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◆第四話『学生寮』

「どうでしたか、初めての学園は?」

「どれも新鮮なことばかりで楽しかったです。なにより新しい魔法を教えてもらったのが楽しくて。使いこなすにはまだまだかかりそうですけど……」


 真っ直ぐに延びた長い廊下。

 両側には等間隔に設けられた扉。

 まるで終わりのない道を歩いているかのような、そんな錯覚を抱きそうだった。


 ベルナシュク魔導学園に併設された3棟の学生寮。

 それらのうちのひとつ、高等部寮にて。


 ルカは大きな荷袋を抱えながら、キアラと並んで歩いていた。彼女の案内のもと、これから寝泊りすることになる部屋に向かっているところだった。


「座学のほうはどうでしたか?」

「そっちは……わからない単語が多くてあんまり頭に入ってこなかったです」

「途中からですし、しかたありませんね。これからしばらくの間、放課後はわたしとお勉強会ですね」


 当然のように時間を割いてくれるキアラ。

 嬉しいことこのうえないが、懸念もあった。


「いいんですか?」

「うん? なにがですか?」

「あ、いや……先生、学園の仕事もあるだろうし、迷惑になるんじゃないかって」

「なにを言ってるのですか。わたしはベルナシュクの教師ですが、ルカくんの師匠なんですよ。弟子であるルカくんの助けとなるのは当然のことです」


 言って、いつもの優しい笑みを向けてくるキアラ。

 ルカはほっとしたと同時、嬉しくなった。


 キアラが毎日対峙している生徒を実際に目にしたからか。自分は彼女にとって何百人もいる生徒のうちのひとりなのではないか、と思ってしまっていた。


 だが、実際は違った。

 生徒である前にひとりの弟子として見てくれていたのだ。


「でも、ルカくんが楽しそうでよかったです」


 キアラが安堵したようにそうもらした。

 その言葉や表情から、なにを心配していたのかはすぐにわかった。


「やっぱり俺の体のことで心配かけてしまいましたよね……」

「魔導師はちょっとプライドの高い人が多いといいますか、中には排他的な人もいるので。もちろんそうでない人もたくさんいるのですが」


 今日一日だけでもそれは大いに感じた。

 中でも欠陥魔導師と聞いた瞬間の、他生徒の反応を見れば一目瞭然だった。


「まあ、気にならないって言えば嘘になりますけど……でも、俺とちゃんと話してくれる人もいるのでなんとかやっていけそうです」

「ファムくんですね」


 はい、とルカは頷く。


「ちょっと無愛想ですけどね。でも、訊けば色々答えてくれるし、今日だって何度も助けてもらいました」


 教室を移動するときも。

 授業でわからないことがあったときも。


 面倒くさそうにしながらも教えてくれた。

 根の優しい人間であることは間違いない。


「ただ、ファムへのみんなの態度がちょっと引っかかってて……」


 あくまで今日一日だけ見て思ったことだが、クラス内にはファムに友達と呼べる者はいなかった。それどころかファムを忌避しているような節すらあったのだ。


 キアラが困ったように眉尻を下げる。


「さきほど魔導師は排他的な人が多い、という話をしましたよね。実はファムくんも同じような思いをしていて……」

「もしかしてファムも回路が欠損してるんですか?」

「そういうわけではないのです。ただ、目指しているところがみんなと違うと言いますか……」


 歯切れ悪く切ったのち、彼女は問いかけてくる。


「ルカくんは<エンハンサー>を知っていますか?」

「話だけは耳にしたことがあります。たしか、魔法の力を付与した武器で戦う人たちのことですよね」

「はい、付与術師などと呼ばれてもいますね」

「でも知ってることはそれだけでほかはなにも……」

「無理もありません。彼らが表舞台に出てきたのは最近のことですから」


 無知をさらしてしまったかと思ったが、ほっとした。

 しかし、どうして<エンハンサー>の話を出したのか。

 そこに疑問を抱いたとき、ある答えに行きついた。


「……まさかファムが?」

「はい。ファムくんは<エンハンサー>志望です」

「じゃあ、ファムが<ヒューリアス>を使えたのも……」

「<エンハンサー>の基本魔法だからです」


 武器を使って攻撃するとなれば主体は近接戦闘だ。

 身体強化が必須というのも頷ける。


「でも、ファムってなにも武器持ってないですよね」

「ベルナシュクがまだ<エンハンサー>に対応できていないんです。そうでなくても武器はやはり目に見える凶器ですから、携行するのは難しい問題ですね」


 なにはともあれ、ファムが避けられている理由がわかった。わかったが、納得できるものではなかった。


「なんか……いやですね」

「わたしもどうにかしたいと思っているのですが、なかなか……」


 言って、痛ましげに顔を歪めるキアラ。


 魔導師は排他的思考の人が多いと言っていた。

 いくら教師でも簡単に解決できるものではないのだろう。いや、むしろ教師という立場だからこそ、生徒に干渉しづらい面があるかもしれない。


「ルカくん、どうかファムくんと仲良くしてくれませんか?」

「頼まれなくても俺はそのつもりです」


 学園では班行動が多いからか。

 今日一日、一緒にいることも多かった。


 そんな中で苦痛だと思った時間は一度もなかった。

 むしろ落ちつくというか、しっくりくるぐらいだった。


「では、この部屋割りはちょうどよかったですね」


 キアラが足を止め、そばの扉を見やった。

 どうやら部屋に辿りついたらしい。


「……もしかして同室の生徒って」

「はい、ファムくんですよ」


 寮は基本的に2人部屋だと聞いていた。

 もしイメルダ狂いのモッグや、傲岸不遜なウーノと一緒になったらどうしようと思っていたが、ファムなら安心だ。


「では入りましょうか」

「あ、もうここまでで大丈夫です」

「そう、ですか?」

「俺もそこまで子どもじゃないですから」


 ただでさえキアラには頼りきりだ。

 これぐらいはひとりでこなしたかった。


 それに相手はファムだ。

 せいぜい鬱陶しがられる程度でさして問題は起こらないだろう。


 仕事を取られたからか。

 キアラがわずかに肩を落とすと、扉から離れた。


「わかりました。ではここからはお任せします」

「はい。……先生、今日も一日ありがとうございました」


 少なからず不安のあった学園初日。

 無事にやり遂げられたのはキアラがいてくれたおかげだ。


 感謝の気持ちを伝えると、キアラが微笑み返してくれた。


「それじゃルカくん、また明日」


 そう言い残して、彼女は背を向けて去っていく。


 途中、何度か振り返って小さく手を振ってきていたが、年上とは思えない可愛らしさがあった。キアラらしいといえばらしいが。


 ルカはひとりになったのち、扉に向かった。

 気合を入れて、こんこんと小突く。


「ファム、いるか?」


 返事はない。

 なにか作業中だろうか。

 それとも声が小さかったのだろうか。


「ルカだ。開けてもらえないかー?」


 確認でもう一度、声をかけてみる。

 が、やはり反応はない。


 試しに取っ手を引いてみると、簡単に開いた。

 鍵穴はあったが、どうやら開いているらしい。


 しかし、勝手に入っていいものか。

 ……少し悩んだ末、結局踏み入った。


 今日からここは自分の部屋でもあるのだ。

 それに相手が異性ならまだしも男同士。

 大きな問題になることはないだろう。


 部屋は大股3歩程度の廊下の先にあった。

 はっきり言ってあまり広くはない。

 むしろ2人部屋にしては狭いと言える。


 部屋の両端にはベッドが1台ずつ。

 右側にはなにも載っていないが、左側には荷物が載っている。完全に物置用だ。


 ベッド脇の壁には埋め込みのクローゼット。

 頭側には勉強机が置かれている。

 狭くはあるものの、不自由はしなさそうだ。


「ファム~、いないのか~?」


 ルカは部屋の観察もほどほどに声をあげる。

 と、廊下右側の壁奥からなにか物音がした。


 耳を当ててみると、鼻歌のようなものも聞こえてきた。

 少し声は高いが、ファムのものに聞こえなくもない。


 部屋に入りきると、右側手前の壁に扉があった。

 早速、ルカは扉に手を伸ばそうとした、そのとき。


 先に扉が開いた。

 中から出てきたのはやはりファムだった。

 鼻歌も気持ち良さそうに続けている。


 風呂上がりだったのだろうか。

 下ろした髪をタオルでごしごしと拭っている。


「なっ」


 ファムもようやくこちらに気づいたらしい。

 見るからにうろたえていた。


 無理もない。


 ファムは全裸だった。

 しかも――。


 あれほど勢いよく股間を叩いたうえ、「触れ」とまで叫んで証明してみせた性別。その男にあるものがなかったのだ。


 ルカはゆっくりと視線を上げたのち、一言。


「やっぱり女の子じゃないか……っ」



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