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5.




「こちらになります。」


 俺は手術室から出た後、この異形の機械の後をついて行った。いくつもの分岐のある長い廊下を抜けた先、そこには1つの扉があった。

その機械は扉の横に移動すると触手の1本を扉へと差し込む。そう、差し込まれた触手は扉の表面をずぶずぶと沈む様にその中へと入っていった。


ガチッ


 そしてすぐに何かのロック機構が外れたのか、如何にも重そうな機械音がした。それと同時に触手は扉から身を引き姿勢を正す。直後、そのスライドではない扉が動き、まるで俺を迎え入れるかの様に、静かにその口を開いた。


「どうぞ。」


 触手に勧められるがまま、その中へと入っていく。中は暗く、背後から差す廊下の光だけが光源となり、部屋の一部を照らしている。

 何も見えない。俺は照明の類はないものかと、背後にいる筈の機械に尋ねようとしたのだが......


バタンッ


「な!?」


 その扉が閉じられた。周りを見渡すが、今の俺には何も見えていない。感じるのは空気だけ。暗闇の温度を俺に伝える様に、俺に巻き付く空気、ただそれだけ。


パンッ、ピピッ、ピピッ


 しかし扉が閉じられてから時を置かず、そこに光明を照らすものが現れた。それはこの部屋の中心に集まる光の粒。その光の粒が一度小さな一点へと集まると、次の瞬間には広がり、粒全体で一つの星を形作った。

それを見た俺は本能的に、この目の前の星が今自分のいる星だと悟った。


ブッ、ブブ


そのホログラムにノイズが走る。すると今度はその星の中心に小さな人型が現れた。その小さな人型はこちらの方に歩いて来る。星の外殻を越え、目の前に立ったそれは、俺に向けて丁寧にお辞儀をした。


「ようこそ。船長。私の名前は<照準(いち)()(ざん)>。貴方に御仕えする為に生まれて来ました。短い間ですが、どうぞ宜しくお願い致します。」


 暗い部屋を小さく照らす人型は、まるで少年の様な声で言った。この際名前の事は置いておく事にするが、俺に仕えるためとはどういう事だろうか。

俺はあえてこちらから言葉をかけず、次の声を待った。


「___おっと、これは失礼を。これを聞いている貴方は今ここに連れられて間もないでしょう。今貴方が置かれている状況からお話ししましょう。」


 そういって人型は音も無く姿を消した。すると星を映し出していたホログラムが形を変える。激しいノイズが入ったと思った次の瞬間には、銀河系が映し出されていた。そしてその風景はある一つの星系へとズームしていく。最後に止まったそこは......何も無かった。


それを見た俺は相手の意図が分からず困った表情を作る。しかしそれと時同じくして、眼前に光の粒子が集まる様にして再び人型を作った。するとその人型は俺の視界から少し()け、何もない空間を指さす。


「これが私の作られた星です。今は軌道上を漂う、小さな石しか残っていませんが。」

「そうだろうなとは思った。」


 おっと、声が出ていた様だ。しかもそれに反応したのか、人型が俺の方を覗き込む様にして見る。


「ようやく反応して下さいましたね。安心しました。このまま何も話して下さらないかと思いました。」

「それは、すまんな。」

「いいえ。」


 そんなに嬉しそうに言われれば俺も応えざる負えない。否、訂正。俺も誰かと話したいと思っていた。まぁ、あの異形の機械でも良かったが、こちらは何か多くを知っていそうだ。それ以前に無言で断りなく扉を閉めたあいつは万死に値する。


「それでは改めまして。私の名前は<照準(いち)()(ざん)>。貴方のお名前をお教え頂けますか?」

「國嵜、空。」

「クニサキ様。それでは漢字の方をここにご記入頂けますでしょうか。」


 そう言った人型は俺の手の前に小さな四角を描いた。ペンなどは無い。俺は指でそこに漢字を書いていく。


「有難う御座います。それでは話の方を進めさせて頂きます。」

「頼む。」

「さて、我々は(もと)ここにあった星にて、熱量生命体の研究の副産物として生まれました。」

「ええと。もう一回。」

「はい。我々はその星で“エネルギーを核とした生命体”を誕生させようと、それを目指した研究者達が生み出した実験用のサンプルです。」

「エネルギーが生命体?」


 俺は首を(ひね)る事しか出来なかった。エネルギーを生命体とは、つまりこの人型が言いたいのは、単にエネルギーを閉じ込めた系の中で行われる情報の伝搬では無いのだろう。外殻の無い。閉じられた系の存在しないエネルギーの集合。そんな研究を今は無きその星の研究者達は行っていたのか。


 俺はその事を想像した(のち)人型へと向き直る。


「よろしいですか? それでは続けます。」


 なんと、考えるまで待ってくれていた様だ。


「我々はそのプロトタイプのそのまた前段階、実験用サンプルとして作られたのです。ああ、申し忘れておりました。今でこそこの様な姿でご挨拶をして下りますが、()の本体は手のひらサイズの球体で御座います。」

「そう、なのか。」

「はい。我々は外殻を持ち、その中に在る莫大なエネルギーを処理部に持つ、一種の人工知能なのです。」

「御免、もう一回。」

「ええ、っと。実物を見て頂く方がよろしいですね。」


プシュ、サ――――


 その言葉と共に、ロックが外れる音とダンパーが伸びる様な音が聞こえる。その後を追う様にして部屋が少しずつ明るくなり、ホログラムが消える。そして元はホログラムの映し出されていた部屋の中心は床がせり上がる様にその高さを変え、まるでウェディングケーキの様な姿になったその頂上には、両の手のひらを一杯に広げた時と同じくらいの面積をもつ、如何にも重そうな蓋が取り付けられていた。


「どうぞ、お開け下さい。」


 俺はその重そうな蓋に手を掛ける。すると以外にすんなりとそれは持ち上がり、中には中心に大きな球と、その周りを8つの少し小さな球が等しい感覚で囲んでいた。


「その周りにある一つが私です。どうぞ御手に取って御覧下さい。」


 その“どれ”とは指定しない言い方に若干の疑問を覚えたが、言われるがままにその中の一つを手に取った。

俺は本当に手のひらサイズのその球を覗き見る。その球は全体が黒く、表面には小さく__


『熱量中心核 ―壱拾(ひとまる)式改― 索敵』


と印字されていた。

 そう、ただそれだけの球。しかしこの“索敵”とは一体どういう意味なのだろうか。


「それは索敵の人工知能。初めに面白いものをお引きになりましたね。」

「そうなのか?」


 どうやら俺は面白いものを引き当てたらしい。その面白さは全く分からんが。


「索敵の人工知能はその莫大なエネルギーを内部で循環させながら、どんなに限られたデータからでも目標艦船の位置・情報を特定する能力を有して下ります。」

「ふーん.........え?」


 俺の口から間抜けな声が出た。


「その他のものも後で手に取って頂ければ分かると思いますが、それぞれそこに記された能力を極めて高い段階(レベル)で保持して下ります。そしてその能力はこれからも育てる事が出来るのです。」


(なんだ。この展開。ここからどうなるんだ?)


 俺はその大それた力の塊を手にしたまま、次の言葉を待った。今この体を支配するのは、疑念では無く、期待。起伏の乏しかった人生に、ここにきて高い、否、鋭利といっても良い高い高い山場が訪れた。


「そして、その中心に在るもの__」


 俺は容器の中を見る。


「その核こそが、当時の技術者、科学者達が創り上げた最高傑作。銀河一つのエネルギーなど比べものにならない、途方もない、一つの“(かい)”そのものを内包するもの__」


そしてそれを手に取り、記された文字を見る。


「『熱量中心核 ―零式―』で御座います。」


 この時、俺は確かに聞いた。


「そして、そこにある全ては、貴方のもの。貴方が支配するもの。」

 

 今までの常識、日常、平常、それらを全て、


「支配の力を持つ、貴方だけがその行使を許されたもの。」


 粉々に打ち砕く音を。


「さぁ、その力を存分にお使い下さい。」





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   



――ノースアメリカ航宙軍・第3辺境方面隊・部隊本部・管制塔・記録カメラ――



「こちら管制塔。戦艦バール、通信の状態を報告せよ。」

『こちら戦艦バール。通信に問題は無い。』

「了解した。出港手続き及び作戦計画書は我々も確認している。いつでも出港可能である。」

『了解。突然の出港につき、混雑の中の対応、感謝する。尚、これよりただちに出港する。』

「了解。貴艦の無事の航海を祈る。」


――NAR3-BB-37-3:有線接続を遮断しました。 ――

――NAR3-BB-37-3:ガス移送ノズル切り離し:○正常 ――

――NAR3-BB-37-3:ドッグ内を無接続で移動中:○正常 ――

――NAR3-BB-37-3:無線接続を全て確立しました。 ――


「こちら管制塔。戦艦バール、無線通信の確立を____」



――切り替え――



 一隻の戦艦がドッグを離れた事を確認し、次の人員に業務を引き継いだ管制官が休憩室の椅子へと座る。するとその管制官よりも少しだけ多くの徽章を付けた男が隣に座った。


「ふぅ、行ったか。」

「ええ。しかし今回の出港はなんです? 先程はあの様に言いましたけど、こちらだって大変だったんですからね。」

「分かっている。それは分かっているさ。」

「はぁ。この後絶対休暇取りますよ。」

「ああ、そういてくれ。それに十分見合った働きをしてくれたよ。」

「今回も首を突っ込むと痛い感じの件ですか、成程。」

「まぁ、そういう事だから、大人しく休暇でも取っておけ。」

「了解です。」


 会話を終えた二人は休憩室を出る。



――通信終了――





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   





(はぁ......あの時、すごい良い雰囲気だったから...聞けなかった。)


 俺は引き続きこの部屋に立ったまま、小さい人型の講義と言うべきお話しを聞いていた。あの後背後の扉が一瞬開き、そこから触手が部屋の中に何やら重厚な容器を置いて行った。俺は何も言われる事も無く全ての球をウェディングケーキの頂上からその容器へと移し、そのケーキを地面へと戻した今は、ここに入った時の同じように暗い部屋でホログラムを見ている。


(はぁ、全く話が入ってこない。)


 人型の話は止まらない。しかし俺の“ある”事を聞きたいという欲求も止まらない。


 俺はそれに観念した様にため息を()き、そして人型の話を止めるために口を開けた。


「___つまり彼らは思ったのです。この星に生きる全ての生物「ちょっと待ってくれ。」」


 惑星儀の(そば)で体を大きく動かし、熱弁を(ふる)っていた彼を止めるのは心が痛い。しかしこれだけは聞かなければと、言葉を振り絞った。何故なら、心が痛くなる以前にこれから聞くその話に、もっと心を荒く打たれる事が容易に想像出来たからだ。


「どうされました?」

「お前の話はとても為になる。それは分かっているんだ。しかし聞きたい。」


 俺は一呼吸置く。そして、元々震えている声帯を、今度は己の意志で震わす。


「さっき言っていた“支配”とは何だ?」


 そう、この強大な力を持つ球体を“支配”する力。それを俺が持っているとこの人型は言った。一体それは何か。もしかしたら俺が歩んできた、人とは少しずれた人生も実はこの力の所為ではないのか。

 人によっては短い、しかし俺にとっては長かったこの26年の謎を解き明かすため、音の波一つ聞き逃さないよう、全神経を目の前の人型に集中させた。そして息を飲み会話を始める。


「それは、まさしく貴方の力。貴方を絶対の者へと押し上げる壮大な力です。」

「その力には一体どんな効力がある?」

「電気的、情報的に周囲を支配します。よって我々の様な人工知能は貴方に絶対の服従を誓うのです。」


 そんな覚えは俺には無い。


「強制、されるのではなく?」

「そんなっ、滅相も御座いません。貴方に付き従う事は、我々にとって至上の喜びなのです。」

「そう感じて“しまう”、と。」

「そう感じる、それだけで御座います。」


 やはり分からない。分からないからこそ、まだ俺の心はその“疑念”で守られている。もし、これが確信に変わった瞬間、この身が引き裂かれるような、そんな感覚を味わうのだろうか。


「すまないが、やはり分からない。俺は機械や電算機を操ったり、支配した事は一度も無い。」


 俺はありのままを正直に話した。するとどうだろうか、小さな人型は首を横に傾げ、腕を組み、そのまま動かなくなってしまった。


「...............」

「...............」


(これは、もしかすると......人違いでは?)


 今、俺の覚悟は、別の覚悟へとシフトした。それは、もしそれがそうで(人違い)あるなら、これからの俺の待遇が一気に変わってしまうという可能性。今は完全にお客様だ。初めを除いて。しかし、なんの能力も持たない一般人で、しかも大学に行ってもその使えない(・・・・)頭で使えない(・・・・)ような勉強をしてきた俺だ。

そして何よりこいつ等は平気で人間に無断の手術を施す様な連中。つまりこのままでは......


「これは、廃棄処分......ですね。」

「!?」


 これは不味い、と俺は自分の死期がすぐ間近に迫っているのを悟った。このままここにいてはいけない。

俺は暗い部屋の中、必死に扉の方向を思い出し、そこを強く叩いた。


「開けてくれっ!! 開けろっ!! 俺だ!! 早く!!」


 もし絶対の支配というものが働いているのなら、外にいるであろう触手の異形がここを開けてくれるだろう。そして、それが全くの間違いであれば俺はこのままここで......


「死にたくないっ!! まだ死にたくないっ!! お願いだ!!」


 ここにきて一気に感情が爆発する。今まで散々その平坦な人生を自ら罵ってきたが、それでも俺はそれを、それでも続けて生きたい。生きていれば、生きていれば何とかなる。

 俺はそんな思いの全てを扉にぶつけた。


「むぅ、ますます()って、廃棄処分ですね。」


 もう終わりだ。扉は開かない。やはり俺には何の力も無かった。

 俺は扉に寄りかかりながらずるずると地面まで滑り落ちる。後は背中からバッサリと斬られるか、それとも両腕を左右に引いて体を引き裂かれるか、将又(はたまた)ミキサーやミンチを作る機械に入れられて、人体実験の材料にされるか。


「やはり、廃棄処分ですね。」

「ああ、早くしれくれ。」


 振り向き、死を覚悟した俺は、目の前の死神とも仲良く話せる程に命を諦めていた。


「しかし、それにはやはり貴方の御力を御借りしないと。」

「なんだって貸してやるよ。」


 ここで最後の命だ。死の直前に激しく燃え上がらせてやる。


「なんでもすると仰いましてね?」

「ああ、当然だ。」

(よし、なんでも来い。)




「それなら勉強しましょう。」

「そんなもの、無限に............え?」

(俺の死に際に勉、強.........?)



「あれ? 廃棄処分...は?」

(俺の有終の美は?)



「ええ。それなら、」

「?」

「貴方のその崇高な支配を感じる事が出来ない愚かな機械は全て、廃棄処分してしまおうかと。」

「...............え?」

「そこで貴方の御力ですよ。そしてそれを十全に発揮するためには、」

「ためには、」

「お勉強部屋に、一名様ご案な~~い。」


ヒュッ


「触手っ!? ぬっ、ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 こうして俺は、(のち)に死ぬより苦しいと評されていた事を知る、そのお勉強部屋へと連れ去られたのである。




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