◆第一話『絶望と希望』
「残念だが、不合格だ」
ルカ・ノグヴェイトは困惑した。
あまりにも唐突に結果を言い渡されたからだ。
「そんなっ、ちょっと体を診ただけでどうして……っ!?」
ここはベルナシュク魔導学園。
名前のとおり魔導師を育成する機関だ。
そして、いままさに編入試験を受けている最中だった。
小太りな中年試験官が厳しい顔を向けてくる。
「魔法を使えない者にこの学園の生徒となる資格はない」
「使えないって……俺、<ファイアボール>なら使えます!」
ルカは掌の上に人間の頭大の火球を生成した。
村で唯一自分だけが使えた魔法だ。
しかし、それを見ても試験官は眉ひとつ動かさない。
それどころか馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。
「その程度、この学園の生徒ならば誰でも使える。むしろ、きみと同じ16歳の子たちはさらに上の魔法も使えるぞ」
「だから、俺もその魔法を教えてもらうためにここに来たんです!」
こちらを見下した相手の対応。
ルカは思わずカッとなってしまう。
だが、逆に試験官の態度は冷めていくばかりだった。
「魔法は体内に魔法回路がなければ生成することはできない。先の身体検査できみにもそれは確認できたが、半分以上が欠損していた。仮にその体で魔法を使えたとしても、せいぜい下級魔法ぐらいだろう」
つらつらと述べられる理由。
つまりは体に異常があるから、まともに魔法が使えないということだろう。
しかし、信じられなかった。
信じたくはなかった。
そんなこちらの心境を悟ってか。
試験官がトドメの言葉を放ってくる。
「<ファイアボール>以外、使えるのかね? それだけやる気があるのだ。少しは挑戦したのだろう」
まさにそのとおりだった。
独学で中級以上の魔法を使おうとした。
だが、まるで発動する気配がなかった。
ただやり方が間違っているだけだと思っていた。
だから、魔導学園に入ろうと思ったのだ。
正しいやり方さえ学べばできる、と。
だが、現実は違った。
この体では根本的に無理だったのだ。
「恨むなら、その体に生まれたことを恨むのだな」
試験官から告げられた無情な言葉。
ルカは目の前が真っ白になり、その場に崩れ落ちた。
◆◆◆◆◆
両端には花壇に植えられた色とりどりの花々。
中央には交互に並ぶ噴水と細身の樹木。
ベルナシュク魔導学園から続く大通りはとても美しく、自然を大いに感じさせてくれた。また沿うように並ぶ建物は白を基調に明るいものが多い。
清潔感のある完成された景観だ。
そんな空間に見合って活気も満ちあふれていた。
行き交う人々に笑顔は絶えず、商人の声も多い。
かといって飲んだくれが闊歩するような気配はない。
ひとりで出歩いている子どもも見受けられることから治安のよさも窺える。
いまこの場において、辛気臭い顔をしているのは自分だけだろう。
そんなことを思いながらルカは盛大にため息をついた。
ここは魔導都市イルヴァリオ。
王都の西隣に位置する都市だ。
ルカはフラつく足を止め、振り返る。
大通りの先には巨大な建物が鎮座していた。
幾つもの尖塔に両開きの立派な門。
華美な装飾に頼らない洗練された外観。
その圧倒的な存在感はまさに城そのもの。
あれこそが先ほどまでいたベルナシュク魔導学園だ。
イルヴァリオはベルナシュク魔導学園をもとに造られた都市だった。魔導都市と呼ばれているのもそれが理由だ。
「お兄ちゃん、<魔導学園>の生徒なの?」
ふいに背後から幼い声が聞こえてきた。
振り向いた先、立っていたのは10歳前後の少年。
ルカは思わず目をそらしてしまう。
――先ほど編入試験で落とされたばかりだ。
なんて格好悪くて言えなかった。
「いや、そういうわけじゃ……」
「な~んだ。もしそうなら、ボクも入れるかどうか訊こうと思ったのにな。まだ<ファイアボール>しか使えないからさ」
言うやいなや、少年が空に向けた掌の上。
ぼぅ、と揺らめく炎の球体が生成された。
疑いようもな<ファイアボール>だ。
「す、すごいなきみ……もう<ファイアボール>を使えるなんて」
ルカは動揺しつつも、そう称賛した。
自分が初めて<ファイアボール>を使えたのは8歳の頃だ。
そのときは周りの人間からたくさん褒められた。
だから同じように少年も褒めたいと思ったのだ。
ただ、少年の反応はひどく淡白だった。
「そう? ボクの友達で魔導師を目指してる子はみんなこれぐらいはできるよ」
「み、みんな……!?」
最近まで暮らしていた町では、周りに魔法を使える同年代の者はいなかった。だが、どうやら魔導都市ではそう珍しいことではないらしい。
と、少年が握りつぶすように火球を消した。
その後、なにかを決意するように力強く頷く。
「まぁ、入学試験までまだ時間はあるし、それまでに覚えればいっか。それじゃあね、お兄ちゃん!」
「あ、ああ」
走り去っていく少年の後ろ姿を見送る。
自分には魔法の才能があるかもしれない。
そう思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
幼い頃から働いて入学金を貯め、ようやく受けた編入試験であえなく撃沈。それも〝体が魔導師に向かない〟という可能性すらない理由で、だ。
もう魔導師になるのは無理かもしれない。
「いや……違うだろ」
ルカは俯きかけた顔をがばっと上げた。
もともと才能のあるなしで魔導の道を進もうと考えたわけではなかったはずだ。
いつまでも落ち込んでいたってしかたない。
そもそもベルナシュク魔導学園を選んだのは格式高く有名だからという理由だ。ほかにも魔導学園は幾つかある。
こうなれば入れてくれる魔導学園が見つかるまで片っ端から試験を受けるだけだ。
そうしてひとり気合を入れて拳を作ったとき――。
「――きみが、ルカ・ノグヴェイトくん?」
澄んだ声が聞こえてきた。
気づけば誘われるように振り返っていた。
そこにいたのはおそろしく美しい女性だった。
なにより目を引くのは後ろで結われた長い金の髪。
とても艶やかで、陽光を受けて眩い輝きを放っている。
年齢は20歳を少し過ぎたぐらいだろうか。
こちらの目線が彼女の顎辺りと身長は高め。
手足もすらりと長く、均整のとれた体型だ。
両耳から垂らした翼型のイヤリング。
首に巻いた青のリボンチョーカー。
そしてその身は、清廉さが引き立つ白と青基調のローブに包まれている。
まさに想像上の女神をそのまま描いたかのようだ。
ルカは思わず見惚れてしまった。
半ば呆けながら「はい」と頷く。
ここまで走ってきたのか、女性は肩で息をしていた。
深呼吸をしたのち、かきあげた一房の髪を耳にかける。
その所作ひとつとってもただただ美しかった。
またも呆けてしまいそうになるが、ルカはおかしなことに気づいてはっとなった。
「どうして俺の名前を……」
「ご、ごめんなさい。いきなりで驚きましたよねっ」
あたふたとしはじめる女性。
どうやら見た目に反してとても親しみやすそうな感じだ。
彼女は居住まいを正すと、こほんと咳をひとつ。
にっこりと柔らかな笑みを向けてきた。
「わたしはキアラ・レティエレス。ベルナシュク魔導学園で教師をしています」
「……学園の先生?」
学園にこんな美人の教師がいたのか。
もし編入試験に合格していたらお近づきになれたかもしれない。
そんなことをなにより先に考えてしまったが、慌てて頭を振って払い落とした。いまはもっと気にするべきことがあるはずだ。
――どうして魔導学園の教師がわざわざ呼び止めにきたのか。
ルカはいぶかるように目を向ける。
「まさか……今後いっさい近寄るななんて釘を刺しにきたりとか」
「そ、それだと、わたしがすごく意地悪な人みたいじゃないですかっ」
綺麗な眉を下げ、困った顔を見せる女性――キアラ。
なんだか話せば話すほど第一印象が崩れていく人だ。
「きみに訊いてみたいことがあったんです」
そう口にした途端、キアラが神妙な面持ちになった。
青空のように爽やかな色の瞳で、こちらを見据えてくる。
「わたしのもとで魔法を学んでみませんか?」