19
二人は食事を終えると、すぐに寝床に着いた。
二人はシングルベッドに所狭しと並んで寝た。
おもむろにヒメモスが小さい咳を何度も繰り返した。
ノボルは慌ててティッシュを手に取るとヒメモスに渡した。
「大丈夫か?」
ヒメモスは受け取ったティッシュを口にあてがうとまた咳をした。
しばらくヒメモスは咳を繰り返した。ティッシュを受け取っては、すぐにそれを血でぬらした。
やっと咳が治まった。周囲には血に染まったティッシュが散乱している。
ノボルが心配そうに声をかける。
「もう落ち着いたか?」
ヒメモスはやつれた笑顔をつくり頷いた。
「明日、海に行くのやめるか?」
ヒメモスは首を左右に振る。
「うぅん、行く」
「だがな……」
「行く、私なら大丈夫だから」
ヒメモスは真剣な眼差しでノボルを見据えた。
ノボルはしばらく黙ってヒメモスを見つめた。
ややあってノボルが口を開く。
「……わかった」
ヒメモスは喜色満面で頷いた。
翌日、二人は海に向かうため朝早く家を出た。二人はバスに乗って海の近くまで行った。
バスから降りて、海岸まで歩いて行く。
「わぁ……」
ヒメモスの眼前には、地平線いっぱいに広がる青い海があった。塩臭いべたつく風が二人を撫でる。波は激しく白いしぶきを打ちあげている。
ヒメモスはサンダルを脱ぐと、砂浜を駆けだした。
「気持ちいいよ!」
ヒメモスはそう叫んで、くるくると回り出した。
ノボルは微笑みながらゆっくりとヒメモスの後を追った。
「波打ち際には行くなよ。危ないからな」
「わかったー!」
ヒメモスは砂浜に寝転んだり、砂を手に取ったりして遊んでいる。
ノボルは砂浜に座り込むと、頬杖をついてヒメモスを見守った。
帰りのバスの中、ヒメモスはぐっすり眠っていた。
ノボルはヒメモスをおぶってバス停を降りた。背負いながらアパートへと向かった。
アパートに着いたノボルは、ヒメモスをベッドに寝かせる。
ふと、ヒメモスが薄らと目を開ける。それから消え入るような声で、
「身体が……熱いよ」
と言った。
ノボルは慌ててヒメモスの額に手を当てる。かなりの熱だった。
ノボルは焦った。今、ヒメモスを置いて市販薬を買いに行くのは危険だと思った。その間にさらわれる可能性があった。
ノボルが考えこんでると、ヒメモスがノボルの手を掴んだ。
「どこにもいかないで……一緒に居て」
ヒメモスの表情は哀切で、瞳も涙液に潤んでいる。
「だが……」
「お願いだから……」
「……わかった」
ノボルはヒメモスの手を力強く握った。
ヒメモスは時折、苦痛に顔を歪めた。その度にノボルは背中を擦ってやった。
二人は翌日の朝まで一睡もしなかった。
朝日がカーテンの隙間らからこぼれている。
ノボルとヒメモスは手を握り合ったままだ。
ヒメモスの顔は青白く、身体にも力が入っていない。
「ねぇ、ノボル」
「ああ」
「私、死ぬわ」
「……ああ」
ノボルは涙に打ち震えながら答えた。
「私、楽しかったよ」
「そうか、それはよかった……」
「ノボルから言う事、ある?」
「……あるとも。俺はお前に出会えて良かった。それが禁忌を犯した実験から生まれたのであっても……俺は感謝している。俺はお前を愛している」
ヒメモスは既にこと切れて、いた。力なくその手が、ノボルの手から滑り落ちる。
ノボルはしばらく呆然とヒメモスの顔を見つめていた。
背後のドアが開く音がする。ノボルは気にも留めないでヒメモスの手を握り直す。そして額に当てて、絞り出すように泣き始める。
パスッという空気の抜けるような音がしたの同時にノボルは前のめりに倒れた。




