◆第八話『訪れる異変』
襲ってきた魔獣の群れはどれもが小型。
通常の<ファイアボール>だけで処理できた。
またアルヴォの<プロテクション0>のおかげで怪我をする心配がなかったのも大きかった。ルカはファムとともに苦戦することなく、順調に魔獣を処理していき――。
ついに残すところあと2体となった。
どちらの魔獣も揃って四肢をしならせる。
と、体から生えた水晶を噴出させるように飛ばしてきた。
「俺が落とす!」
ルカは叫び、連続して<ファイアボール>を生成。
飛んでくる2個の水晶を空中で迎撃した。
その間にファムが右手を魔獣へと向ける。
掌の先で生成されたのは緑に彩られた風の塊。
大きさはちょうど人間の頭部大といったところだ。
あれは<ウィンドストライク>。
<ファイアボール>と同じく下級魔法だ。
ファムもまた素早く2発の<ウィンドストライク>を放った。鋭い風切り音を鳴らして虚空を勢いよく進んでいったそれらは魔獣に見事命中。あっさりと破裂させた。
ぶちゃっとした不快音ののち、訪れる静寂。
辺りにはもう追加の魔獣もいない。
ようやく落ち着いたようだ。
ふぅ、とルカは息をつく。
「意外と余裕だったな」
「飛ばしてくる水晶だけに気をつければあんなの雑魚だ雑魚」
ファムがそう言いながら魔水晶を回収する。
「おい、ルカ。そっちは何個だ」
「18個だ」
「じゃあボクのと合わせて38個か。ははっ、大量じゃねえか。前回のイメルダんとこが32個だったし、これで1位間違いなしだな」
「でもこれ、多すぎるよな……」
ルカははちきれそうなポーチを軽く持ち上げる。
魔水晶は小さいが、あまりに数が多すぎた。
「一旦戻るか」
「賛成。ついでに荷物も置いてこよう」
そうして入口へと歩き出そうとした、瞬間。
体を覆っていた<プロテクション0>の感覚がなくなった。
ルカはファムと顔を見合わせる。
「<プロテクション>が消えた……?」
「まだ消えるまで時間はあったはずだ」
「じゃあ、どうして……?」
「先生が意図的に解いたとは考えにくい」
――つまり、なんらかの外的要因によって維持できなくなった。
「とにかく急いで戻ろう」
「ああ」
ルカはファムとともに入口へと走り出す。
大魔導師のアルヴォに限ってなにか起こったとは考えにくい。だが、なにか胸騒ぎがしてたまらなかった。
大して離れていなかったこともあり、すぐに入口が見えてきた。
ほかにも早めに戻った班がいたようだ。
5人ほどの生徒の姿が見える。
ただ、なにやら様子がおかしかった。
魔獣狩りに向かおうともせず、なにかを見下ろしている。
ファムも同様に異変を感じたようだ。
揃って速度をあげた。
辿りつくなり、輪を作る生徒たちへと声をかける。
「どうかしたのか……!?」
「先生が……先生が……」
ひとりの女子生徒が恐怖に歪んだ顔を向けてきた。
――状況は自分の目でたしかめて。
そう言わんばかりに彼女がその場からどいた。
瞬間、ルカは思わず目を見開いてしまう。
アルヴォが頭から血を流した状態で倒れていたのだ。
「……どうして先生が」
「わたしたちが戻ったときにはすでに倒れてて……」
「意識はあるのか?」
「うん。でも、頭だから下手に動かすと危ないかもって。一応、いまひとり<ウィンドウォーク>で学園に向かってくれてる」
助けも呼んでくれている。
もどかしいが、自分にできることはない。
せめても、とルカは自身の上着をアルヴォにそっとかけた。
「たぶん、体が冷えるのは避けたほうがいいと思う」
「わ、わたしアルヴォ先生なら寄り添えるけど」
「あ、あたしだって!」
「……それはどうかと思う」
どさくさに紛れてアルヴォと接触しようとする女子生徒たち。
そんな中、同じ女性でありながらファムはひとり難しい顔をしていた。
「でも、先生は大魔導師だぞ。こんな簡単にやられるなんて考えられない。それも誰にも知られずになんて……」
魔導師の戦闘は派手だ。
より高位の魔導師になればなるほど顕著だ。
それらがいっさい確認できなかった。
つまり魔法による戦闘が行われなかった可能性が高い。
不意を突かれたのだろうか。
そんなことを考えていると、慌しい足音が聞こえてきた。
「やべぇっ、やべぇっ!」
ウーノが森の奥側から猛然と走ってきた。
その顔は切羽詰った様子で汗まみれだ。
後ろには彼と同じ班員の男も続いている。
「ちょっと静かにしてよ、ウーノ!」
女子生徒たちがウーノに噛みついた。
ウーノがアルヴォの存在に気づいたようで足を止める。
「どうしてアルヴォ先生が……って、んな場合じゃねえっての! お前らもさっさとここから逃げろ! ありえねえぐらいバカでかい魔獣が出たんだ!」
「なに言ってんの。先生たちが排除してくれたって」
「嘘じゃねえって!」
そう説明するウーノの顔は真に迫っていた。
嘘をついている様子はない。
ただ、だからこそ余計に気になることがあった。
ルカは再び走り出そうとするウーノの腕を掴んだ。
「イメルダはどうしたんだ?」
「あいつは……足を怪我して……」
「まさか置いてきたっていうのか?」
「しかたねえだろ! あんなの、俺たちでどうにかできる相手じゃねえっ」
ウーノに勢いよく手を振りほどかれた。
ほぼ同時、ルカはウーノと逆方向に走り出した。
後ろからファムの声が飛んでくる。
「おい、ルカ! どこいくつもりだ!?」
「決まってるだろ! イメルダを助けに行くんだよっ」
イメルダは優秀な生徒だ。
たとえ足を怪我していたとしても。
たとえ相手が未知の魔獣だとしても。
きっとまだ生き残っているに違いない。
そう信じてルカは全力で駆けている。
と、隣に小柄な影――ファムが併走してきた。
「ファム? どうして……」
「同じ班だろ。ボクもいく」
ファムらしい淡白な返答だった。
やはりファムはいい奴だ。
そうして2人でウーノたちが走ってきたほうへと向かう。
と、前方にひとりの男子生徒が座り込んでいた。
あの細身にちりちり頭は――同班のモッグだ。
怯えに満ちた顔でぼそぼそとなにかを呟いている。
「僕は悪くない。僕は悪くない……」
そばを通り過ぎる際、聞こえた言葉だ。
失禁でもしたのか、彼の周囲の地面だけが湿っていた。
大方、イメルダを襲った魔獣から怖くて逃げてきたのだろう。
「モッグがいたってことはそろそろだぞ、ルカ」
その言葉を証明するように地面が揺れはじめた。
様々な種類の衝撃音も聞こえてくる。
かなり近い。
幾つかの木々の間を駆け抜けていく。
と、ひらけた場所へと飛び出た。
「いた……!」
視線を右方へ向けてすぐ――。
イメルダの姿を見つけることができた。
聞いていたとおり足を怪我しているようだ。
右足を押さえる格好で座り込んでいる。
ルカは彼女の生存を確認できたことに安堵する。
が、一瞬でその感情は消え去った。
イメルダの視線を追った先、それはいた。
外見はこれまで戦った魔獣と変わらない。
体のあちこちから水晶を無造作に覗かせている。
ただ、大きさが桁違いだった。
魔導都市イルヴァリオでよく見かける2階建て家屋と同じぐらいだ。
さすがのファムも動揺を隠せないようだった。
隣でわずかに震えた声をもらす。
「なんだよ、あのでかさ……見たことないぞ」