじめる。
こちらにも飛んできたが、<ファイアボール>で迎撃して被弾はなんとか避けた。
やがてすべての肉片がしゅくうと溶けるように消滅する。残ったのは、人ひとり分はあろうかという巨大な水晶のみだ。
あまりに異常な光景が続いたこともあり、事態が収まったことを実感できなかった。だが、周囲を覆っていた水晶壁のすべてが派手に霧散した、瞬間。
ルカはイメルダ、ファムと笑顔を向き合わせた。