◆第五話『全裸の襲撃』
全裸のファム。
その姿が視界から消えたのは一瞬。
気づけばファムに飛びかかられていた。
「うぉあっ」
あまりに唐突で避ける間もなかった。
ルカは尻から後ろに倒れてしまう。
ファムが腹にどすっと圧し掛かってきた。
流れるように右手で殴りかかろうとしてくる。
「ちょ、ちょっと待てってっ」
とっさに受け止めると、今度は左手で殴りかかってきたのでそちらも止めた。
ファムが悔しげに顔を歪める。
と、両手を押し込みながら、さらに怒りに満ちた顔を寄せてきた。
「どうしてお前がここにいるっ!?」
「そ、その前に服を着たほうがっ」
「そんなことはどうでもいい! さっさとボクの質問に答えろ!」
飛びかかってきた勢いのせいか。
ファムの頭からはタオルすらもなくなっていた。
湿り気のある髪がファムの肩からさらりと垂れる。
股間さえ見なければ男として見えなくもない。
だが、それでも魅力的に見えてしまう。
異性と知ったからだろうか。
あるいはその、あどけない相貌のせいか。
とにもかくにも――。
そこにどうでもいい要素なんてまるでなかった。
しかし、ファムに説明できるはずもなく。
また説明したところで着衣を優先させることはできない雰囲気だ。
「今日から俺もこの部屋で寝泊りするってキアラ先生に案内されてきたんだ」
「そんなのボクは聞いてな――」
ふっと押し込まれていた手の力が弱まった。
さらにファムは顔を離すと、目をそらした。
「聞いてたんだろ」
「……今朝、言われたような気がしなくもない。けど、寝起きでぼけっとしてたからなにか言ってたなぐらいにしか……大体、鍵だってかけてただろ!」
「いや、開いてた」
「ぐっ」
「ファムってしっかりしてるようで抜けてるとこあるんだな」
そう言うと、ぎりっと睨まれた。
苛立ち混じりに両手も突き放される。
「その、勝手に入ったのは謝る。でも、まさか全裸だとは思わなかったからさ」
「もういい。ボクのミスだ」
ファムは大きなため息をつくと、立ち上がった。
刃物のように鋭くした目を向けてくる。
「いいか、このことは誰にも言うなよ」
「ファムが本当は女だってことか?」
「ああ」
もともと頼まれなくても言いふらすつもりはなかった。
ただ、それよりも気になることがある。
「でも、たまたまひとり部屋だったみたいだけど、もしほかの奴が一緒の部屋だったらどうするつもりだったんだ? 隠し通せるわけないだろ」
「普通の魔導師はボクと一緒の部屋だって聞いたら教師に泣いて懇願するからな」
「エンハンサーだから?」
「……キアラ先生から聞いたのか」
どうやら情報の出所はばればれらしい。
しかしファムは気にした様子もなく話を続ける。
「ま、おかげでひとり部屋を満喫できてたからこっちとしては好都合だったんだが……どうしていまになって2人に……しかもこいつかよ」
天を仰いで嘆くファム。
察するに初等部から中等部までずっとひとり部屋だったのだろう。
ファムが女性ということは秘密だ。
異性だからと部屋の変更は頼めない。
ほかの生徒と同様にファムの志望が<エンハンサー>だからという理由を使えばできるのかもしれないが、それだけは絶対にしたくない。
ファムには悪いが、この部屋に居座らせてもらうことになりそうだ。
ルカはゆっくりと立ち上がる。
ひとまず状況の整理はついた。
だが、まだ解決しなければ問題は残っている。
「えっととりあえずひとついいか?」
「偽ってる理由を訊いても無駄だぞ。お前と一緒で家庭の事情で済ませるからな」
「いや、そうじゃなくて。まあそれも気になるけど、そろそろ服を着てくれないかなって」
「まだ体が熱いんだ。冷めるまで待て」
忘れているのかと思って指摘したのだが、どうやら意図的らしい。
「目のやり場に困るんだよ」
「べつにいいだろ。もうお前に隠す必要もなくなったしな。っていうか、こんな体見たって嬉しくもなんともないだろ。ほら、断崖絶壁だぜ」
ファムが両手で自身の胸をぺちぺちと叩く。
たしかに登るには難しいかもしれないが、問題はそこではない。
「たしかにないかもしれないけど。でも、重要なのは女の子の体かどうかってことなんだよ。大きさは関係ない」
「……ちっ、面倒くさいな」
ファムが嘆息したのち、渋々と制服を着始めた。
服の内側に入ったままの髪をかきだすと、後ろで雑にくくりはじめる。
「いいか、ボクのことは女扱いするな」
「本当は女だってバレたら困るからか?」
「それもあるが、単純にそういう扱いがいやなだけだ」
意図して男のような振る舞いをしているわけではないらしい。
つまりファム自身の性格というわけだ。
「じゃあ、俺からもひとつだけお願いしてもいいか?」
「……一応言っておくが、ボクを女として見た要求なら応えるつもりはないからな。した時点で首を斬り飛ばす」
「どうして脅す前提なんだよ……」
「男なんてそんなもんだろ。クラスの奴らはいつもキアラ先生とイメルダ相手に鼻息荒くしてるしな」
たしかに2人は魅力的な女性だ。
男子の気持ちもわかるし、その光景も容易に想像できる。
ただ、それとこれとは別問題だ。
秘密を握ったからといって誰もが脅すなんて考えに至るわけではない。
「俺のことはルカって呼んでほしいんだ」
ルカはそう頼み事を口にした。
途端、ファムが目を瞬かせる。
「は? なんだそれ」
「いや、今日一日ずっと〝お前〟としか呼ばれてないからさ。できればそう呼んでほしい。こうして同じ部屋にもなったわけだし」
「……やっぱお前といると調子狂うな」
ファムが心底呆れたように嘆息した。
かと思うや、部屋の出口へと向かっていく。
「どこに行くんだ?」
「決まってるだろ、食堂だ」
「夕食……だよな。早くないか?」
「人数が人数だからな。日が暮れる頃に行くとばかみたいに混むんだよ。そしてボクは人ごみが大嫌いなんだ」
ファムが扉に手をかけながら肩越しに振り返る。
「で、〝ルカ〟はどうする? 一緒に来るならさっさとしろよ」
ルカは思わず顔を綻ばせてしまう。
初対面のときからわかっていた。
やっぱり――。
ファムはいい奴だ。
「もちろん、一緒に行くに決まってる!」