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06

 無事にアパートに着いたノボルは車を降りる。車の助手席の床にはヒメモスの吐しゃ物があった。ノボルはヒメモスを助手席から降ろす。ノボルはぐったりしたヒメモスを背負いながら話しかける。

「ヒメモス、大丈夫か? もう家に着いたからな」

 ヒメモスは背負われながらこくりと頷いた。ノボルは二階にある自分の部屋へと階段を昇って行く。ヒメモスを背負いながら、片手で鍵を開け部屋に入る。

「……臭い」

 部屋の玄関でヒメモスが呟いた。部屋の中は相変わらず雑然としている。ノボルはベッドの上にヒメモスを仰向けに寝かした。それから、ヒメモスにマスクを着けさせた。

「ちょっと騒がしいかもしれないけど、すぐに済むからな」

 ノボルは窓を開け離すと掃除を始めた。まず吸い殻を処分した。それから散乱している、衣服をまとめて洗濯機に投げ入れた。床に掃除機をかける。

 ヒメモスは体調が良くなったのか、身体を起こしてノボルが掃除する様子を見つめたり、部屋の中を見回したりしていた。

 ノボルが掃除を終えた頃には、ヒメモスは立ち上がって、あれやこれやと手に取るほど回復していた。

 ノボルは掃除を終えてソファに座ると一息吐いた。ヒメモスがテレビのリモコンを不思議そうにいじくりまわしている。ふと、電源ボタンを押して、テレビが点く。

 ヒメモスは物怖じせず、テレビを見つめる。ノボルは映画でも流そうと思い、適当に一枚取ってプレイヤーに入れた。ヒメモスは映画に興味を持ったのかじっと見入った。

 ノボルはヒメモスの様子を見て安心した。それから真面目な表情になると、これからの事を考え始めた。

 ――俺はこの子の残りの人生を、出来得る限り、彼女の思いに添えるように努力したいと思っている。その為には、まずはどうするか……。やはり本人に聞くのが一番いいか。

 ノボルはそう考えたが、今日はもう疲れ切っていたので、これからの事は明日決めることにした。

 本社の連中がヒメモスを取り返しに強行手段を使うことは考えられなかった。何故なら、ヒメモスは極秘裏に進められたプロジェクトの産物であり、このプロジェクトが世間に露出した場合、会社は倫理を問われるからだった。だからノボルはゆうゆうと身構えていた。

 ノボルはソファに身体を埋めて天井を見つめた。自然とまぶたが降りてくる。ノボルの意識が途絶えるのにそう時間はかからなかった。




 翌日、ノボルは目を覚ますとまず時計を確認した。時計の針は十一時を指していた。それからベッドの方に目をやる。ヒメモスは、ベッドから降りてテレビの前に食いついていた。どうやらリモコンの操作を覚えたようで、映画を何度も繰り返し観ていたようだった。

 ノボルは身体を起こすと背筋を伸ばした。それからヒメモスの方を向いた。

「おはよう、ヒメモス」

 ヒメモスは振り向くと笑顔を向けた。ノボルもつられて笑顔になる。

「おはよう……、えぇと」

 ヒメモスも相手の名前を言おうとしたが、ノボルの名前をまだ知らなかった。ノボルはそれを察した。

「俺の名前は関川ノボル、ノボルだ」

「ノボル……ノボル……」

 ヒメモスは口の中で繰り返した。それから嬉しそうにノボルに叫ぶ。

「おはよう、ノボル!」

「あぁ」

 ノボルは照れ臭そうに鼻頭を掻いて答えた。

 ヒメモスは満足して、またテレビにかじりついた。ノボルは構わず本題に入った。

「ヒメモス、大事な話がある。ほら、こっちを向きなさい」

 ヒメモスはしぶしぶといった風にテレビから視線を外してノボルに向き直った。

「……なに」

「よし、それでだな、ヒメモス……俺はお前を白い部屋から連れ出してきたんだ。それはわかるな?」

「……うん」

「また白い部屋に戻りたくないよな?」

 ヒメモスは俯いて少し考えてから答える。

「……戻りたくない」

 ノボルはホッと小さく息を吐く。

「それを聞いて安心したよ……」

 ヒメモスは首を傾げる。ノボルは困ったような笑顔をヒメモスに向ける。

「本当にわかってるのか……」

 ノボルはヒメモスのきょとんした表情を見て呟いた。それから真剣な面持ちになって、話を続ける。

「……ヒメモス、お前、今したいことあるか?」

 ヒメモスは口に指を当て、考え込んだ。急に環境が変わった為、少し頭は混乱していた。

「……色々」

「漠然としてるな。何かないのか?」

 ヒメモスは唸って頭を左右に振る。それからしばらくして顔を上げた。

「えぇとね、外、外に出たい!」

 ノボルは顎に手を当てて考え込んだ。

 ――本社の連中が探しに来るか……? いや、ヒメモスを無理やり連れ去ろうとして騒ぎになって警察でも来たらそれこそ会社は終わりだ。きっとしばらくは手を出さないで監視だけで済ますだろう。それに今は、ヒメモスの思い出づくりの方が大事だ。家にこもっていても白い部屋とほとんど変わらないだろう。

 ノボルはそう判断するとヒメモスに笑顔を向けた。

「わかった、それじゃあ出かけよう」

 ヒメモスは表情をぱぁっと花開かせた。それから立ち上がるとノボルに抱きついた。ノボルは笑顔のままヒメモスの背中をぽんぽんと優しく叩いた。

 ノボルはヒメモスを離して立ち上がる。外套を羽織って、ポケットに財布とスマートフォンを入れる。テレビの電源を消す。それからヒメモスの右手をそっと握った。

「いいか、外に出てもいいが絶対に俺の手を離したら駄目だからな」

 ヒメモスはノボルを見上げながら答える。

「うん、わかった」

「それと、体調が少しでも悪くなったらすぐに俺に言うこと、いいな?」

「うん」

 ノボルはヒメモスの聞き分けの良さに満足気に頷く。

 ――ヒメモスは感情も性格もまだ真っ白なんだな。純粋無垢で、本だけの知識しかない。これからの行動がヒメモスを形作って行くんだな……。

 ノボルは急に責任を感じ始めて、ヒメモスを握る手に自然と力が入った。

 ヒメモスは不思議そうにノボルを見上げる。ノボルが視線に気がついて取り繕う。

「ん、あぁ、すまん。それじゃあ行こうか」

 ヒメモスは満面の笑みで頷く。

「うん!」

 二人は手を繋ぎながら玄関を後にした。



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