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3.




「離せっ! 離せよっ!」


 金属の触手に引きずられる俺は、今も尚抵抗を続けていた。幸いにもこの与圧服は頑丈で、巻き付かれている足にも痛みなどは無かったが。

しかしこのまま黙って連れていかれる訳にもいかない。


(これもあんの(・・・)クソ社長の所為だ!! 何が経費削減の為だ!! 無重量っつったって(と言っても)慣性は有るんだぞ!!)


 この船外活動服にはパワーアシストが付いていない。船外活動では重いものを移動させる時もあるのにも関わらずにである。これも社内会議で決まった事だ。


(労働者を(ないがし)ろにするゴミめ。機会があれば存分に復讐してやる。)


 そんなやり場のない怒りを遥か遠くにいる経営者にぶつける俺は今も引きずられ続けている。一体どこまで行こうというのか。


ゾゾゾゾゾゾゾゾ___


「...............」


ゾゾゾゾゾゾゾゾ___


「...............」


ゾゾゾゾゾゾゾゾ___


「...............」


(はぁ、もう何なんだよ。)


 少し落ち着いてしまった。それもそうだ。同じ速度で引きずられ続けて、特に揺さぶられたり、どこかに叩き付けられたりはしない。うつ伏せか仰向けか、引きずられる体勢さえもこちらで決める事が出来る。考えてみれば何故気が付かなかったのだろうか。初めに巻き付かれ、すぐさまこいつの正体を暴こうと体を捻り、ヘルメットのライトを当てた時、その時から既にある程度の自由が俺にはあったのである。

 

「つまりお前は俺をどこかに連れていきたいだけなんだな?」


 その言葉に、しかし触手からの返事は無い。そんな事は分かっていた。俺は気にしない。しかし困った事になった。今は危険らしい危険が無いから良いが、このままこいつの目的地に着いた時、俺はどうなるのだろう。この星の偉い奴の前で強制謁見か? それとも御馳走の並ぶ前で歓迎? もしくは......


(改造手術だったり。)


 まさか。

 俺は自分で想像しておきながら、自分で恐れを抱いてしまう。俺から始まる負のスパイラルに今から頭が痛い...........


(....マジで...頭が...痛.........)


 俺の脳幹を得体の知れない何かが......


(うっ、なんだこれ......)


 周りの景色は変わっていない。しかし俺の頭には割れんばかりの痛みが襲っている。これは一体どういう事だ。俺は与圧服の状態を確認する。異常なし。次は電脳。特にウィルスの類や疾患は見つからない。それなら原因は何だ? 

 先程から一転、俺はもがいた。痛覚切断すら叶わないこの痛みにどうして良いか分からず。そして何に対してもがいて良いかすらも判らない。俺はただ頭を抱え、上半身を自ら揺さぶる。足だけは固定されたまま。この金属触手は強力だ。テコでも動かないとかそういったレベルでは無い。


 それから10分程。否、これも今の体感時間であるから信用出来ない。しかし正体不明の激痛に電脳の操作もままならない。


(ん? し、下が何か明る、い......)


 それに気づいた俺は頭痛に苦しみながらも、これから触手の向かう方向を見る。すると一点の明かり、つまり洞窟の終わりが見えた。あれは絶対にそうだと、俺はそう思って疑わない。

 しかし頭が限界の様だ。おそらく痛みに対する防衛だろう。意識が微睡(まどろみ)の中に溶けていく。

俺はこの後すぐ、目の前の視界が狭くなり、意識を失うだろう。


..................


..................


..................


..................


 失わない。圧倒的に失わない。

こんなにも意識は薄れているのに、そのまま巡行コースである。眠る直前の様な低い意識レベルを長い時間味わう感覚。俺はこの感覚を知っている。朝目が覚めた時、もう一度寝たくなる、あの感覚だ。そしてそれが休日だと、とてつもなく幸せな気分でそこへと落ちていくのである。

 っと変な事を考えている()にも洞窟の終わりは近い。このまま行くと俺はどんな部屋に着くのだろうか。


ゾゾゾゾゾゾゾ___ゾ


 触手が動きを止めた。もしかして、俺に回りの光景を見せたいのだろうか。気付けば意識をしっかりしている。遂に意識レベルまで起伏が激しくなったのか。

 少々うんざりしながらも俺はうつ伏せになっていた体を捻り、仰向けになってから体を起こした。そして強く瞬きと繰り返し、目を見開く。すると......


「なんだよっ、これ...」


 ここは広大な球状の空間だった。その中心を貫く太い柱にはいくつもの照明が着けられ、球の内側は...あれは板状のアンテナ? シリンドリカルアンテナだろうか、それが中心へ向けて無数に取り付けられている。そしてその向けられた中心、当然そこには柱があり、その中心部分だけは丸く膨らむ様に形を変えている。最後になるが、今俺がいる位置からその球状に膨らんだ柱までは、一本の通路が空中を伸びていて......


ゾゾ____ゾゾゾゾゾゾゾゾ


 やはりそこへと連れていかれる様だ。触手自体その通路から伸びてきているのだから当然の事か。

 足に巻き付く触手は、まるでエレベータが閉じる時の様に...少し違うが、そんな感じの優しさをもって動き始めた。やはり俺を丁重にもてなす気があるらしい。贅沢を言うなら、引きずるのだけは()めて欲しいのだが。


 俺は通路を進む。ここには手すりが付けられていて、それも人間サイズだ。やはりここは人間が作った施設なのだろうか。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ異星人や、起源の違う超古代文明なんかを想像した俺だが、それは検討違いだった様だ。


 触手が目指すのであろう中心までは、まだ遠い。俺は遠くに見えるアンテナや、近くを動く手すりを見ながら、その終着駅を待った。





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   





―――第8級船舶・第2種輸送免許―――


氏名:國嵜くにさき そら

性別:男

年齢:26

所属:





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   



――ノースアメリカ航宙軍・第3辺境方面隊・部隊本部・第37番ドッグ・第3エレベータ・監視カメラ――



「それで、今回の出動はどこなんです?」

「ん? まぁな。」

「?」

「聞きたいか?」

「それは、もう。」

「“魔の宙域”って言えば分かるか?」

「え゛。あそこですか。成程。」

「何か不服か?」

いえ!(No,sir!) 特に!」

「今更お前に敬語を使われてもな。」

「そう言わんで(・・・・)下さい。」

「ほら。」

「.........」


 ここは狭いエレベータの中。上官と、その部下だろうか。2人の男が壁に寄りかかりながら話している。


「ええと。それ......そこで、理由は何です?」

「慣れないなら無理するな。まぁ今回は容疑者探しだ。」

「容疑者?」

「そう。何でも50人は刺殺したっていう極悪人らしい。」

「50!? このご時世にそれは......」

「すげぇよな!.........今のは無しで。」

「ええ、分かっていますよ。それでそいつはどんな奴なんです?」

「なんでも日本人らしい。」

「は!? クレイジーなジャパニーズもいたもんですな。」

「ああ、俺はもっと温厚な民族かと思っていたのだが。まぁ全員が全員では無いがな。」

「はぁ。信じられませんな。今回はいつもの砲撃戦とは違うんですかね。」

「分からん。現地に跳ぶまではな。____あ、あとな。」

「?」

「この話は秘密だ。」

「つ!? どうしてです?」

「なんでも、上の方は今回の出動を訓練としたいらしい。それと容疑者の事も伏せておけと

。」

「俺みたいな下級士官に話して良かったんですか?」

「ただの下級士官じゃないくせに。」


 その下級士官のバッチを着けた男は呆けた表情の(あと)、その口元を軽く吊り上げる。


「......おや、バレていましたか。」

「それはもちろん。」


ピ――ピ――ピピ


 ブサーの音が目的のブロックへと到着した事を知らせる。

扉が開いたエレベータ、彼らは無言でそこから去った。



――通信終了――



――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   





ゾゾゾゾゾ____ゾ


 遂に目的地に着いた様だ。ここはまさしくこの空間の中心部。巨大な柱がさらに膨らんだ球状の構造物。既に全体像が見えない程に俺を近づけた触手は完全に動きを止めた。またこの光景を俺に見せているつもりなのだろうか。こちらを威圧する様な圧倒的な存在感を放つ球体。その前で止まるこいつの...顔の無いこいつの真意は全く読めない。人の心を人並みにも読めない俺が、そいつを読もうとする時点烏滸がましい事(くらい)は分かっている。そういった能力がある人間に育ちたかったものだ......おっと、何か弱気になっている様だ。恐怖したり、余裕ぶってみたり、本当に忙しいな、俺の感情は。

 さて、ここから何が起きるのか。俺はこの丁重にもてなす触手と、俺の知る人間サイズの施設の存在に心を辛うじて平静に保つ事が出来ている。訂正。ドキドキは止まらない。先程からスーツとヘルメットを経由して伝わってくる一定間隔の振動は、恐らく俺の命を刻む音だろう......これは平静とは言えない。

 

ゾ__ゾ__ゾ__ゾ__


 触手が再び動き始めた。見る限りこの球体に出入り口はなさそうだが......


スゥ――、キキッ


ズンッ


「っ」


 聞いた事が無い動作音と共に球体の表面が変化する。波打つ様に動くそれは、その波を俺の向かう中心の方へ集めていく様で.....


ボゥワッ


 まるで気泡が破裂した様に現れたそれは、まさしく通路。人が10人並んでも余裕をもって通れそうなそれは、既にその縁の部分も元の無機質なものに戻り、先程まで波打っていたとは思えない硬い光沢を放っている。

 俺は今まで一番遅い速度で触手に引きずられる。よく見るとこの触手、球体と通路の間から伸びていた様だ。圧倒される様な光景と、これから向かうであろう巨大な球体に目を奪われ、その事に気付かなかった、と言い訳をしておいて、俺はこのまま本当に球体の中へと向かう。

 

ゾ__ゾ__ゾ__ゾ__


 遂に、その中へと入った。通路からこの入口の地面はシームレスとなっていて、触手はその横の隙間から出ていた様だ。そしてその触手は、今度は俺の横を回り込み、入口の外から伸ばした触手で俺を押すかのように引っ張っている。うん。何かもっと良い表現が......


ボゥワッ


「!?」


 先ほど通った入口が急激に閉じていく。しかしそこには未だ俺を引きずる触手の姿が。

俺はその光景をまじまじと見ていた。その入口が、触手を迂回する様に閉じてく光景を。まさか、今では珍しい液体金属か? それともマイクロマシンによるマクロ制御だろうか? 大学でも適当に過ごしていた俺には全くと言って良いほど分からない。やはり勉強というものは大事だな。

 などと他人事の様に言っている俺だが、本当にどうしたんだ? 未だ心音は激しいがパニックにはならない。そしてこの心音も恐怖というよりは、むしろアトラクションに乗る前の興奮だ。あの激しい頭痛もそうだが、この洞窟に足を踏み入れた時点から、脳に何かされていたのではないか? 精神感応波の研究はどこかの星系で進んでいるとは聞いているが、もしやこの星系がそれなのか? 


俺は足りない知識を総動員しながらこの施設の正体を探った。しかし今回も最後の答えまで辿り着かない。


(はぁ。足りない事だらけだ。)


 無力。それを感じた途端、俺の体から力が抜けた。今まで繰り返してきた感情の起伏の“伏”に突入した様だ。自分で言っていて呆れる。これも精神感応波の所為か? 否、他人の所為にするのは()めよう。それもこれも、俺が在学中にしっかりと勉強を......


ドンッ


 引きずられたまま、思わず拳で床を叩いた。深く深呼吸し、精神を整える。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ。」


 覚悟は決まった。よく考えれば分かる事だ。俺はこの星に不時着。奇跡的に生きていたが、ここにはビーコンが無い。本当に意味での自然の岩肌が広大と表現して良い程残されているここは所謂未開の星。人類の生存に適した大気と温度を持つここが開発されないという事は、それ相応の理由があるのだろう。そして、その理由が今俺のいるこの施設なのかもしれない。

 つまり、初めから“無事に”助かるという可能性は限りなく低かったという訳だ。辛うじて拾ったこの命、最後の(ともしび)まで清いままで終わりたい。


ゾ__ゾ_______


 俺がそう覚悟を決めたからだろうか。触手が動きを止める。今まで仰向けで物思いに耽っていたが、下を見るとどうやらまた次の壁に到着した様である。つまりはこの壁も変わった開き方をするのだろうか。


カチッ、シュゥゥゥゥゥ


 滑らかな表面に突如凹凸が現れ、そこを割る様にして扉が開く。どうやらここは俺の常識にも当てはまる構造らしい。それよりも、その中は気圧が少し高いのか、開いた扉の方から風が流れてくるのを感じた。


_______ゾ__ゾ_____


(おや?)


 いい加減俺を引きずる事に疲れたのか、俺の体を少しだけ前に出した触手はそこで動きを止めた。ここから俺が歩けと言うのか? しかし未だ足に巻き付いる事は変わりない。

 

「ここからは歩くから、もう離しても____っ!?」


ヒュッ


 俺は咄嗟の出来事に反応出来なかった。扉の向こうから飛び出してきそいつ等は、俺をここまで連れてきた触手比べて細い、しかし途轍もない速さをもった触手。それが全身に絡みついてきたのである。


「ぐっ!?」


 そしてその触手はものすごい加速を以って俺を扉の向こうへと引き込んだ。景色が流れるのが非常に速い。これは何層にも(わた)るシェルターだろうか? 長い通路と分厚い隔壁が俺の視界に交互に訪れる。


ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ、ファンッ


シェルターを通り過ぎる度に聞こえる風切り音? 名前は知らないが、何故俺みたいな質量の物体が通っても聞こえるんだ......これ早すぎ_____


ヒュンッ


「ぐぇっ」


 どうやら角を曲がった様だ。まさか減速もしないで曲がるとは、先程までの触手はやはり程良い節度を持っていた。


そして今、最後の隔壁を通過した様で、俺の体は宙で止まった。


ガンッ、カ、カ、カカカカカカ、シュ――


 どうやらここが本当に終着駅の様だ。不気味な音と共に扉が閉まり、完全に退路と断たれる。俺はもう逃げられない。数本の触手に仰向けに固定され、宙を浮く俺は下を見る事すら許されない。

 これは泣いても笑っても終わりらしい。否、終わりか、始まりか。それはこの金属触手を動かしている何者かの意志か、もしくはこの施設を構成する機械の判断に委ねられた。

 俺は瞑目する。瞼の裏の俺のくだらない生き様を映して一人無機質な空間に唯一の有機物として思考する。


(さて、ここで今までの人生の回想でもす____)


シュッ


「え?......」

 

 あれだけ頑丈を謳っていた与圧服が裂け、鮮血が舞う。これは......


 俺は急激に薄れゆく意識の中で見た。

 この世にて、圧倒的に見る者が少ないであろう___









自らの内臓を。







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