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◆第九話『魔獣襲撃戦』

 魔獣が低い唸り声をあげた。

 まるで世界を揺るがすように大気が震える。


 ルカは思わず膝をついてしまいそうになった。

 なんて圧倒的な存在感だろうか。


 魔獣の肉体から生える水晶のひとつが噴出した。

 ぐるぐると回転しながら、イメルダめがけて虚空を突き進んでいく。


 水晶の大きさは人間を軽く上回る。

 当たれば肉片と化すことは間違いない。


「イメルダッ!」


 ルカは思わず叫んでしまう。


 しかし、イメルダに動じた様子はなかった。

 かざした右手の先、巨大な氷の槍を生成する。


 以前、彼女が授業で見せた<フレイムランス>の氷版。

 中級魔法の<フロストランス>だ。


 放たれた<フロストランス>が水晶と空中で激突。

 双方が幾つもの破片となって散り、舞い落ちていく。


 イメルダがこちらに視線を向ける。


「ファムと……編入生? あんたたち、なにしにきたの!?」

「決まってるだろ。イメルダを助けにきたんだよ!」

「助けにきたって……正気!? あれ見たらやばい相手ってわかるでしょっ」

「相手がどうとか関係ない!」


 先に動いたのはファムだった。

 無造作に敵へと向けた掌の先から閃光を迸らせる。


 と、瞬く間に敵の後ろ右足へと命中。

 バチッという炸裂音を響かせた。

 敵が頭を振って苦しみもがく。


 初めて見る魔法だったが……。

 おそらく中級魔法の<ライトニング>だ。


 ルカは見入りそうになる心を律し、即座に<ファイアボール02>を発動。ファムと同じ箇所へとぶちあてた。


 響く地鳴りのような轟音。

 地面の土を巻き込んで煙が濛々と舞い上がる。


「それが噂の<ファイアボール>か? すげぇじゃねえか」

「<イグニッション>の<昇華>と<増加>をあわせた<ファイアボール02>だ」

「こりゃ、さくっと終わりそう…………もないか」


 ファムの顔が険しくなった。

 無理もない。


 晴れた黒煙から姿を現した敵は破裂せずに、その場に残っていたのだ。


 大した傷も見当たらない。

 魔法を受けた箇所――茶褐色の肌がかすかにくすんだように見えるだけだ。それも少しの間ですぐに元の色へと戻ってしまう。


 ファムが再び<ライトニング>を命中させる。

 あわせてこちらもまた<ファイアボール02>を放つが、結果は同じだった。


「何度やったって同じよ! 相手が大きすぎる! いくら<イグニッション>でもあれの消化速度は上回れない!」


 聞こえてくるイメルダの叫び声。

 おそらく彼女も散々と魔法を撃ち込んだのだろう。


 と、さすがに敵の注意がこちらに向いた。

 威嚇するように咆哮をあげると、水晶を放ってきた。


 ルカはファムと散開し、身を投げて躱した。

 後ろから聞こえてくる重く鈍い衝突音。


 すぐさま体勢を起こして振り返る。

 と、先ほどまで立っていた地面に水晶の半分がめりこんでいた。間近にある〝死〟を前に、ルカは思わず肝を冷やした。


 ファムが舌打ちしたかと思うや、ひとり駆け出した。


「ボクがあのデカブツを引きつける! その間にルカはイメルダを連れて逃げろ!」

「けど、それじゃファムがっ!」

「あ、なんだって!? こんな奴にボクが捕まるかよ……!」


 ファムの体が赤い光で包まれる。

 <ヒューリアス>を使用したのだろう。

 その速度を一気に上げ、地を這うように駆けていく。


 敵が水晶を投擲してくるが、華麗な動きで回避。

 ファムは距離を詰めると、敵の周囲を駆け回りはじめた。


 敵が水晶を飛ばしたり、前足や口で攻撃をしかける。

 だが、どれもまるで当たる気がしない。

 完全に敵を翻弄している。


 ファムの言うとおり心配は無用のようだ。

 ルカは走り出し、急いでイメルダのもとへと向かった。


「あれで落ちこぼれなんてふざけてるわね……」


 イメルダは悔しげに唇を噛みしめていた。

 その視線の先には敵を相手にするファムの姿。


 イメルダは負傷したが、ファムは無傷で敵を翻弄している。

 その差を痛感しているのかもしれない。


 気持ちはわかる。

 だが、いまは一刻を争うときだ。


 ルカは迷わずにイメルダを抱きかかえた。

 彼女の脇と両膝の裏に両腕を差し入れた形だ。


 ファムのように小柄ではないが、細身とあって重さはあまり感じない。これなら走るのに大きな影響はなさそうだ。


「行くぞ、イメルダ!」

「ちょ、ちょっとなにしてるのっ」


 イメルダが体をひねるように暴れはじめた。


「俺に触られるなんていやかもしれないけど、いまは我慢してくれ!」

「ち・が・う! そうじゃなくて、あたしを置いてさっさと逃げなさいって言ってるの!」


 欠陥魔導師だから嫌がられているのか。

 そう思ったのだが、違ったようだ。


 自己紹介のときに感じた印象は間違っていなかった。

 ルカは胸中で喜びを噛みしめつつ、イメルダの目を見据えて即答する。


「それはできない」

「……それはできないって」


 こちらの譲らない意志が伝わったか。

 イメルダが勢いを失い、大人しくなった。


「とにかくいまは急がないと! 文句ならあとでいくらでも聞く!」


 ルカは広場の外へ向かって走り出す。


 ファムが敵を引きつけてくれている。

 おかげで妨害を受けることなく、充分な距離をとることができた。


 あと少しで広場から出られる。


 直前、大きな震動に見舞われた。

 周辺の木々が一斉に揺れ、葉すれの音が騒がしく響く。


 最中、前方の地面に亀裂が走った。

 そこから顔を覗かせた分厚い水晶が一気にせり上がる。

 瞬く間に見上げるほどの高さまで到達し、ついには壁となった。


 水晶の壁は辺りを取り囲むように姿を現していた。

 外に繋がる場所はひとつとして見当たらない。

 まるで水晶でできた檻だ。


「な、なんだこれ……!?」

「……これ、魔法が全然効かないっ」


 イメルダが<フロストランス>を放ち、すぐさま破壊を試みていた。だが、水晶の壁はびくともしない。それどころか傷ひとつつかなかった。


 試しに<ファイアボール02>も撃ってみるが、衝突とともに霧散してしまう。


「こっちもだめだ……っ!」

「……どうやら敵はあたしたちを意地でも逃がさないつもりみたいね」


 そうして足を止められている中、敵が天へと猛った。


 ルカは何事かと振り返る。

 と、その先の光景を前に目を疑った。

 敵の体が見る間にひと回りも大きくなったのだ。


 イメルダが忌々しげに言う。


「あの魔獣、さっきまでもっと小さかったのよ……短時間で段階的に大きくなっていまの大きさになったの」

「ってことはまだ大きくなるかもってことか?」

「ええ」


 しかも大きくなったところで鈍くなるわけではないらしい。


 敵の攻撃範囲は巨大化した分だけ広がっている。

 さらにファムを狙って地面からは角ばった水晶が飛び出しはじめる始末。


 激化した敵の攻撃に、さすがのファムも回避にてこずっているようだった。先ほどまでは余裕だったが、いまは躱し方が紙一重に近い。


「ファムっ!」

「ボクは問題ない! ってかなんだよ周りのこれ!? 破壊できないのか!?」

「試してみたけど無理だった!」


 いまもなお敵の相手をするファムの顔は苦しげだ。

 いつまでも体力や魔力がもつわけではない。


 敵がさらに巨大化し、攻撃が激化すれば――。

 いつか捉えられるのは必至だろう。


 ルカは魔獣をじっと見つめた。

 こうなれば玉砕覚悟で挑むか。


 先ほど<ファイアボール02>を当てたところで効果はなかった。


 おそらく2、3発当てても変わらないだろう。

 だが、幸い魔力には自信がある。


 魔力がもつ限り<ファイアボール02>を撃ち続ければ、もしかしたら魔獣の消化速度を上回れるかもしれない。


 そんなことを考えていたとき。

 イメルダから細めた目を向けられた。


「ねえ、まさか玉砕覚悟で戦うなんて考えてるんじゃないでしょうね」

「……どうしてわかったんだ?」


 そう問い返すと、盛大にため息をつかれた。


「やっぱり……言いたいことはたくさんあるけど、とりあえず下手に撃つと餌をやるようなものよ。やめなさい」

「でも、このままじゃ全滅するだけだ」

「だ~か~ら~! がむしゃらに戦うなって言ってるのっ」


 イメルダの人差し指が頬にぐいっと押しつけられる。


 見れば、彼女の瞳に諦めた色はない。

 むしろ力強く、いつもの自信に満ちた色のままだった。


「……なにか手があるのか?」


 そう問いかけると、イメルダがこくりと頷いた。



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