上陸
島に入ることが出来るのは100人まで。
それ以上は阻まれ、入ることが出来ない。
島の中では、超能力が発現する。
とあるモノには人生を変えるほどの力がある。
大和は支度をしていた。
学校に行くためではなく、島へと上陸するために。
しかし、大和は悩んでいた。
「うーん、分からない。何を持っていけばいいんだ」
それは当然だった。
キャンプなどしたことがあるわけがない大和。
そもそも、最近はアウトドアなどというものは廃れていく一方で、それを体験している人間のほうが少ないまでになっている。
言ってしまえば、東京オリンピック以前に生きていた人間にしか、アウトドアの荷物など分からないのだ。
「まぁ食べ物に関しては、カプセルに入れていくとしてー。後はお母さんかお父さんに聞かなきゃなあ」
とは言うものの、沙奈は重徳の付き添いで病院にいる。
MMSで連絡を取ろうとするも、昨日の今日なので、疲れて寝ているのか沙奈は反応しなかった。
なので大和は一人で考えていた。
しかし、本当に忘れていたのか大和は思いつく。
「ああ、AS。ASに聞けばいいのか。
HeyAS、サバイバルでの必須アイテムとか知らない?」
『なんですか?その変な呼び方は』
「なんか昔に流行ったらしいんだよね。この前、昔のことをネットで調べてたら出てきた」
そうですか、と、ASは興味なさそうに言ってから、モニターを映し、ネットからサバイバルでの必須アイテムを高速で調べる。
パッパッと映り変わる、大和にとっては見慣れた光景。
そこで一つの記事にぶつかり、これなどどうでしょう?とASは問う。
《サバイバルを生き抜くための基本。著:財前 駿河》
『過去にあったものをと考えていたのですが、なにやら最近書かれたものがあったので、ピックアップしてみました』
不思議なことにアウトドアのなくなりつつある中で、そのようなことを書いている人物がいるらしい。
大和はへーと感心しながらそれを開いた。
どうやら、箇条書きされているようで、10個ほどにまとまっている。
その1、食べ物は大量に持っていくべし。
その2、水ももちろんべし。
その3、考えるべし。
その4、後悔するなべし。
その5、助け合うべし。
その6、笑うべし。
その7、あいつらには気をつけるべし。
その8、常に動き続けるべし。
その9、見つけるべし。
その10、逃げることは負けではないべし。
「んん?AS、これ本当に役に立つ?
なんか言葉の使い方も間違ってる気がするべし」
読み終えて、大和は疑問を感じたようで、あまり納得のいく内容ではなかったらしい。
『そうですね、ですが大和様が読んでいる間に私的に色んなものを読んで、まとめてみたのですが、要は食べ物だけは用意していくほうがいいみたいですね』
「そっか……」
それならたくさんカプセルに詰めて行こうかな、と大和は言った。
それから大和は自分が出せるありったけの服をカプセルに詰めていく。
小指ほどのカプセルなのだが、どんな物でも小さくまとめ入れることが出来る。
物量を無視しているらしく、最先端技術だそうだ。
これに保温機能や、冷蔵機能がついているタイプもあり、それに食料を入れることで保存することも可能なのだった。
ただし、生きている物にこれをすると負荷がかかりすぎてダメらしく、生き物には反応しない仕組みになっている。
「……これでよしっと」
大和はあらかた必要な食べ物や、飲み物をカプセルに詰め、それを緑色の小さなポシェットに入れた。
「これくらいあれば一週間は持つはずだ」
『……お言葉ですが大和様、旅行気分なんですか?一週間分では足りないと私のデータでは出ています』
「……やっぱそう?」
大和は、はぁ、と息を吐く。
その事は大和も分かっていたようで、
「買い出し、行かなきゃかあ」
時間もあまりない、と、大和は焦っているのかあまり寄り道はしたくない様子だった。
もう一度ため息をついて、大和は部屋を出る。
ストストと階段を降り、玄関へと向かう。
「……このまま買い出しをして、島に向かうとしたらこの家にも当分帰って来れないんだね」
感慨深く、玄関から家の中を眺める。
時代の流れと共に家も家の中も変化していっている中、沙奈はそれを少し嫌い、ある程度昔のような内装にしている。
例えば、木で出来ている靴箱やドア。
階段なども木で出来ていた。
しかし、木なので腐ることもあり、材料である木に関してはなくなってしまっているので、渋々今風になっている所もある。
机なんかはガラス張りになっていた、モニターがそこに映ったりするようになっていたりする。
この時代では当たり前なのだが、この家にしては逆に異端なのはその机などだった。
「……でも、お姉ちゃんときっと帰ってくるから大丈夫。
また帰ってくるよ。だから行ってきます」
学校に行く感覚で大和は言う。
絶対に帰ってくると家に約束するように。
――――――――――――――
大和は買い出しの前に病院へと向かっていた。
あわよくば、そのまま島に向かうため、その前に両親に挨拶をしようと考えてだ。
家から一歩出ると、家の中とは別世界、周りの家の壁はほぼモニター状態になっていて、それを操作することでカーテンのように中が見えなくなったりと、することが出来る。
しかも、その壁をテレビモニターにして大画面に映画やネットを見ることが出来る。
公園なども遊具はバーチャルリアリティ、VRが主となっているため、外で遊ぶというにはいささか微妙なラインだ。
看板なども全てホログラムシステムによって映し出されており、人がそこを通ってもすり抜けるだけで消えることもない。
邪魔にもならずとても便利なもののようだった。
そんな中を登録された声一つで動く、全自動自動車に乗って、大和は病院へ向かう。
車の免許も不必要となり、声を登録さえすれば何歳でも乗れるようになっている。
出来上がった初期段階では、子供が勝手に乗って行くや、そのまま建物に突っ込んでいくような事件も多数あったが、今となっては保護システムなども完成し、ほぼ完璧な自動車となった。
そういう風に犠牲や試験を繰り返し、進化した。
最初は反発もあったが、便利さには勝てず、人間は皆それを良しとしたのだった。
「ねぇ、AS」
『なんでしょう?』
「僕、やっぱりお母さんとお父さんに会わずに行こうかなって思う」
『良いのですか? きっと沙奈様も重徳様も悲しみますよ』
ASから返ってきた当たり前の答えに、大和は黙る。
「……でも、改めて挨拶なんかして出ていったら、お別れみたいじゃないかなって」
『昨日からの大和様にしては弱気に見えますね』
またも黙り込んでしまう大和。
人工知能というのは、人の表情を瞬時に読み取り、データ化し分析して、そしていつもの顔との差分を探し出し、答えを見つける。
それによって、微妙な変化など全てお見通しのように主人に伝える。
黙り込んでしまうのも無理はないようだ。
「最近の僕ってそんなに変わったのかな?
確かに昨日の先輩たちに対しては、ビクビクすることはなかったけど、本質的に変わってる気はしないよ。
今だって怖いし、正直に言うと家に一人でいたいし、外に出たくないし、ネットずっとしてたいよ」
毎日恒例の10ちゃんねる閲覧。
そういえばもうすぐお昼だと言うのに、大和はまだしていなかった。
『しかし、ここで10ちゃんねるを開かないところが成長だと私は思います。ここ最近の行動パターンはほぼ決まっていましたから』
学校から帰ってきて、自室に篭ってネット三昧。
それが大和の最近の行動パターン。
ASはそれらを全て見ているのだ、ASにとっては分かりやすい変化らしかった。
そうこうしているうちに、自動車は病院へと到着する。
が、大和は降りようとはしなかった。
やはり両親に会うことはやめようとしているようだ。
『降りないのですか?』
ASの問いかけに、うん、と答える大和。
大和は駐車場から少し離れ、10階建の病院を見上げる。
そこにはきっと重徳と沙奈がいるであろう辺りを、眺めている。
「……行ってきます。だけどこれで一生のお別れにならないように、頑張ってきます。
お母さん、お父さん、待っててね」
大和は呟き、自動車に対して大型のショッピングモールの名前を言おうとする。
するところで、大和!という呼びかけに、ビクッと身体を震わせ、その言葉を発する事をやめ、代わりにああ……と情けない声が出た。
「大和!何をカッコつけてるの!似合わなさすぎ!」
毎日嫌という程聞いていた声。
時には煩わしく、恐怖を感じていた声。
でも今はとても心地よく感じて、安堵する声に聞こえたのか、大和は諦めたように笑い、車から降りた。
「お母さん……」
「大和」
そう言葉を交わし、ハグしようとした。
しかし、パチン!という乾いた音が鳴り響く。
感動の再開風に大和は、似合わない綺麗な笑顔をなんとか作り、沙奈に近づいていったが、見事に叩かれたのだった。
「アホか!なーにが、お母さん……なのよ。
映画の見すぎよ」
不快な顔の沙奈。
自分の息子にここまでの嫌悪感、中々見れるものじゃないだろう。
「なにも叩かなくても……」
「あんたが悪いでしょうに。
なに普通に挨拶もなく行こうとしてるのよ。
バカじゃないの?」
「……それは謝るけど、フラグになりたくなかったから……」
沙奈はバカねと言い、今度は大和の頭を優しく撫でた。
「そんな弱気なこと言わないでちょうだいよ。
せっかく昨日はあんなに強気だったのに、だから私も行っていいって言ったのよ」
大和にそう言う沙奈の目には涙か溢れる。
その言葉に大和はグッと力が入った。
それが伝わったのか、沙奈は自分の胸に大和を引き寄せ、言う。
「お願いだから絶対に帰ってきてね。
ずっと待ってるから。お姉ちゃんと一緒に」
「うん……。約束する。ごめんねお母さん。
僕、弱音吐かないよ」
本当にバカねと言い、沙奈は大和から離れる。
ポケットに手を入れながら言う。
「弱音だってたまには吐いてもいいのよ。
あんたはそういう不器用なところあるから怖いわね」
はい、これ。と沙奈がポケットから出したのは指輪だった。
「これは?」
「お父さんから、私に一生を誓うために渡してもらった大事な指輪よ。
今じゃ考えられないけど、こういう物を送り合って出来るのが夫婦なのよ」
昔はよくあった話。
婚約指輪。
けれど、今となっては送る物が指輪からある物へと変わった。
今の人間は産まれた瞬間に渡されるIDとMMS。
さらに人工知能も、それぞれ一人一人違う。
例えば大和の人工知能はASだ。
しかし、沙奈が持っている人工知能はASではない。
沙奈はあまり人工知能を使いたがらなかった。
理由はそれが重徳の物だったからだ。
重徳がいなくなってから使う機会は減った。
思い出してしまうから、彼のことを。
つまり、結婚を誓い合った夫婦はMMSを交換する。
IDは変わらないが人工知能ごとそれを交換する。
それで結婚が成立する。
人工知能と成長を共にする今の人間たち。
だからそれを交換することには大きな意味があった。
だが、沙奈はそんな結婚の仕方に不快感を感じていた。
だから二人は指輪を交換した。
法律ではMMSを交換することが義務付けられている。
なのでそこに反発することは出来ないが、それに加え、誓い合った。
そんな大切な指輪を大和に渡した。
「まぁ、私たちは産まれた瞬間に渡される今の世代の人たちよりも、人工知能との関わりは深くないからね。思い入れが違うって話よね」
「そんな大切な物、いいの?」
「そう思うなら持って帰ってきてよね。
あとそれとこれ」
そう言って、さらにポケットから出してきたのは一つのカプセルだった。
「あんたのことだから、どうせ食料1ヶ月分とかしか持ってきてないんでしょう?
カプセルの中にカプセル詰めといたから、食料大量よ」
「ありがとうお母さん……。なんでも知ってるね僕のこと。その通りだよ」
本当は一週間分だけど、と、大和はボソッと呟いた。
ありがたく受け取った大和はポシェットにそれを入れる。
それから指輪を見る。
二人の誓の証。それも大事にポシェットに入れようとする。
そこで沙奈に止められ、
「待ちなさい。やっぱりこれで渡すわ」
沙奈は指輪を大和から取り、自分が身につけていたネックレスを取り、紐だけにしてからそれを指輪に通す。
「落とすといけないからずっと身につけておきなさい」
何から何まで、母親というのは世話焼きらしい。
それが鬱陶しく感じる時もある、が、今の大和にはそれが嬉しかった。
表情は病院に来る前よりも何倍も柔らかかった。
母親の暖かさを改めて感じる。
「それじゃあ、お父さんには私から言っておくわ。
行ってきなさい」
「……うん。お母さん」
大和は言って、お母さんが教えてくれたいつものお祈りをする。
産まれてから毎日のように見せられたそのお祈り。いや、今のこれはお祈りではなく、彼にとって本当に落ち着くものに変わっているのかもしれなかった。
"手と手を合わせて、目を瞑って深呼吸"
母の教えてくれた魔法の言葉。
大和は笑った。
母親に向けて、安心させるように。
「行ってきますお母さん」
「行ってらっしゃい大和」
沙奈も震えた声で、涙をためながら笑顔で見送る。
大和は少しして、車に乗り込む。
買い出しに行く必要がなくなって、目的地は島。
止まらない涙を堪えながら、向かう。
母に見せてはならない涙。
不安にさせてはダメだと、我慢した涙。
『よく、頑張りましたね大和様』
そんな感情を知ってか知らずか、ASのその言葉で大和は我慢出来ずに涙をこぼした。
「……うるさいよ、AS」
車は走り出す。
見送った沙奈は我慢出来ずにその場で泣き崩れる。
後悔しか残らないはずのその見送り。
「……絶対帰ってきてね……大和、茉奈」
彼女は一人、呟いた。
――――――――――――――――
病院から車を走らせること30分。
ある場所へと到着する。
それはある意味関門と呼ばれる場所だった。
島へと到着するためには、屯所のような所でIDチェックを受ける。
しかし、それは上陸するためだけでなく、今では少なくなったが島を観光するためにも使われる所だ。
出現した当初はこんなものはなく、無法地帯だった島に、これではいけないと政府が決まりを作り、このような場所が出来上がった。
島に向かうためには屯所でIDチェックを受け、島へと続く長い橋を通る。
そうしてようやく島に辿り着く。
つまり島へと上陸するためには、政府への登録が必要なのだった。
「AS、僕、ネットで昔調べてたんだけど、このIDチェックってほとんど意味無くて、誰でも通れるらしいね」
『そうですね、私のデータでも引っかかったことのある人物はほぼいないようですね。
前科持ちの人間でも入れているようです。
むしろ、その方が政府も都合がいいのでしょう』
大和はゾッとしたのか、顔が引き攣る。
前科持ち、ということは犯罪者もこの島にはいるかもしれないということなのだ。
「改めてすごい所に行くんだなと」
大和はそんなことを言いながら、屯所にいる役所の人間に話しかける。
後ろを向いて作業をしていたその人は、めんどくさそうに大和の方を向く。
「はいはい、MMSからIDをこちらに送信してくださいねー」
言われるままに大和は右腕のMMSをタッチし、モニターを出現させる。
それからそれを役所の人の前にあるモニターにスライドさせる。
すると、ピーという機械音がした。
「はい、藍沢 大和さん。おっけーです。通っていいですよー」
と言うと、屯所の横にあった扉が開いた。
いよいよか、と大和は決心してその扉へと向かう。
が、その横をスーっと誰かが通っていく。
「ちょ、ちょっと!そこの人!IDチェックまだだよ!」
気だるそうに仕事をしていた役所の人間も、さすがにIDを確かめずに島へと続く扉を勝手に通られそうになり、焦る。
大和の横を通り過ぎようとしていた人間は、ローブのようなものを羽織り、フードも被っているのでどんな人物なのかよく見えなかった。
しかし、隙間から少し見えていたスカートからして、女性だろうか?
その人物は立ち止まり、ボソッと何かを呟いた。
──瞬間、その人物は二人の前から消えた。
瞬きすらもしていないそんな瞬間にいなくなった。
大和と役所人はポカーンと口を開けて、顔を見合わせた。
「い、今のなんですかね」
「分からない……。でも何かいましたよね……」
二人が認識している所を見ると、人間ではあるのだろう。
しかし、一瞬で消えるところを目撃してしまった二人は何が何だか分かっていないようだった。
と、とりあえず、と、大和は恐怖を感じたのか、気にしていない様子を見せ、仕切り直すように扉へと向かう。
ここから先は車ではいけない。
島へと続く橋には、自動で動く床が設置されている。
これにより、歩かずには済む。
しかしこれまた、15分くらいかかってようやく辿り着く。
大和は息を吸って、吐いた。
気合いを入れ、扉の向こうへと一歩踏み出す。
流れている床に乗り込み、手すりにつかまった。
「AS、今の僕、どんな顔してる?」
『いつも通りひどい顔ですよ』
「よし、いつも通りでよかった」
ひどいのは良くないのだけど、恐怖に顔を歪ませていないのだと分かり、大和は自分自身を褒め讃えたようだった。
―――――――――――――
大和がMMSで時間を確認すると、ちょうど15分くらいして、扉の目の前についた。
ここをくぐるとついに島に上陸だ。
と、思っていたのだが、大和は床から降りて立ち止まる。
扉の前には大和以外にも、20人くらい人が集まっていた。
大和は驚いた表情をしていた。
ここ最近、上陸する者も観光する者も減っていたこの島。
「AS、これ、観光客……ではないよね」
『分かりかねますが、観光ならばここに立ち止まらずに周りを歩くとは思います』
扉は島に入るために存在している。
観光をする人達はその扉をスタート位置に、ただ島の周りをグルグルと歩くだけだ。
天然の樹木に囲まれている島だが、そのさらに周りには扉を中心にぐるっと人工の壁を作り、観光客が間違って入らないように区切られている。
島への入口は扉からのみだ。
なので、ここで停滞しているということはここにいる人間はみな、上陸するためにいるようだった。
顔に傷がある怖そうな男性や、外にあまり出ないのか肌が真っ白な女性。
そんなにも暑くない気候だというのに、長袖長ズボン、しまいにはマフラーをしている人。
そしてチェックのTシャツにジーパン、漆原 愛の顔がプリントされたリュックを背負っている人。
学生だろうか、制服を着用している者もいた。
そして──どこかで見た事のあるような、絹のように柔らかそうな、ピンクの髪をした女性がいた。
女性というよりかは、たぶん女子のほうが近い。
小柄な彼女。
大和が病院で会話したあの子も、確かピンクの髪をしていた。
大和は遠目に気づいた。
しかし、身体の小さな彼女は周りの人間に囲まれ見えづらかった。
「AS、僕、あの子に話しかけたい」
『え?どうしたんですか急に。
大和様がそんなまさか』
無感情に淡々と驚いたような口調で、ASは言う。
「そっか、ASはあの時MMSの電源切ってたからわかんないのかな。
ほら、病室に戻る前に話したでしょ?
MMSが勝手に光出したときに、話しかけてきた女の子の話。
あの時、暗かったり明るかったりで顔まではよく分かんなかったけど、髪の色があんな感じで綺麗だったんだよ。
だからね、もしあの時の女の子だったなら、話を聞きたいなって思って」
でもよく考えたら僕って、コミュ障じゃん!と一人で喋って、一人で自分にツッコミをいれる大和。
人に話しかけられる(絡まれる)ことが得意な大和だが、人に話しかける、ましてや女の子に話しかけるなんてもってのほかで、もし近くにいたとしても大和は話しかけられないのかもしれない。
『大和様、人間誰しも行動で人生が変わるのですよ。
それに勇気100倍な今の大和様ならいけます』
人工知能に励まされるように諭される。
感情を持たない、ただただ質問に対してデータ化し、最善の答えで返すことを目的として作られているそれに、やる気をもらったのか大和は、よし!と力を入れ歩き出した。
しかし、その甲斐もなく、歩き出した瞬間に扉に一番近い人物が声を出した。
「ここに漆原 愛ちゃんを守るために集まった方はおりますか!」
そうだ、ネットで広まった漆原 愛を守ろうというようなスレッド。
その人間が本当に来てしまえば、すぐに島に上陸できないかもしれないがために、大和はすぐにここに来たのだ。
その予感が的中したのか、そう叫んでいる人間がいた。
「ぼきゅもそうです!」
と、その人間の次に声を出し、手を挙げた人物がいた。
先ほど見かけた、漆原 愛がプリントされているリュックを背負う者だった。
大和もせっかく気合いを入れたのに!と悔しがっているが、その様子を見守る。
「おお!同士よ!なんとうれしいことか!本当に来ている者がいるとは!」
ハグをしようとしているのか、手を挙げているその人に手を広げながらに近づく。
と、思っていたのだが、
「なーんて言うと思ったか?豚が」
「うぅ!!」
広げていた手を近づいた瞬間にグーへと変えた。
殴られた人は衝撃でその場に倒れこんだ。
それからその人と目線を合わせるように、かがむ。
「お前みたいなキモヲタがくそみたいに気持ち悪いんだよ。わかるかな?」
クイっとかけていた眼鏡を上げ、いやらしく笑う。
「ここにお前みたいなやつがほかにいると思うか?
あんなネットだけで粋がってるやつが、ここに来れるわけないだろ?」
そう言われて、倒れこんだままに周りを見渡す。
しかし、誰もその出来事に興味がないのか見てはいるが誰も口を出そうともせず、ただ見ているだけだった。
殴られた人間は涙があふれてくる。
「ここにいるのは、クズか人生に絶望して死に場所として選んでいるか、物好きだけだ。
分かるよな豚君? まあお前みたいなクソにこそ、こういうところで死んでほしいもんだけどなあ」
ははは!と笑う。
それにも誰も何も言わなかった。
その人が言っていることはきっと本当なのだろう。
いくら匿名ではなくなり、実名制度になったからといって、ネットでの発言が全て真実に変わるわけではないのだ。
しかも人気絶頂アイドルがそんな場所に行だなんて、誰も本気で信じていないのかもしれない。
ただただその場で、それを聞くことしか出来ない自分が悔しいのか、それとも恐怖なのか、涙が止まらない殴られた人物。
「ね、ねえ!君、大丈夫?」
と、そんな誰も声を発していない時に心配の声を上げたのは、なんと大和だった。
『大和様』
ASもデータにないまさかの行動に、驚いたのか言う。
しかし、大和は大丈夫、と小さく言い、そこに駆け寄る。
「なんだ君?まさか、漆原 愛のファン?」
声を上げる者などいないと思っていたのか、眼鏡をもう一度クイっと上げ、少し驚き顔で言う。
「ファンではないですけど、かわいいなあとは思ってます。
それにしても、どうして殴ったんですか、この方のこと」
大和はしゃがみ、倒れていた手を取る。
今までの大和ならこんなことは出来なかっただろうと思う。
誰かのために前に出、手を差し伸べるなど。
立ち上がらせて言う。
「とりあえず、傷の手当てしたほうがいいかもしれませんね」
「待って待って。君、いきなり出てきてなに?
そいつのお友達かなんかなの?」
「いえ……。でもいきなり殴られてたからひどいなって……。
それで、もう一度聞きますけど、どうして殴ったりしたんですか?」
大和は長い髪から睨む。
勇気を出してはいるものの、大和は少し怖いのか、肩が震えているようだ。
相手は、はあ……と呆れたように大和に近づいて、
「こういうことだよ!」
「うっ!」
またしても、人を殴った。
先ほどの人物よりも体重が軽いからか、後ろに吹き飛んだ。
ザッという音ともに少し転がる。
呻きながら、大和は顔を上げた。
「むかつくから殴るんだよ。君のその顔、とってもむかつくよ」
「くそ……」
大和は悔しそうに顔を歪める。
痛いからでなく、ただ悔しそうに。
何もできない自分に腹が立っているのだろうか。
「それで?次はそこの豚君がこの人のこと助けるの?」
と、大和を指を差しながら言う。
しかし先程助けた人物は、無言で俯き、後ずさった。
「はは、ばかなやりとりだね。
恩を仇で返すとはこのことか」
それを見て、大和はぐぐっと力を入れ立ち上がり。
言った。
「大丈夫だよ。僕、殴られてるのには慣れてるから」
二コリと笑った。
言われた本人は逆にその行動をされ、心が痛んだのか、ハッとなるがそのまま誰もいないところへと駆けて行った。
「とってもかわいそうだね。
なんかむかつくからもう一発殴ってもいい?」
理不尽なその言葉に大和は目を瞑る。
殴りかかるモーションをしたところで、
「弱い者いじめはもうやめときーや」
と、誰かが言った。
訛りの強いその言葉で殴るのをやめた。
「なんだい?今の誰だ?」
「ワイよワイ。兄さんえぐいくらいださいなあと思って。
弱い者に強く出るんは余計弱く見えるからやめときー」
なんだと?と、声の主を探す。
キョロキョロしてようやく見つけたのか、そこをジッと睨む。
そこには開いているのか、見えているのかわからないような細い目をしている人物が見えた。
3、4人の集まっている中心にその人物はいる。
「そんな睨むのやめてーな。怖いっちゅうねん。
あ、ワイは笹原 類ゆうねん。
笹に原っぱの原に、種類の類って書くんよ」
怖いと言いながらも、ビビった表情一つせずに、飄々と答える笹原。
それからーと周りの人間の紹介もしていく。
「ワイの仲間達も紹介するよ。
こっちのポニーテールの綺麗なねーちゃんは明星 凛ちゃんでー、こっちの強面の禿げた兄ちゃんは牟田 篤くん。
そいでから、こっちのイケメン兄ちゃんは野上 慶くん。
それで、そこから見えるかは分からへんけど、後ろにおるちびっ子は笹ヶ峰 きらり ちゃんや。
以後よろしゅうたのんます」
一礼する。
後ろから小さな女の子の誰がちびっ子や!という声が聞こえる。
紹介されたほかの三人は、微動だにせず笹原の周りに立っている。
「いやいや、名前を聞いているわけじゃないんだよ」
会話がうまく成立しないことに腹が立ったのか、苛立った様子を見せる。
「まぁまぁ、とりあえず自分の名前も教えてーな。
眼鏡くんって呼ばれるん嫌やろ?」
「……日坂 守。
はぁ、興醒めしたからもういいよ。
それじゃ、僕はお先に行かせてもらうよ」
日坂は笹原の飄々とした態度に疲れたのか、扉から島へと上陸しようと歩き出す。
笹原はそれを見て、待ちーや。と制する。
「なんだい? もうこれ以上君とは話したくないんだけど」
「あんさん、そんな簡単に入ってええんか?
ここに入ったらもう戻れるかわからへんのやで?」
笹原は言う。
日坂は何の気なしに入ろうとしていたが、島に上陸するということは笹原の言う通り、戻ることが出来るのかは分からない。
そんな所に日坂は見た限り手ぶらで入ろうとしていたのだ。
「君には関係ないだろう?
それともなんだい?君、もしかしてここに来てビビってるの?」
ニヤリと笑い、煽る日坂。
それを聞き、笹原もやり返すようにニヤリと笑った。
「あんさん、さっきは弱いものいじめしてだっさいのうって思とたけど、そんなことあらへんみたいやなぁ。
あんさん、見たところワイらと同じ《《あっち側》》の人間やろ?」
「ああ、そう。君もそうなんだね。
ま、お互い頑張ろうね」
そう言い、守は扉の横についていたモニターにMMSをタッチし開けて、入っていった。
いとも簡単に。
それが合図だったかのように、ほかにいた人間たちも無言で入っていく。
誰もが躊躇せずに、MMSをタッチしていく。
命懸けのはずなのに、誰一人止まらない。
そんな異様な光景を大和は目にし、動けないでいた。
「そこのにいちゃーん。二回も殴られへんくてよかったなあ」
そんな大和を見て、そう声をかけてきた。
あ、と大和は気づき言う。
「さっきはありがとうございました。助けてもらって。あの、その、僕の名前は藍沢 大和です」
「挨拶出来てえらいね。
藍沢くん、あんまりにも君が弱っちいもんで、可哀想になってしもてん。
ほやから、別に君とは仲良くなるつもりはあらへんよ。ワイ、弱いやつは嫌いやねん」
大和は黙った。
痛いほどにその言葉が大和に突き刺さったのか、何も言い返すことは出来ない。
ちょっとの勇気だけでは、人は助けられない、救えないのだと、改めて感じているのだろうか。
「自分、ここには観光で来たんやろ?
ほな、はよう島の周りでも体験して、お家帰んなね」
ほなねーと、笹原は扉に向かう。
それに付き添うようにほかの四人も同行する。
後ろのきらりは馬鹿にしたように、大和を指差して笑う。
そのきらりの態度に怒ったのではなく、大和は類の観光に来たという言葉にカチッと来たのだろう、歩いていく笹原たちに向け、あの、と声をかけて言う。
「僕は、観光に来たわけじゃありません。
お姉ちゃんを助けにきたんです」
大和は威圧たっぷりの表情で言った。
決して遊びに来たんじゃない、覚悟を決めてここに来たんだと訴えるように。
それを見て、笹原の細かった目が見開き、笑う。
「ええ顔や。あんまりに弱かったもんで観光思てしもたわ。堪忍してや。
藍沢くん、君がそんな顔出来るなんて誰も思わへんて」
かかか、と笑う類。
「そうだそうだ!うち、ちょっとビックリして漏らしそうになったんだから謝ってよね!
こう見えてまだ九歳なんだから!」
と、見た目九歳、本当に九歳のきらりは言う。
フリフリとした小さなドレス姿で熊を右腕に持っている。
ふんすっと威張り顔の彼女は、自分は大人だ!と言いたげな表情だった。
「きらり、漏らすなんて言葉、はしたないのでやめなさい」
綺麗なポニーテールを揺らしながら、きらりを叱る明星。
その絵柄はまるで親子。
きらりは怒られて、少ししょぼくれたのか持っていた熊のぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
その姿はあまりにキュートだった。
それを見た明星は、凛とした表情の顔を緩ませ、微笑んだ。
せっかくの美人が、この時は少し残念に見えた。
「類……俺はもうはやく行きたい」
牟田はのそのそと歩き、今すぐにでも島に上陸したそうだった。
それを聞いて、笹原はすまんすまんと言い大和に背を向けた。
みな、同じようにして大和に背を向けて笹原を追う。
「藍沢くん、島の中で会ったらよろしゅうな。
まぁ、次はどんな形で会うかは分からへんけどな」
顔だけ振り向き、目を見開き言う。
あまりの威圧感に大和は後退りしてしまった。
まるで人殺しのようなそんな目を向けられ、大和はまたしても動けずにいた。
野上もなんか言うたりーや。と、笹原の背中越しに聞こえたが、長髪の男、野上は黙って何も言わなかった。
それから扉を開け、ほかの人達と同じように島に上陸していく。
大和はそれを見送ってからその場にへたりこんだ。
『大和様、何故あの方を助けるようなことしたんですか?何か策があるわけでもないように思いましたが。それに殴られ慣れてるって、大和様、そんなことはないですよね』
「……身体が勝手に動いたんだよ。
僕だってほんとは殴られたくなんかないよ」
いてて、と大和は頬を撫でる。
赤くなったその頬はいまだに痛々しく見えた。
その座り込んでいる大和に影ができ、不思議に思って大和は見上げると、スカートから出た白く細い太ももが見える。
そこにたまたま風が吹き、スカートの中の布が見えてしまう。
大和はうわー!と叫んで急いで目を逸らした。
「け、けけ!決して見てません!
たまたま見上げたら白いものが見えただけで!」
と、両手を使い、ブンブンと顔の周りで動かしまくる大和。
顔は真っ赤になり、とても焦る。
しかし、そこに現れた女の子は気にした様子もなく、スっとハンカチを大和に差し出す。
「血、ついてますよ」
言われて大和は口元を拭う。
その通りだったらしく、手には薄く血がついた。
もう一度見上げ(多分、パンツを見るためではない)、顔を確認するとピンク髪のあの女の子だった。
「あ、ありがとう……」
大和は逆に話しかけられるという、まさかの展開に驚いているのか恐る恐るといった表情で、渡されたハンカチを受け取る。
血色が良く、ピンクの薄い唇。
白く透き通った肌。
パッチリとした目。
幼さの残るその顔に大和は見惚れてしまい、ハンカチを受け取ったまま動けなくなってしまう。
「どうかしましたか?遠慮なく使ってください?」
屈んで、顔を覗き込むようにその女の子は動く。
ハラリと柔らかそうな髪も同じように動く。
それには色気も含んでいた。幼い顔をしているのに、艶やかで、きめ細やか。
しかし、屈んだせいで童顔とは裏腹な豊満な胸元がチラリと大和から見えてしまう。
「ぶっ!!!」
耐性のない大和は鼻血が出そうになったのか、鼻を抑えてまたも後ろを向く。
あまりに無防備なその動きは男を魅了し、翻弄しているようだった。
「ま、待ってください! ちょっと冷静にさせてください!!」
大和は後ろを向いたまま、必死に言う。
バタバタとするその姿はとても情けなく見えた。
しばらくして、落ち着きを取り戻した大和は深呼吸をしてその子の方へと向き直る。
「あ、あの、ハンカチ、どこかで洗ってから返しますので… …」
しかし、大和は俯き気味に言い、相手の顔を見ることは出来ずにいる。
「いえいえ、そのまま返してもらっても大丈夫ですよ。全然構わないですよ」
「そ、そんなそんな。ちゃんと洗ってからにします……」
「大丈夫です。渡してもらえれば私がやりますよ」
「ダメです!血が少しついちゃったので!」
そんなやり取りを繰り返す。
あまりにしつこい大和に女の子諦めたのか、分かりましたと言い、立ち上がる。
大和はハッとし、パンツをまた見てしまわないようにか、同じように立ち上がった。
「あ、あの、一つ聞きたいことがあって」
「? なんですか?」
「あの時、病院に居たのってあなた、ですよね?」
明かりは少なく、見えにくかったが、確かに赤い制服のブレザーに、チェックのスカート。
柔らかそうなピンクの髪。
少々小柄な彼女は、確かにあの時病院で突然現れた少女の特徴によく似ていた。
「病院……。確かに私はよく病院には行きますが、あなたとの面識はないと思います」
私が覚えていなかったら、ごめんなさい。と、ペコりと彼女はお辞儀した。
あの時の彼女は明らかに大和のことを知っていた。
だとするとこの子は別人なのだろうか。
あまりに似ている特徴に対して、その返答が納得いかないのか、大和は微妙な顔をしながらも、
「そ、そうですか、僕の勘違いみたいですね」
と、言った。
微妙な空気が流れる。
大和が最も嫌いな気まずい空気だった。
「そ、それにしても、さっきは事故ではありますがパンツ見ちゃってすいませんでした」
あははー、と、愛想笑いする大和。
ASが小さく、なんでこのタイミングでそれなんですか。と、言った。
「……あらためて言われると恥ずかしいのでやめてください……」
実は恥ずかしかったらしく、顔を赤 らめ俯いた。
気にしていないフリをしてくれていたのに、大和は地雷を踏んでしまったらしい。
人との付き合いに対して不器用な彼は、逃げ道に地雷を置いてしまうアホなのだった。
「それにしても、先程はすごかったですね。
私、とても勇気があってすごいなって感動しました」
「あー、さっきのは、なんていうか、ただ殴られただけなので……」
作戦なく突っ込んで行って、ただ殴られ、ほかの人にお情けで助けられただけの大和は微妙な顔をする。
しかしそれでも、彼女にとってはとても勇気ある行動だったらしく、目を輝かせ、さらに言う。
「で、でも!あれがなかったら、あのおデブさんはもっと酷い目にあってたかもしれないので!」
見た目と雰囲気からしては、意外なほどにグイグイな彼女に、大和はズズっと後退りしてしまう。
女の子に言い寄られるなど未体験な大和。
「そ、そんなことないですほんとに……。
あの、すいません、お名前だけ聞かせてもらえませんか?」
「あ、そうでしたね。自己紹介がまだでした」
そう言って、彼女はMMSを起動してプロフィールをモニターに映し出す。
《牧瀬 時18歳 知能A 身体能力E 特技 なし》
大和はじっっっくりと彼女のプロフィールを見ていく(ちょっと気持ち悪い)。
「あ、ま、牧瀬さん年上だったんですね!?」
大和は驚く。
童顔故に自分よりも年下と思っていたようで、それもかなり。
牧瀬はその反応を予想していたのか、慣れたように返答する。
「あはは……よく言われるんですよね。
ひどい時には中学生なりたてだとか……」
しょぼんとしたように俯く牧瀬。
大和は慌てて否定する。
「ち、違うよ!牧瀬さん!別に悪い意味とかじゃなくて!むしろ可愛らしくていいじゃないですか!
ほら!顔とか以外はとっても大人っぽいというか!」
カーッと真っ赤になっていく牧瀬の顔。
あまりに女性慣れしていない大和は、喋る度にどんどん墓穴を掘っていく。
『それくらいにしてあげてください、大和様』
それを見かねた大和の優秀な人工知能、ASは助け舟をいれた。
『牧 瀬様が困っていますよ。大和様もいいかげん女性というものを理解すべきです』
「め、めんぼくない……」
大和はしゅんとなる。
ASの言葉がその通りすぎて、言い返すことさえ出来ない。出来るはずがないのだ。
『牧瀬様、ご主人ではありますが、このダメダメな大和様をどうかお許しください』
「い、いえ、私の方こそそんなにコミュニケーション能力が高くないので……」
そんな優秀なASちゃんのおかげで、なんとかその場をやり過ごせたようで、少し和む。
大和ももう一度ごめんなさいと謝り、また一つ彼女に尋ねる。
「牧瀬さんはどうしてここに……?
まさか上陸しようと……」
大和は疑問に思ったのか、そんなことを聞く。
観光なら今ここで立ち止まらずに歩いていくはず。
しかし、あまりに華奢で、どこか弱々しい彼女がこんな場所にいるには不釣り合いというものだ。
「……昨日は漆原 愛さんの話題で持ち切りでしたが、その裏ではあることも起きてたんですよ。
不自然だとは思いませんか? ここにあんなに人がいたのが……」
言われて大和は気づく。
漆原 愛を守ろうというようなスレッドがたくさん立っていて、もしかしたら本当にここにその人たちが集まったらまずいと早めにここに来た。
しかし、先程の日坂の問いかけに応えたのは一人だけだった。
ということは、それ以外の目的で集まっている。ということになるのではないか。
だとしたら、その目的とは……。
「昨日の夜、政府はある計画をしたんです。
犯罪を犯し、実刑を受けている人間を島に上陸させようっていう……」
「え……」
大和は驚愕した。
それはあまりに人権を無視した行動なのではないか、政府が、国が、そんなことを許されるのかと……。
しかし、思い出すと先程までここにいた人物たちは明らかに異常で、し かもそれに慣れている風だった。
「確かにあの関西弁で話してた人……笹原って人が日坂って人にあっち側とか、なんとか言ってた……」
つまりはそういうことなのだろう。
ASも着いた時に言っていた。
前科持ちでも容認される所。
政府としてはそれは逆に好都合。
「そうなんです……。そして国はこうも言いました、もし、ここに入って、そして出ることが出来たなら罪を帳消しにすると……。
だから、だから私はここにいます」
「それってつまり……」
「私は……私は人を殺しました。犯罪者です。
なので、私も上陸します」
俯き気味に彼女は言った。
見た目、雰囲気、話し方からは想像出来なかった。
それでも彼女はそう言った。
大和は何も言えずにいる。
衝撃の事実というよりも、こんな子がどうしてと言いたそうに呆然としていた。
「……とは言いましたが、実際のところはあの方たちが刑を受けていたのかは分かりません……。
私も人を殺したという容疑なだけなので……。
ただ、そういう計画が昨日秘密裏に、私たちのような人間だけに発表されたんです」
と、彼女は言った。
いまだに何も言えない大和。
代わりをするようにASが口を開く。
『なるほど。私のデータにもないので、本当に秘密裏に犯罪者だけに対して、その話が持ちかけられたようですね』
犯罪者。
その言葉を牧瀬も含めて言っているASに、大和は何かを言おうとしてやめた。
人は見た目では判断できないし、自分の知らないところで起こったことの真実は分からないのだ。
「……そういうことなので、私もそろそろ上陸しますね」
彼女は話してしまったことに申し訳なさそうにそう言い、歩き出す。
大和はグッと拳を作り、
「あ、あの!牧瀬さん!」
と、呼び止めた。
牧瀬はあまりに大きな声にビクッとなり、は、はい。と恐る恐ると言った風に振り向く。
「ま、牧瀬さんが犯罪者かどうかは、僕には分からないんですけど、それでもハンカチを貸してくれた牧瀬さんはとても優しいと思いますし、それに……容疑だから……」
……だから、と、大和は尻すぼみに言う。
容疑だからなんなのだろう、と大和も自分でも思っているのか、徐々に言葉に自信がなくなっていく。
「も、もし、牧瀬さんがよかったらなんですけど……僕と、僕と一緒に島に上陸しませんか?」
大和はそう言った。
自分でも何を言っているのか、あまり分からなかったのか、言った瞬間にハッとする。
やってしまったと、大和は俯いた。
「……お気持ちは嬉しいのですが、上陸してすぐにここを脱出しようかなと考えているので……」
「……!そんな!そんなことしたら!」
そんなことをしたら、無事には済まない!
なんとかして!せめて無傷で脱出する方法を探してからでも……!
そんな風に大和は言う。
「私だけ無傷でこの罪を償うなんて、そんなこと……あの人はもう帰ってこないんです……。
だから私だけそんなずるい真似、できません……」
大和はなにも言えない。
そもそも口を出すべきではないのだ。
罪を償うためにここにやってきた少女を、気にしてしまうこと自体、良くないことなのに大和は口を出してしまった。
それでも、何故か、何故なのかはわからない、不思議と牧瀬を見ると大和は安心してしまう。
彼女のことを見ると、どうしても放っておけなくなってしまう。
大和は向けられた困った顔に、動けない。
『では、こうしましょう』
優秀で、優秀でしかたのない人工知能は言った。
無感情で機械的な話し方で。
しかし、それは二人にとっては暖かくも感じる、救いの声だった。
『牧瀬様がもし、上陸してすぐに脱出しようとしたなら、それに大和様も付き合います』
「なっ!?」
救いの声だと思いきや、大和にとってあまりに衝撃的な言葉だった。
『大和様、出来ないんですか?』
「……」
出来ない。なんて、言える空気ではない。
しかし、大和は姉を助けると決めた以上、そんな行動が出来るとも言えない。
ぐぬぬ……と悩んでいる様子を見て、牧瀬はクスクスと笑っていた。
口に手を当て、クスクスと。
「ま、牧瀬さん?」
「……ごめんなさい。ふふ。違うんです。
あなたの人工知能、とってもおもしろいなって。
なんだか人間みたいにめちゃくちゃ言うなって」
ふふ。と、牧瀬のツボに入ったのか、まだ笑っている。
「僕の人工知能、ASはいつもこういう風に僕をからかうというか、めちゃくちゃ言うんですよね……」
大和は困ったように言うが、それが今回は功を奏したようで、場の空気が変わる。
「……分かりました。私、あなたも脱出してしまったら、それこそ本当に罪を償わなきゃいけなくなっちゃうから、だから、無傷で脱出する方法、私、探します」
「……本当にってことはもしかして」
「私のことについてはいずれ話します。
だからまずはあなたの名前、教えてくれますか?」
ニコッと彼女は笑った。
その顔は可愛らしくて、安心出来る笑みだった。
大和もつられて笑う。
誰かと面と向かって笑い合うなど、全くと言っていいほどしてこなかった大和は、自分の行動に驚き、スっと緩んだ顔を戻す。
それから、おほん、と咳払いを一つ入れて、
「僕の名前は藍沢 大和です。
あらためて、よろしくお願いします」
ペコりと一礼する。
牧瀬もお辞儀し、二人は顔を上げる。
上げると、牧瀬が不思議そうな顔で大和の後ろを見ていた。
大和も首だけ後ろに動かすと、そこにはいつの間に居たのか、屯所で見かけたような、フードを被りローブを着た人間が立っていた。
大和は驚いて、うわー !と言って、飛び上がる。
「これは申し訳ないです」
女性なのか、可愛らしい声が聞こえた。
そう言ってその人物はフードを脱ぎ、顔を晒す。
どこかで見覚えのある顔だった。
大和はその顔を見て、口をパクパクとさせて指を指す。
失礼な行動だが、そう驚くのも仕方ないのか。
出した彼女の顔は、ここ最近人気のアイドル。
話題のアイドル。漆原 愛だった。
「う、漆原 愛!……さん!」
「……? はい」
漆原は、何をそんな驚いているんだろう?と言ったような顔で首を傾げ、淡々と返事をした。
ネットだったり、テレビで見るような、とても明るい意気揚々と、楽しげに話す彼女とはかけ離れている気がする。
しかし彼女は、返事をしてから、あ。と何かを思い出したようにローブを脱ぎ捨て、
「そうだよ!私が漆原 愛様!……ではなかったです。
愛だよ!驚かせちゃったかな?ごめんね! 」
キャピ☆と効果音でも聞こえてきそうなほど、ウィンクをし、ピースをしてポーズを決めた。
大和と牧瀬はあまりの変化に反応出来ない。
静寂が訪れる。
「……ごめん、ごめんねー。驚かせちゃったね。
そんなつもりはなかったんだけど、あまりに二人とも雰囲気がピンクだから話しかけられなかったよー」
と、ポーズをやめ、普通に話す。
それでもやはり最初の反応との違いに戸惑いつつも、大和は何とか返事をする。
「あ、愛たん最高!!」
「ありがとー!!!」
なんと大和は、あまりのアイドルぽさにそんな返事をしてしまったのだった。
牧瀬の微妙な顔が、視線が大和に突き刺さる。
少し無言を貫いた後、鼻をすすり、咳払いする。
「あの……昨日のネットでのはな、話、ほんとだったんですか……?」
大和は緊張しているのか、それとも単純に初対面の人と会話することが苦手なのか、噛みながらに言う。
「そうだよ!だから、ここにいるんですよ!」
「で、でしゅ、ですよね!」
大和は見れば見るほどに漆原 愛だと再確認していくのか、緊張で顔が強張っていく。
二つのお団子を頭に作り、綺麗な茶色い髪をしていて、今から本当にこの島に入っていくのかと疑ってしまうくらいにフリフリしたスカートを履いていて、背中には大きなリボンをつけている。
赤いメリージェーンを履いていて、こんな所ではとても歩きづらそうに見える。
しかしプロ魂なのか、そんな格好をしていた。
「……でも全然人いないね! 私が来るって言ったのに誰もいない!」
「……さっきまではい、いたんですけどね。
でも漆原 愛さんが来るって誰も思わないんじゃ……」
「そっかぁ。そうだよね!こんな島、誰も上陸したいって思わないよね!」
うんうん!と、さして気にしていないようで、しつこいくらいに明るい漆原。
しかし、コソッと岩の影に人が見えた。
「おやおや?そこに隠れているのはもしや!
まさか!愛ちゃんのファン!?」
ザッザッと早歩きで近づいていく漆原。
素早い動きに大和は何も言えない。
身軽すぎるのだ。
「どうしたの?そんな影にいて!
ほらほら、こっちおいでよー」
影にいた人は手を掴まれ、無理矢理に引きずり出される。
どこにそんな力があるのか、自分の二倍以上はある巨漢がそこには現れる。
そうだ、先程大和と同じように殴られていたあの人物。
日坂に殴られ、どこかへ行ったと思っていた。
「あ、あああ、ああ、愛たんがぼきゅの腕を!」
握られていた腕を眺め、大興奮する。
その姿はとても醜かった。
しかし、それを気にした様子もなく漆原は、
「君の名前はなんて言うのかなー?」
と、自己紹介を迫る。
「あ、ああああ、愛たんがぼきゅの名前を聞いている!?ぼきゅの名前は聞く子も黙る!
佐野 皇帝でしゅよ!!!」
キラキラネームブームが去って、かなり経っているのでとても珍しい名前故か、みな黙る。
確かに聞く子も黙る名前だった。
「い、良い名前だね!!
愛ちゃんのファンのかいざー君はー!愛ちゃんと一緒に上陸してくれるのかなー!?」
漆原は少し戸惑いながらも、プロ故か、アクシデント(?)に強いらしく、そんな風に変わらず佐野に言う。
大和と牧瀬は、漆原のその対応におー、と、関心したようにそれを見つめる。
「あ、当たり前でしゅよ!さっきは本気を出していなかっただけで、あんなやつらボコボコにしてやるでしゅよ!」
冷や汗をかきつつも、シュッシュとシャドーボクシングをする佐野。
体型も太り気味で、不格好なソレを見ても中々頼りにはならなさそうだった。
「さっきっていうのがよく分かんないけど、頼りになりそうだねー!よーし!さっそく行ってみようか!」
元気いっぱい扉に指を差し、漆原は歩き出す。
何の躊躇もなく。
ザッザッと震えているようにも見える佐野を引き連れ、行く。
「う、漆原さん!ちょっと待ってください!」
と、大和はあまりにも勢いが良すぎるその行動を見かねて声をかける。
先程までここにいた人達のように、ためらいがなさすぎるそれに大和は焦っているのか、あせあせと漆原に寄っていった。
「なんだいなんだい!
君も愛ちゃんと一緒に来てくれるのかい!」
「え、えっと!そうじゃなくて!
う、漆原さん、反省するためとは言え、どうしてこんな所にい、行こうと思ったんですか?」
あまりにも危険すぎるのに、どうして。と、大和は言う。
漆原はさして気にしていないように、
「え?だって世間様にご迷惑をおかけしてしまったんだから、それくらい当然でしょう!
愛ちゃんはそれくらいしないとダメダメです!」
当然、なのだろうか。
あまりに楽観的なその雰囲気に、大和は少し漆原が怖くなったのか黙ってしまった。
気にせず漆原は続ける。
「なので行きますよ! みんなで行けば怖くない!
そんな風に愛ちゃんは思うので!」
ニコりと笑う。
牧瀬とは違う、元気いっぱいの笑み。
その笑顔に世界中が虜になってしまう理由をなんとなくだが、理解してしまう。
誰もが元気になるようなそんな笑顔を、ぱっと花でも咲きそうなくらいに心があたたまる笑顔。
けれども、それはどことなく機械的な顔にも思えてしまった。
プロ故の、義務的な笑顔か。と。
しかし大和は、その笑顔を見て、顔を伏せる。
「……でも僕のお父さんは、ここから昨日脱出しました。その時に眼球ごと、失くしたんです。
だから……漆原さんもきっと無事では帰れませんよ……。生意気言ってるのは分かります」
でも……と、大和は少しでも犠牲者を減らしたいと言う。
反省だとか、迷惑をかけてしまったからとか、それはあまりにも、簡単に行動しすぎではないだろうかと、大和は考えているのだろうか。
漆原は笑顔をやめ、真顔で言う。
「……あなたの名前、教えてくれますか?」
「……藍沢、大和です」
「やまとくん、愛さ……私は、簡単には考えていないですよ。とても悩んで、悩んで、ギリギリまで答えを出さずにいたんです。
その末に私は今、ここに立っているんですよ」
きっと誰も、こんな所に来るのは生半可な気持ちではないんだろう。
それは大和も分かっていた。
それでも犠牲者は少ない方がいいし、誰かが傷つくのは見ていられなかったのかもしれない。
「……そうですか。なら皆で行けば怖くない。
そう漆原さんは言ってました。だから僕と牧瀬さんと、一緒に入りませんか?ここに」
大和は扉を見る。
誰も中途半端な気持ちで来ていないのだ。
だったら、一人よりも二人、二人よりも三人。
そういう風に大和は思う。
それでその先で全員が無傷で出られる方法を探す。
今はその気持ちだけで、いい。
姉を助けて、皆でここを出る。
今の目的はそれなのだ。
「そうだね!でも、三人じゃなくて、四人だと思うよ!」
再び笑顔を作り漆原は言う。
佐野を合わせて四人だと。
しかし、佐野は先程、勝手だと言っても大和に庇われていて、そして佐野は大和を見捨てた。
それを気にしているのか、あまり大和に近づこうとはしなかった。
「ぼ、ぼきゅは……」
頬を擦りながら言う。
大和はそれを見て、佐野に笑いかけ、同じように頬を擦りながらに、
「痛かったですね、とっても!」
と、言った。
相変わらず笑顔が下手な大和だが、佐野はそれを見て少し安心したのか瞳をウルッとさせた。
「申し訳なかったでござる……藍沢殿。ぼきゅは、怖くて何も出来なくて、藍沢殿のこと見捨ててしまってござる」
いつの時代だろうか。
佐野の話し方にはブレがあるようで、そんな喋り方をする。
いや、それともこれがデフォルトの話し方なのだろうか、それはまだ分からないが大和はそれに戸惑いながらも話す。
「だ、大丈夫ですよ!あんないきなり殴られたら怖いですよね……僕も正直、殴られたときは震えてましたもん」
あはは、と大和は笑う。
「そ、それでも藍沢殿の行動はぼきゅには出来ないので……」
しゅんとする佐野。
しゅんとなっているにも関わらず、体が大きい彼は小さくは見えない。
少し暗くなってしまった佐野に漆原は言う。
「こらこらかいざーくん!愛ちゃんが見てるんだから、もっと強くいてもらわないと!困っちゃうなあ!」
言われて佐野は、俊敏な動きでシャドーボクシングをまた始める。
とても単純らしく、漆原の一言で彼は元気になるようだ。
牧瀬はそれを見て、クスクスと笑う。
笑い上戸なのだろうか?
大和も同じようにクスッと笑った。
「さ、皆で行ってみようか!
かいざーくんもいいんだよね?」
佐野は漆原が上陸するからと、そんな気持ちでここに来たのだ。
それは言ってしまえば、一番曖昧な理由でここに来ているのだ。
漆原のために、と。
「……ぼきゅは愛たんが全てでござる。
リアルではもう生きられないところまで来ているでござる。
さっきは怖くて動けなかったでござるが、愛たんのためなら死ぬことも怖くないでござる」
大和は何も言わない。
曖昧な理由だろうと、もうここに中途半端な気持ちで来ている人はいないのだと思ったからか。
むしろ誰か一人のためにここにいるのは、大和も同じだからか。
佐野と漆原、アイドルとファン。
漆原からしたら、言ってしまえば客なのだ。
それに一緒に来て欲しいとネットで公言したわけではない。
「……かいざーくん、私は不器用だから、あまり分からないけど、かいざーくんが一緒に来てくれると言うなら、私は何も言わないからね」
「……分かっているでござる。
ぼきゅに生きる希望を、意味を教えてくれた愛たんを守ることだけがぼきゅの今ここにいる意味でござる」
本当に来るとは思ってはいなかったでござるがな……。と、佐野は言う。
しかし中途半端な気持ちではないのだ。
本当は佐野は漆原に会えて、興奮を抑えきれないのだろう。
目がキラキラとして、まるで太陽を見ているような表情だ。
それでもここで騒ぐのは、失礼だと思っているのだろう。
漆原の反省に賛同し、それを手助けしようとしている。
彼にとって、漆原は絶対で、危険な所に行くのなら止めずに自分が行動する。
それが彼なりの武士道のようなものなのだった。
「ありがとうかいざーくん。とてもうれしいよ。
それじゃあ、みんな、いこっか!」
佐野の言葉に納得したようで、お礼を言い、再び扉へと向かう。
今度は四人で。
大和、牧瀬、漆原、佐野。
とても不思議な四人だが、雰囲気は良かった。
まずは漆原がMMSを近づけて、扉に認証させる。
佐野も続いて認証する。
牧瀬は少し考えた後、首を振り、MMSを近づける。
残りは大和だけになった。
「……AS、それじゃあ行ってくるね」
大和はASに伝える。
ここから先は電波がない。
MMSは使えない、だからASともここで一旦お別れだ。
『はい、大和様、お気をつけて』
ASはいつも通り、淡々と言う。
それがいつも通りすぎて、大和は逆に嬉しくなったのか笑う。
「きっと帰ってくるよ。待っていてね」
『はい、ですがMMSを身につけている限りは私は大和様の傍にいますよ』
「まぁそうなんだけどさ……」
でもそういうことじゃないんだよと、大和は言う。
何度こうやって会話しただろう。
人工知能であるが故の答え。
ASのそういう所は大和は少しだけ好きだった。
「行ってきます」
ピッと認証させ、扉を開ける。
ここからはもう逃げられない。
それでも姉を助け、無傷でここから出る。
それを目的に、大和は一歩島へと足を踏み入れた。