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◆第七話『特別演習』

「キアラ先生に注意されてた遅刻の理由が、まさか寝坊だったなんてなっ!」

「うるさいなっ。ボクはただ朝が弱いだけだ!」


 ルカはファムとともに街道を全力疾走していた。


 向かう先は魔導都市イルヴァリオの北方。

 クドラン森林と呼ばれる場所だ。


 すでに遠くのほうにたくさんの木々が見えていた。

 視界の横一杯まで広がっているかなり大きな森だ。


 本日、あそこで特別演習が行われるのだが……。

 ファムの寝坊で大幅に遅刻してしまっていた。


 すでにほかの生徒は現地に向けて出発している。

 もしかするともう演習を開始しているかもしれない。


「それにしたって起きなさ過ぎだろ! ベッドが軋むぐらいしがみついて起きない奴とか初めてみたぞ!」

「そんなに言うならボクのことなんて置いていけばよかっただろっ」

「同じ部屋なんだ! そんなのできるわけないだろっ!」

「ったく、面倒な奴だなっ」

「ファムに言われたくない!」


 そんな言い合いを続けながら、ひた走り――。

 ようやく森林の入口が見えてきた。


 どうやらまだ演習は開始されていないようだ。

 同クラスの生徒たちがアルヴォの前で待機している。


「遅れて、すみません……っ!」


 辿りつくなり、ルカは息荒く声をあげた。

 当然ながら他生徒からの注目を集めてしまう。


「まだ入って3日目で遅刻するかよ普通」

「あの大遅刻魔のファムと同室なんだ。無理もない」


 そんな声が聞こえてきた。

 ほかにも揶揄するような声は多い。

 だが、アルヴォがこほんと咳をすると一瞬で静かになった。


「わたしはきみたちの本来の担任ではない。幸い開始前に間に合ったことだし、今回のことは見なかったことにしよう」

「ありがとうございます!」


 ルカは頭を下げて礼を言う。

 ファムのほうは「どうも」と一言のみ。

 相変わらずの無愛想ぶりだ。


 しかし、アルヴォは気にした様子もなく話を始める。


「さて今回が初めての生徒もいる。もう何度か聴いたことかもしれないが、おさらいだと思って軽く耳を傾けてくれるかな。……今回、きみたちにおこなってもらうのは水晶生物、俗に魔獣と言われるものの駆除だ」


 魔獣の存在はもちろん知っている。

 ただ、どんな生物であるかはよく知らない。

 実際に見たこともなかった。


「このクドラン森林には魔力のもととなる魔素がたくさん満ちている。日によっては霧となって現れるほどにね。そしてこういった場所には魔獣が寄りつく。理由は魔獣が魔素を糧としているからだ」


 人間の体内にあるものを魔力。

 人間の体外にあるものを魔素。


 魔素も魔力と基本的に同じ性質だが、そう区別して呼称しているらしい。


「魔獣は人間を見つけると襲いかかる獰猛な性質を持っている。ゆえに人に危害が及ばぬよう魔導師が駆除している。つまり今回の演習は卒業後のきみたちがいずれするであろう仕事の練習というわけだ」


 これまで魔獣を一度も見たことがなかったのは魔導師が駆除してくれていたからというわけだ。そして自分が魔導師となったとき、その仕事を担うときがくるかもしれない。


 そう考えると、気合が入らないわけがなかった。


「では倒し方について、誰か説明してくれるかな?」

「はいはいっ、なんでもいいから魔法を当てれば破裂して消えます!」


 ひとりの生徒が当てられてもいないのに答えた。


「そのとおり。では、どうして魔素を糧にする魔獣が魔法を当てられると消滅するのかはわかるかな?」

「それは……」


 先ほどまでの勢いを失い、しぼんだ生徒。

 アルヴォがほかの回答者をさがさんと視線を巡らせる。


 そんな中、ほぼ全員の視線がイメルダに集まっていた。

 彼女がため息まじりに答える。


「魔獣が魔素を消化する速度は非常に遅いものとなっています。ですから、魔素をふんだんに含んだ魔法を当てられることで消化速度を大幅に上回り、破裂に至ります」

「うん、さすがはイメルダさんだね」


 褒められても喜ぶどころか謙遜もしない。

 知っていて当然と言わんばかりだ。


 アルヴォが満足そうに頷いたのち、説明を続ける。


「そしてその消化速度は個体の大きさに比例する。大きなものになれば上級魔法すらも耐えることはある」


 緊張して息を呑んだ幾人かの生徒。

 彼らを安心させるようにアルヴォが優しく微笑む。


「だが、安心していい。今回の特別演習に際してすでに教師が脅威となる個体は排除済みだ。下級か中級魔法で倒せる程度のものばかりだろう。それに今回はわたしの<プロテクション>もある」


 言い終え、アルヴォが一番手前の生徒に右掌を向ける。


 直後、その生徒の輪郭をなぞるように煌めきが走った。

 次いで全身が硝子のように陽光を軽く反射する。

 最後にはまるで体へと染み込むように変化は収まっだ。


 その生徒がぺたぺたと自身の体を触る。


「なんか普通の<プロテクション>と違うような?」

「それたぶん、<プロテクション0>だろ!」

「すっげー! 俺、初めて見た!」


 生徒たちがざわめきはじめる。

 アルヴォが手を払い、生徒全員に同じ魔法かけると、さらに喧騒が大きくなった。


 <プロテクション(ゼロ)>。

 つまり<イグニッション>のひとつ。

 質を上げる<昇華>を用いたものだ。


 さすがは大魔導師。

 <イグニッション>を使いこなしているようだ。


「これなら魔獣の攻撃をほぼ吸収してくれる。とはいえ、いつまでも効果があるわけではない。時間は1刻程度。効果が切れる前にわたしのところに戻り、経過報告ついでにかけなおすように。……と、こんなところかな」


 アルヴォがそう注意を促す。

 だが、生徒の興奮はいまだ収まらない。


 やれやれと少し呆れ気味に苦笑したのち、彼は場を引きしめるように声を張る。


「今回の結果はもちろん成績にも大きく影響する。みんな、精一杯頑張るように。ではいつもどおり〝班ごとにわかれて〟開始だ」



     ◆◆◆◆◆


 森の中へと入ってから間もなく。

 葉のさざめきが聞こえるほど喧騒は遠退いていた。


 ほかに聞こえるのは自分たちの足音のみ。

 しかし、その足音の数に違和感を覚えた。


 ルカは辺りを見回してみる。

 が、もうひとりの班員はどこにも見つからなかった。


「なあ、ファム。いつの間にかモッグがいなくなってる……」

「どうせイメルダんとこにでも行ってんだろ」


 モッグのイメルダ好きは異常だ。

 ファムの予想は間違いなく正解だろう。


「しかたない。俺たちだけで頑張ろう――って、ファム。なにしてるんだ?」

「なにっていまから寝るんだよ」


 ファムが近場の巨岩によじ登る。

 と、あわせた両手を枕にしてその場に寝転んだ。


「寝るって……いまは授業中だろ」

「知ってる。それも先生の目の届かないところでの、な」


 まるで悪びれた様子がない。

 寝るのに打ってつけと言わんばかりだ。


「……もしかしていつもこうしてるのか?」

「当然。モッグはあれだしな。本気でやったところでほかの班に勝てるわけがない。いつも最下位だ」

「だから頑張っても無駄ってことか?」

「そのとおり。最後にちょろっと数匹狩って終わりだ」


 一応、参加した証明だけはするようだが……。

 他生徒との勝負は完全に諦めているらしい。


「今回は俺もいる」

「それでも2人だけだ。それに小さい魔獣ってのは簡単に見つからないぜ。素人がちょっと頑張ったところじゃ1、2体見つけるのがやっとだろうよ」


 ファムが片目を開けてこちらをちらりと窺ってくる。


「ま、それでもやるってんなら好きにしろ。ボクはここでゆっくり休ませてもらう」


 どうあっても手を抜く気らしい。


 魔導師として大成するために用意された授業だ。

 たとえ見つけるのが難しくともひとりで挑戦するしかない。


「わかった。俺ひとりで頑張るよ」

「おう、応援してるぞー」


 ファムから気だるげな声が返ってくる。


 まったくもって面白くない。

 ルカは眉をひそめながら、ファムに背を向けてひとり歩きはじめた。


 その瞬間――。


「伏せろルカッ! 魔獣だ!」


 ファムの声が後ろから飛んできた。

 ルカは言われたとおりに伏せた。


 頭上をなにかが翔け抜けていく。

 と、前方の木の幹になにかが激突した。


 重く鈍い音が鳴る。

 ごとっと音をたてて落ちたそれはくすんだ水晶だった。


 ルカは慌てて水晶が飛んできたほうに振り返る。


 そこには太い四足で立つ生物がいた。

 大きさは人間の頭部程度。

 顔は爬虫類に近いが、ややこちらのほうが横に太い。


 なにより特徴的なのは、その鱗のような肌から無造作に顔を出している水晶だ。先ほど飛んできたものと同じようにどれもがくすんでいる。


 ファムの言葉からも、あれが魔獣で間違いないだろう。


 ルカは半ば反射的に<ファイアボール>を生成。

 押し出すように放ち、魔獣へと命中させた。


 魔獣が耳にまとわりつくような高く不快な悲鳴をあげる。

 さらにその茶褐色の体を黒色に染め、風船のように膨らませると、ついにはぶちゃっと破裂した。


 皮膚をあちこちに飛び散らせる。

 残ったのは親指程度の水晶のみだ。


 初めての魔獣との戦闘だったからだろうか。

 なにやら心臓がばくばくと騒がしい。


 ルカは魔獣が残した水晶を見ながら、ゆっくりと立ち上がる。


「これが……魔獣」

「その水晶――魔水晶が倒した証だ。忘れずに回収しろよ」


 ファムに言われたとおり魔水晶を回収。

 腰に取りつけたポーチにしまった。


「これって<魔導駒(ゴーレム)>の核にもなるんだよな」

「ああ。だから学園の小遣い稼ぎを手伝わされてるってことだ」


 それなりに高価なものだと聞いたことがある。

 魔導師が魔獣を狩るのも完全に善意からというわけではないのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ファムが岩の上から下りていた。

 なにやら険しい顔で辺りを見回している。


「にしても、さっきこの辺りにいないのは確認したばかりだぞ。どうして……ってか、なんか寄ってきてんじゃねえか」


 驚愕するファムの視線を辿ってみる。

 と、のそりのそりと近づいてくる影があった。


 大きさに多少の差異はあれど、どれもが先ほど見た魔獣と同じ姿だ。ざっと見ただけでも15体はいる。なんとなくだが、奥にもまだいそうな気配がある。


「……ファム、魔獣がたくさんいるんだけど」

「んなのわかってるってのっ」

「やっぱりこれって異常なことなんだよな」

「少なくともボクは初めて見る」


 異様な光景であることは間違いないらしい。


 ただ、悪いことではなかった。

 なにしろ見つけるのが難しいという魔獣がたくさんいるのだ。


 どうやらファムも同じ思考に至ったらしい。

 身構えたのち、勝ち気な笑みを向けてくる。


「おい、ルカ。さっきの訂正だ。今日は1位を狙ってもいい気分だ」

「ってことは……!」

「ああ、付き合うぜっ!」



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