逆さ虹の森の歌
よく晴れた日曜日、マサト君はパパとママといっしょに動物園に行きました。
マサト君は六歳。来年、小学校に上がります。
動物園にはたくさんの人がいました。
「マサト君はここで待っててね。パパとママはお弁当買ってくるから」
ママが言いました。
「うん、わかったよ」
マサト君はベンチに腰かけました。
「いい子にしててね」
パパとママは行ってしまいました。
ぼくだけ一人って、つまらないなあ。マサト君は心の中でそうつぶやきました。
マサト君と同じ年ぐらいの男の子や女の子が、親と手をつないでマサト君の前を通りすぎました。
ピエロのかっこうをした人がゴム風船を売っていました。
マサト君はふと後ろをふりむきました。
すると、ベンチの後ろに柵があり、その向こうは森が広がっていました。
『立ち入り禁止 ここに入ってはいけません』という立て札がありました。
マサト君は立ち上がり、立て札をしげしげと見つめました。
この森の奥に何があるんだろう。
入ってはいけないと言われると、かえって入ってみたくなるのが、どんなことにも好奇心いっぱいのマサト君の性格です。
マサト君はパパとママがなかなかもどってこないので、柵をのりこえ、森に入ってみることにしました。
マサト君は森の奥をどんどん進んでいきました。小鳥たちのさえずりが聞こえてきます。
遠くの空には虹がかかっていました。
不思議なことに虹は上と下が逆さまの形をしていました。
もっと不思議なことに小鳥たちのさえずりが美しい歌声にかわりました。
ここは 逆さ虹の森
ここは 逆さ虹の森
この世でいちばんいいところ
一度はおいでよ 逆さ虹の森
上を見ると、木の枝にとまったコマドリたちが合唱しているのです。
コマドリたちは何度も同じ歌をくりかえすので、マサト君はすぐにその歌を覚えました。
そのうちにコマドリたちの歌がやみました。
マサト君はそろそろ帰ろうと思い、もと来た道を引き返そうとしました。
ところが森の道は迷路のように複雑で、どうしても動物園のベンチまでもどれません。
マサト君はたちまち迷子になってしまいました。
どうしよう。おうちに帰れないよ。
マサト君は泣きそうになりました。
「どうしたの」
ふりむくとキツネがいます。
マサト君はキツネに自分が迷子になったことをつたえました。
「いいことがある。ちょうどいい、君に逆さ虹の森の地図をあげよう」
キツネはマサト君に森の地図をあげました。
でも地図は森の中のことがわかるだけで、動物園のベンチがどこにあるかわかりませんでした。マサト君がそう説明すると。
「いいことがある。ドングリの池にドングリを投げればいい。そうしたら森の神様が池から出てきて、なんでも願いごとをかなえてくれる。森の神様にたのんで動物園のベンチにもどしてもらえばいい」
「君ってほんとうに親切なんだね」
「まあ、みんなからお人よしだって呼ばれてるよ。
ところでもう一つだいじなことを教えてあげよう。この森にはクマがいる。クマに追いかけられたときは、逆さ虹の森の歌を大声で歌えばいい。クマはほんとうは臆病なんだ。だから大声で歌を歌えば逃げていくのさ」
キツネはそう言ってどこかへ行ってしましました。
マサト君はキツネからもらった地図を見ながら、ドングリの池に行きました。
ここにドングリを投げれば森の神様があらわれ、マサト君を動物園のベンチにもどしてくれるはずです。
ところが困ったことに気づきました。ドングリを持っていないのです。
するとドングリの池で洗濯しているアライグマを見かけました。
「あのう......ちょっとおたずねしますが......」
マサト君が言いました。するとアライグマは不機嫌そうに、
「おれは気が短いんだ。みんなから暴れん坊とよばれてる。聞きたいことがあるんなら早くしな」
「ドングリはどこにあるんでしょうか」
「知らねえな」
「......」
「リスにきいてみな。あいつならドングリのことをよく知ってるだろう」
「リス? どこにいるんですか」
「リスなら、根っこ広場にいるんじゃねえかな」
「どうして君のしっぽは木の根っこにはさまれてるの?」
マサト君がリスききました。
「ここは根っこ広場さ。ここで嘘をつくと、罰として木の根っこが捕まえるのさ。森のみんなが知ってることだけど、ぼくは森いちばんのいたずら好き。この前、ここで嘘をついたんで、木に捕まったのさ」
先ほどマサト君が地図を見ながら根っこ広場に来てみると、リスはすぐに見つかりました。
「ところで君にききたいことがあるんだけど」
マサト君がリスにききます。
「なんだい」
「ドングリはどこにあるのかなあ」
「ドングリかい? そうだなあ,,,,,,向こうにカシの木があるだろう」
リスは根っこにはさまれたしっぽで方角をしめしました。
「木の根元をさがすとドングリならいくらでも落ちてるよ」
「教えてくれてありがどう」
「そんなことよりドングリを拾ったら、カシの木のとなりの洞穴に必ず石を投げるんだよ。絶対だよ」
マサト君はリスにわかれを告げ、カシの木の方へ歩いて行きました。
確かにドングリはたくさん落ちてました。マサト君はそのうちの一つを拾ってポケットに入れました。
そしてリスに言われたとおり、地面に落ちていた小石を拾って、カシの木のとなりの洞穴に投げました。
すると洞穴の中からおそろしい声が聞こえます。
「こらっ、なにしやがるんでぇ」
洞穴の中にはクマが寝ていました。突然、小石をぶつけられたクマは飛び起き、マサト君を追いかけました。
マサト君は必死で逃げました。逃げている途中、キツネから教わったことを思い出しました。
マサト君は逃げるのをやめ、ふりかえるとクマをにらみつけ、大声で歌います。
ここは 逆さ虹の森
ここは 逆さ虹の森
この世でいちばんいいところ
一度はおいでよ 逆さ虹の森
するとクマは驚いて逃げていきました。
マサト君はドングリの池にもどることにしました。もどる途中、リスが森いちばんのいたずら好きであることを思い出しました。
洞穴に石を投げるようにリスがマサト君に言ったのは、リスのいたずらだったのです。
洞穴に石を投げたら、マサト君がクマに追いかけられるに決まっています。
それを知った上で、リスはマサト君にわざと洞穴に石を投げさせたのです。
そう思うとマサト君はリスに腹が立ってきましたが、リスのおかげでドングリが手に入ったのです。マサト君はリスをゆるすことにしました。
「この道をまっすぐ行けばオンボロ橋がある」
森の神様はそう言って、杖で方角をしめしました。
「オンボロ橋を渡るとき、逆さ虹の森の歌を大声で歌えばいい。そうすれば動物園のベンチにもどれる。
ただしオンボロ橋は歌うのをやめて渡ろうとすると、すぐに落ちるから注意が必要じゃ」
森の神様は白い長い髪と白い長いひげで全身をおおわれた老人でした。
さっきマサト君がドングリ池にドングリを投げ入れると、すぐ水面に姿をあらわしました。
マサト君は森の神様にお礼を言い、言われたとおりの道を進んでいきました。
しばらくすると大きな川が見えてきました。いまにも落ちそうなオンボロ橋が川にかかっています。
マサト君はおそるおそるオンボロ橋に足を踏み出します。
川の真ん中では大蛇が頭を出して、舌なめずりをしています。
「どれどれ、おいしそうな子だわ。あたしはお腹がぺこぺこなの。ちょうどいいわ。あの子が橋から川に落ちたら、食べてしまえばいい」
マサト君はそれを聞いて泣きそうになりました。でも勇気をふりしぼって大声で歌を歌いました。
ここは 逆さ虹の森
ここは 逆さ虹の森
この世でいちばんいいところ
一度はおいでよ 逆さ虹の森
するとオンボロ橋の向こう側がまぶしく光りはじめました。光の空間ができたのです。
マサト君は歌いながら光の空間に入って行きました。するとどういうわけか眠たくなっていきます。
「マサト、起きなさい」
気がつくとマサト君は動物園のベンチで寝ていました。
マサト君はパパとママと一緒にベンチにすわってお弁当を食べました。
お弁当を食べ終わると、みんなで動物園を回ることになりました。
キツネの檻のそばを通ったときマサト君は思わず話しかけました。
「キツネ君、ありがとう。君がくれた地図のおかげで助かったよ」
でもキツネはなにも話してくれません。マサト君はポケットをさがしてみましたが、どこにもキツネからもらった地図はありませんでした。
その後、アライグマ、リス、クマ、ヘビ、コマドリの檻をそれぞれ回りました。マサト君は動物たちに話しかけましたが、だれも返事をしてくれません。
マサト君は自分が夢を見ていたのだと気づきました。
小雨が降って来たので、マサト君たちは動物園の中にあるファミリーレストランに入って雨宿りしました。
夕方になり、マサト君はパパとママといっしょに動物園からおうちに帰ることになりました。雨はもうやんでいました。
自動車で帰る途中、ママが驚いて声をあげました。
「あなた、たいへん。虹が逆さまよ。こんな虹、見たことないわ」
ほんとうでした。自動車の窓から空を見ると、不思議なことに虹が上下逆さまになっています。
「不思議だねえ。これって、五十年に一度の異常気象なのかなあ」
運転しながらパパが言います。
マサト君はだんだん眠くなってきました。
パパがFMラジオをつけました。すると美しい歌声が聞こえてきます。
それはなぜかなつかしい調べのようにマサト君には思えました。
ここは 逆さ虹の森
ここは 逆さ虹の森
この世でいちばんいいところ
一度はおいでよ 逆さ虹の森
(了)