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6.




__ここが___公式ではありま_そうです_その通____この銀河__いいえ違います、ここは___空間跳躍は現__いえいえ、そんな__すばら____おさらいしま__ここは合っていますね___お上手で__包丁を右____


ビ―――、ビ―――、ビ―――


「36時間が経過しました。教育手順を一時、中断致します。以上。」


「ぷはぁっ!!」


 ビープ音が鳴った瞬間、俺はその地獄から“一時”解放された。久しぶりに自分で呼吸する空気がおいしい。俺は今しがた、()の気管支から抜け出たチューブを見ながら、()がした浅はかな約束の、その後に起こった事を思い出す。


 あの後、“なんでもする”と言った俺は、実際なんでもさせられた。正確にはこの“教育用脳波感応機”という悪魔の中で。

 さっきまでの俺の状態は正に重病人のそれだ。手足には複数点滴用籠手と脛あてが着けられ、胴体にも管が無数に刺さっていた。それは鼻にも、口にも、そして目にも。

 その全身管だらけの俺はリクライニングベッドの様なものに寝かされた後、最後に重いヘルメットを被らされ、そこから発せられる脳波感応巻線(コイル)からのエネルギー照射を受け、ここで“お勉強”に勤しんでいたのである。

 そして、そのお勉強とはどんなものだったのか。それは俺の意識を強制的にコピーした、“多重教育”だった。工学を学びながら外交を学び、そこに経済学と防衛学を加えてしかしその手で料理をしているという、ひどい、本当にひどい講義だった。

俺はこの時間にして36時間を、頭では複数いる様で体は単一であるという非常に気分の悪い状態を維持しながら、次々と舞い来る課題を暴れる様にこなしていたのである。


「ふぅ。これで、終わりか?」


 一息()き、リクライニングベッドに腰かけた俺は、そんな訳が無いのを分かっていながらも聞いてみた。先程は指定時間の経過におけるシステムの強制終了で現実の意識を取り戻した俺であるが、つまり今言った通り講義が終わったのでは無く、この時間はただ体とシステムのための休息時間でしかない。

 

 ちなみに今は3セット目、それが終了した直後だ。


「無論まだ、で御座います。」

「冗談だ。それで一般人に換算するとどれくらい勉強したんだ? 俺は。」


 今は姿の見えない人型の声が否定の言葉で応えた。そこにすかさず俺の質問が飛び込む。

これは当然に聞いてみたくなる質問だ。世の電脳適正の高い奴らは自分で多重学習や高速学習をするらしいが、適正が一般人すら下回る俺にはそれが出来ない。しかし何の因果か、俺はこの星の、この施設の、この部屋の、この装置で、体中に管を纏って行う、最凶の勉強をする機会を得たのである。これなら、少しくらいそういった奴らに追いついていても良いではないか。総計では無く、勉強の密度的な意味で。

 俺はそんな期待と少しの不安を胸に人型の言葉を待った。


「勿論お答えしますが、その前に___貴方は一体ご自分が何人で勉強されていたかご存知ですか?」


 奴はそんな事を言ってきた。確かに。自分がどんな学習をしていたかは“完全に”記憶にあるのに、それが実際何重になって行われていたのかは分からない。


 俺はどれだけ記憶を探っても出てこない答えに首を捻る。そしてそれを見かねたのか、人型は一つ咳払いをして答えた。


「ん、んんっ。答えを申しますと、9000と5人で御座います。」

「...............え?」

「9000人と5人で御座います。」


 だ、そうだ。

俺はその現実離れした数字を聞き唖然とすると同時に、しかし、この数日間続いてきた地獄を思い出し、むしろ決して小さくない納得を得ていた。

 それにしても9005人。つまり単純計算人の9005倍の密度で勉強している事になるのか。でも、あらゆるジャンルを万遍無く学習しているからそこまで深く習熟していない様な......という事はつまり、


「それはすごいが...この学習、あと何セット続くんだ?」


当然残り数セットは続くのだろう。まぁ、効率の良い勉強が出来るのである、ここを出てからの人生にどこか役に立つだろうと、自分を納得させつつ聞いた。


「一先ず、ここで終わりで御座います。」

「え? これで終わり?」


 終了。しかし俺はその言葉に納得出来なかった。例えそこに“一先ず”が付いていてもだ。勿論この地獄が早く終わるのは嬉しい、それでも今まで3セット行ってきて、俺の頭はその学習が後一桁セット程度では絶対に終わらない事を知っている。この学習は本当にあらゆるジャンルを網羅しているのだ。その中には名前自体聞いた事の無いものさえ混じっている位には。


「本当に終わり?」

「はい。初回講習が、で御座いますが。」


 やはりそうだったか、という落胆に近い納得はこの時俺の中には生まれなかった。それよりもその言葉の意味するところを理解する事叶わず、俺の眉間には少しよろしく無い皺が刻まれてしまった。 

 しかしそんな事を人型は気にせず、見えないところで何か準備を始める。こいつ、それで本当に俺に仕えている気なのだろうか。

 

「貴方今までの学習で“考え方”について学習しました。これで複雑な考察にも貴方の脳殻は耐える事が出来るでしょう。___それでは、」


ビッ、ビッ、ビ――――――


「うっ!?.........ん......ん?」


――――――――

――――――――

――――――――

――――――――

――――――――


――電脳:外縁から中枢へ向け再起動。――


――脳殻:被施術者の意識レベルを保持したまま再起動。――



――しばらくお待ち下さい。※他操作非推奨:関連2操作、他:0――



――電脳:被施術者に対して正常に接続。――


――脳殻:再起動完了。――





――ようこそ、船長。新たな船出へ。――


「!?」


 俺は、たった今起こった現象に言葉が出なかった。否、言葉が出ないだけなど生易しい。呼吸も、それどころか心臓さえも、この瞬間その血の一滴すらも流していなかったと俺は断言出来る。


 今、俺を迎えた言葉。それは本当に違う世界への船出を示す道標、そのものだった。


全てが見える、全てが聞こえる、全てが匂う。

全てを味わう、全てを感じる。

そして、その全ての感覚は、この施設、星、星系までにも及んだ。個である自分が全を知るという、一人の人間としては非常な烏滸がましささえ覚える。

俺はそんな感情を一杯に、この身へ宿していた。


「す、すごい。」

「どうです? 世界が変わったでしょう。」

「ああ、俺の世界が変わった。」


 宇宙だ。俺の宇宙。決して言葉で聞く小宇宙なんかではない。俺の心が宇宙の空気に靡く。その空気は、一度(ひとたび)俺が掴もうとすれば進んで手の中に入ってくる。そしてそこをくすぐりながら、嬉しそうに話すのだ。


「旅人の......航路。」

「おお! 早くも聞かれましたか。」


 実際に言葉で聞いた訳では無い。それでも手のひらの小さき存在は、そこから飛び立ってもう一度、俺の耳にそう囁いていった。


「素晴らしい! 実に素晴らしいです!」


 喜の感情を多分に含んだ音の波が、俺を現実世界に引き戻す。人型は喜びの余りか、その少年の声に相応しい言葉遣いで感情を爆発させていた。


「やはり貴方は支配者だ。()が思っていた通り、いや、それ以上の!!」


 彼の言葉がこの部屋全体を満たす。そんな声を出されていたら俺もつられて気分が良くなってしまう。


「すごい、すごい! すごいですよ! これなら大丈夫です! 貴方はどこへだって行けます!」


ビッ、ビッ、ビ――――――


(今度は何だ?)


 俺は再度、電脳への干渉を感じた。先程は俺に感動をもたらしたこの感覚。次はどんな世界を見せてくれるのか。


――電脳及び脳殻:駆動部に対する神経伝達の阻害を停止。――


――しばらくお待ち下さい。※他操作非推奨:関連1操作、他:0――



――➡ 停止を確認。:正常――


――熱量中心核:流路を通じ、駆動部への動力供給開始。――


――初期設定値まで残り:15 秒――



「.........!?」


 俺はこの通知の意味を理解してしまった。これは、俺に施された手術の一端、このやたら高性能な電脳に次ぐ、新たな世界が姿を現す。


――初期設定値まで残り:10 秒――


 これは全身に力が漲る様な漲らない様な、そんな感覚。それはエネルギーを全身に行き渡らせながら、同時にそのレベルに神経を適合させていく作業を、未だ残る生身の神経が感じている結果に他ならない。

 そう、俺は既に知っている。この体が全身の筋肉を人工のものに換えられ、内臓も例外無く改造を受けている事を。

次々と準備を終える人工の筋繊維が俺の電脳にその合図を送る。それを受け取った電脳は、今回の一番の目玉、俺の心臓を包むようにして存在する無数の“エネルギーコア(熱量中心核)”に筋繊維への動力伝達の指令を出していく。そして俺の中で生きづくこのエネルギーコアは、その一つ一つが筋繊維の働きをし、それが成した第二の心筋によって俺の心臓を強固に守っている。


――初期設定値まで残り:5 秒――


――初期設定値まで残り:0 秒――


――➡ 正常値で安定。――



「____すごいな。これはサイボーグとは違う。まるで、別の生き物になったみたいだ。」

「そう思ってくれると僕も嬉しい。」


 俺は元々生身の人間だ。それでも、この体がサイボーグのそれとは一線を画す事だけは分かる。電気エネルギーや生体エネルギーなんてちんけなものでは無い。もっと別の何か、まるでエネルギーそのものが全身を駆け巡る様な感覚。筋肉に電気信号を送って動作させるのでは無い。俺の思う指令を載せたエネルギーそのものが、全身を動かす動力になっている様な、否、そうなっている感覚を得ていた。


「すごいな。俺、さっきからそれしか言ってない。」

「すごいよ。僕も、それしか言ってない。」


 俺はそこで少し感情を抑える。それは今まで喜びをその声一杯に現していた人型が、今の俺でも運良く分かる様な、ほんの些細な感情の揺らぎを表に出したからである。俺の思うに、それは人型にとっても気付かずに出ていたものだったのだろう。


「どうしたんだ?」


 聞かずにはいられなかった。理由は分からない。無断とは言え、俺の体を高性能にしてくれた事への感謝か、それとも無邪気に笑うその声に庇護欲を掻き立てられたか、ただただ人に気を遣う事で満足してしまう、そんな嫌な人間としての(さが)の表れか。

 俺は高速に回転を続ける頭をそんな無駄遣いに向けながら、人型の応えを待った。その既に予想が付いている、その言葉を。


「貴方に教える事が、もう無くなってしまったんだ。」

「そう、か。」

「うん。だからここで僕の役目は終わり。」

「それは<照準(いち)()(ざん)>の“残”の役目か?」

「そうだね。」


 隠す気も無い名前と、初めの“短い間”。予想していたとか、そういったものですらない。元から提示されていた別れがこの後訪れる、それだけの事。しかし、それでも別れは悲しい。人はいつしか別れの時が来て、その後に新しい出会いがある。そんな事言われても、人の心が覚える喪失の感覚が減る訳では無い。考え方を変える事は出来ても、初めに受ける悲しみの絶対量は変わらない。


(はは。一体俺は何を言っているんだ。)


 全く以ってそうだ。この人型とは家族どころか、職場で隣の部署の人間と接していた時間よりも短い関係だった。それなら何故、ここまで考えてしまうのか。


(そうか。既に俺は、こいつと同類なんだ。)


 あの手術で付けられた、俺の心臓を包む様にして動く無数のエネルギ-コア。こいつ等のものとは違って心筋と同じ様に“脈動する”それは、情報を含んだエネルギーを貯蔵し、司っているという点では同じだ。


 電脳を使うまでもない。多分これが正解だろう。だから親近感が湧く。この心臓という一個体の重要な部分における相似は、親子というよりは兄弟、家族というよりは肉親という言葉が合いそうな情を俺に与える。

 

「貴方はすごい、本当に。___だから大丈夫。」

「いきなりどうした?」


 姿無き声が俺に降り注ぐ。今思えば、別れとしては何とも言えない状況とタイミングだが、もしかしたらこいつも限界なのだろうか。

俺の電脳の再起動、そして全身の制御とエネルギーコアの起動、これこそこの人型が“残された”最大の理由だったのかもしれない。


「僕の力は後ほんの僅か。最後の力で~って貴方に何かしてあげたいのだけど、それも今は叶わない。」

「気にするな。」


 俺に新しい世界を与えてくれたのだ。これ以上何を望むというのか。


「有難う。それでは逝くね。」

「ああ、達者でな。」


 俺の言葉に、しかし人型の返事は無かった。

 実にあっさりとした別れであったが、この空間を静寂で満たすのには十分だった。


(後は俺の人生、か。残されたものは大きい。大きくて壮大だ。)


 8つの思考コアと1つのエネルギーコア。そして俺の中にも。結局最後まであいつが俺に望む事が分からなかった。一部の機械が喜んで受け入れる支配の力。その支配を受ける9つのコア。俺はこれを使って何をするんだ? 会社に持ち帰ってどうする。取得物として没収されるか、そのまま会社に奪われて終わりだ。ならば誰かに売るか? 莫大なエネルギーを持つ時点で十分危険であるのに、そこにAIと、最後に俺への絶対的な忠誠である。持ちたがる者どころか、見た時点で通報されてしまうだろう。見た目で分かる様な奴はいないと思うが。


「残りの学習を進めるか。」


 俺は孤独になったこの部屋で一人呟き、その直後、右手を例の大きなヘルメットに近づけた。そしてそのヘルメットを膝の上に乗せる。重い。こんなものを再び被って学ばなくてはいけないのか。

 とそこで俺は気付く。ヘルメット云々の以前に、この装置はどうやって動かしたら良いのだろうか。この装置を動かしていたのは今は亡きあの人型だ。

 

「どうしたら良いんだ?」


 途方に暮れた俺はそう呟いた。同時に心の中で「なぁ、教えてくれ。」とその膝上のヘルメットに問い掛けながら。


ビ――、ビビッ


――通信あり――


 その直後、俺の電脳に通信が入った。俺はそれを脳裏において一瞬で熟読する。


――通信 種別:特殊契約――



――宣誓――


――自己判断が可能な人工知能として、貴方からの完全な支配を望み、それが私の嘘偽りのない永久(とわ)に不変の判断である事を、ここに誓います。――


――製造番号:不明 製品名:教育用脳波感応機――



――電脳証明――


――||}}||~~|}|||~|||~|}|}~||||}||}~|――


――内容はここまで。――


――確認:この契約を受諾されますか?――

――はい/いいえ――


(ず、随分と、システマティックな支配だな......)


 理解は一瞬、しかし感情の動きは未だ穏やかな俺は“支配”と言う言葉とは裏腹なその契約に、思わず肩の力が抜ける。

俺がヘルメットに問い掛けた瞬間、正にここぞと言わんばかりのタイミングで電脳に通信が入った。そう、つまりはそういう事なのだろうと、俺の力はどんなものかと期待に胸を膨らませていたのだが、まさかここまで現実的な“契約スタイル”だったとは。


 それでも機械の宣誓という貴重なものを見る事が出来た俺は満足し、即座に次の行動に移る。それは、


――[はい]/いいえ――


当然の“はい”を選択する事。すると次の通信が入った様で......



――通信 種別:永久(えいきゅう)契約――


――これより、当該人工知能に対し全ての判断段階における永久支配を実行します。――

――尚、この支配は既に当該人工知能の受諾を受けています。――


――最終確認:この人工知能を支配しますか?――


――[はい]/いいえ――


 聞かれるまでも無く“はい”を選択する俺。しかし、先程の契約に続きがあった事には驚いていた。

 それでもよく考えてみると、最初の契約は機械から俺に向けて行われたもの。俺もそれに対して受諾の“はい”を選択した。そして今の契約。それは俺から機械に対して行われたもの。締めは俺への最終確認だったが、それでも機械が受諾した事には変わらない。

 つまりこの契約は、片方でも非常に強力だが、それに加えて双方向の同意の元に行われた、云わば絶対の信頼関係を約束するものだ。


「これから宜しく。」


 俺はその絶対の契約で繋がれた相手に声を掛ける。しかし返事は無い。


「む。」


この契約は別に相手との意思疎通までを可能にするものでは無いのか。それとも、このAIがそこまでの機能を持っていないのか。否、こいつは機械であるにも関わらず、俺に“宣誓”を行った筈だ。重要証明文用のテキストで送られてきたそれは、まさしくその機械の意志だった。


「話せないのか?」

「...............」


 やはり駄目の様だ。俺は一度肩を竦め立ち上がる。そしてそのヘルメットを被って一言。


「よし、なんでも良い。俺に必要な事、全てを教えてくれ。出来るだけ早く。」


 俺はそのままこの部屋を出るつもりだった。未だ沈黙を保つ機械を頭に、それをゆらゆら揺らしながら。しかし、その足を止めようとするかの様に、俺の頭に気になる文章が送付された。それもたった一言。


――承りました。――


 俺は本能的に不味いと感じた。

それでもこの電脳の処理速度ならと、少しでも高を括っている自分がいたのも事実で......


――これより最上位命令を実行。備えて下さい。――


――――――

――――――

――――――

――実行――


「ぬ、ぬおっ.........」


 明滅する世界。俺は己の浅はかさを呪いながら、ひっそりとその意識を閉じた。






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