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2.




 ロックの解除音がヘルメット越しに小さく聞こえる。直後、未知の世界への扉が開いた。


「はぁ、ふぅ。はぁ、ふぅ。」


 そして呼吸を整え、その一歩を踏み出す。


 目の前にあるのは墓石を思しき石の群れ。ボロボロになった部屋を歩く俺は、整えた呼吸が早くも乱れ始めるのを感じた。しかし歩みは止めない。もう一度通信機の状態を確認し、そのまま船外のへと足を踏み出した。

 

「これは......」


 外は酷い有様だった。船の横には俺は今通ってきた大穴が開き、ここから見える位置にあるスラスターは全損、フロントガラスの防護シャッターも至る所に深い傷や凹みが出来ている。良くこんな状況で助かったものだと、俺は“やり場のない感謝”というよく分からない感情をその身に感じていた。


 ひとしきりその船の状況を確認した俺は気付いた様にヘルメットの表示を見る。そしてそこに映し出されていたものに視線を落とす。


――報告―― 周辺の大気組成は「生存適正」レベルです。――

――報告―― 周辺の温度状況は「生存適正」レベルです。――


(それは“体”で確認済みだ。)


 俺は自らの失態を思い出しながら、その通知を見続ける。やはりここは地球型、しかも全てが適正値を示す環境の様だ。ここで有害ガスの警告が表示されたなら俺はこのまま船の中で救助と、それと同時に“死”を待っていただろう。しかしここは世間一般の企業なら涎が出る程の環境を持つ星。今やテラフォーミング中でもその惑星に住むような時代。これならたとえ政府が禁止していたとしても、企業の一つや二つ、調査や俺の知らない悪巧みのために来ていても不思議では無い。

 

 そんな事を考えていた俺はふと、その表示から目線を移す。船に向けていた体を背後へと回転させ、そこにあるものへと視線を落とした。そこには当然の様に鎮座する墓石の様なもの。外に出るまでは辺り一面に広がっているかと思っていたそれは、ちょうど部屋の中から見た視界に収まる様な面積に固まっていた。

俺はそれを近くで見ようとそこへ歩き出した。


(___文字は、無いな。横も...ん―、無い。)


 しゃがみながらその墓石をあらゆる方向から覗く。それらは大きさが様々であったが、自分の腰より低い高さのものを選んだ。台座を含めればそうでもないが、これがお墓としては一番しっくりくる大きさだったからだ。

 しかし見れば見る程判らない。何か文字が彫られている訳ではないその石は、大小様々なものが乱雑に並んでいる。そしてその向こうには......


(壁か。よくぶつからなかったものだ。)


 今俺が見る墓石はその岩壁に押し固める様にして置かれていた。壁と地面の間は直角では無い。そこは壁側にいく程地面が高く、墓石はそのスロープを上るようにして置かれている。つまり奥にある小さな墓石も俺の視界に入る構図だ。


 少しだけ時間を掛けそれを十分見終わった俺は立ち上がり、視線を背後の船へと移す。そしてすぐに正面の墓石へと戻した。直後、小さく息を吐くと一瞬だけ曇ったガラスを見て呟く。


(ここが終着駅、か。余りにも出来すぎているではないか。)


 海賊船に追われこの星に不時着した船。その船が止まったところがよもや墓とは、全くやってくれる。

俺は自らの運命を呪った。他人に迷惑も掛けず、波風立てずにやり過ごしてきた人生。それをこの様な形で終える事など俺の中では到底許されるものではない。常に低い巡行速度で歩んできた。つまりその終わりも静かなものであっても良いではないか。

 俺はこの世の理不尽さにヘルメットの湿度を僅かに上げた。


(歩こう。もしかしたら誰かが助けてくれる。)


 この星の余りにも魅力的な環境、その事を思い出し、少しだけ調子を取り戻した俺は前を向き、歩き始めた。ここではAPS(全銀河測位システム)は使えないが慣性位置システムはこの服も装備している。つまりは、もしそういった企業や集団がいなかった場合、ここには戻ってくる事が出来るという事だ。たとえそれが本当に意味のある事かは別としても。





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   







 ここは閉じられた空間。そこに一切の明かりは無い。

 ただ闇があるだけのそこには、1つの大きな球を囲む様に、7つの小さな球が存在していた。


「来たぞ! 来たぞ! 来ましたぞ!!」

「いつまで待たせるのだ。全く。」

「否、我々が勝手に待ちわびていただけじゃ。」

「よもやこの時が訪れるとは。」

「ああ、俺も思っていなかった。」

「しかし、彼が来るという事は、」

「そう、我らの意識もここで終わる。」

「でも、不思議と悲しく無いね。」

「あ奴は我らの救世主!! 例えその未来に我らがいなくとものぉ!!」

「そうだな。我らを託すのに不足は無い。」

「うむ。それにしてもこの時代の人類は何をしておるのだ? 彼の能力は天下のそれに等しいものであるのに。」

「“適正”だけでは評価はされないのだよ。爺。その適正を発揮する“何か”が無いと。」

「つまり......ここ以外には無いのぉ。」

「そう。そして彼は導かれた。人間程度の寿命の間で、よくここまで到達したよ。うん。全くもって導かれたとした言いようがない。」

「それなら、その導いた者とは?」

「宇宙、じゃないか? 重力場異常と時空震、それにここの封印が弱くなる瞬間に、しかも完全適正者として現れるなんて。」

「この世は不思議で一杯ね!」

「左様。某もそう思っておった。」

「お! えらく遅かったね。どうしたの?」

「少し、身の回りを清らかに。」

「身の回り? 身なんて無いけど。」

「彼の者が我の能力を十全に使える様、備えていた。」

「そっか。つまり僕達もそろそろ。」

「逝くか。」

「逝こう。」

「逝きましょう。彼が私達の意志を継ぐと信じて。」

「信じる、か。もう一度、もう一度だけな。」

「人を信じる。本来は良い言葉であるのに......」

「まぁまぁ。ほら、彼が来てしまうよ。」


「よし、それでは皆さん。今は無き、御手を拝借。」

「締めはそれか。」

「当然。」









「それでは、我々の永久の別れと、彼の前途に、」





「よぅぉ――っ」



パン








――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   





――報告―― APS信号を受信。――


「っ!?」


 船から離れて2時間、早くも何者かが発した電波を捉えた。そしてそれはAPS(全銀河測位システム)規格のものであった。それを見た俺は全身から喜びの感情が溢れてくるのを何とか抑えながらその通知の詳細を目で追う。しかしそこには、あふれ出た感情に疑問という異物を混入させるのに十分な情報が入っていて......


――報告―― APS信号を受信。――


――――――――――


発信者:&$)&&$)〔国際規格に一致しません。〕

発信元:“&&$”#‘〔国際規格に一致しません。〕

通信回線:近傍通信

通信規格:‘‘**&&$“#〔国際規格に一致しません。〕

通信強度:レベル0〔現在受信していません。〕


――――――――――


(位置情報だけは送ってきておいてこれか.........つまり相互通信をする気は無いってことか。)


 相手の情報がほとんど含まれていないその信号に、俺の眉間は深い皺が刻まれた。こんなAPS信号は今まで経験した事が無い。それに加えて一度で信号を切るなど、それこそ発信者は何を考えているのだろうか。

 俺はその情報が表示されている部分に息を吹きかけ一瞬曇らせる。眉唾、その言葉すら怪しいこの信号を俺はどうしたら良いのだろう。国際規格に一致していないという事は故意に規格を外した信号を送ったか、そうでなければ余程古い型の通信装置を使っているのだろう。否、訂正。どれだけ古い型のものを使っていても、それこそ骨董品でもその種別だけは判別出来るよう今の通信機にはマイナーな会社が作って認知すらされなかった周波数さえも登録されている筈だ。そこを全て外してくるとは、相手はやはり中々にして癖者らしい。

 しかし相手を選らんではいられないのも確か。受信ログを見て一瞬だけ捉えた信号の位置を確認する。ここからそう遠くは無い。しかも今歩いている崖沿いのルートそのままだ。

俺は疑念の中、しかし心なしか軽くなった足で地面を蹴り、そして歩き出した。





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   



――カラサギ輸送 オフィスの一室――



「あの無能めっ!!」


 一人の男がデスクを叩いて叫んだ。その男は椅子にどさっと座ると目の前に散らかす様に置いてある書類から1枚を憎々し気に引き出す。そこにはある社員のプロフィールが載っていた。

 男は写っている顔写真の人物を射殺さんばかりに睨み付ける。

 そう、この男がこの会社<カラサギ輸送>の代表。延命は2回限り、たった一代で会社を小星団一部上場まで成長させた所謂(いわゆる)“やり手”の社長である。


 その男は今まで何度も見たその書類を再度デスクへと投げ捨てる。


(なんという事だっ。よりにもよって“あの”積荷と共に姿を消すとは。)


 男はまたしても社員のプロフィールを手に取る。何度も何度も繰り返してきた事だ。しかしようやくその繰り返しから抜けたらしく、落ち着きを取り戻そうと心の中で自らを相手に呟きだす。


(ふぅ、いかんいかん。これでは社員に気取られてしまう。......しかし困っ...た。)


 男はそう言いながら他の社員のものよりも上等な座り心の、社長椅子へと体を沈める。力の抜けた体。しかし顔の筋肉という筋肉には全て、それこそ痛くなる位の力が入っていた。そんな男は今度、書類は手に取らず椅子を横に回し頭をデスクに近づけ、横目でそれを見る。当然だがそれで何か解決する訳では無い。しかしその写真に写る人物を見ながら今感じる怒りに打ち震えていないと、逆にこれから自分に起こり得るのであろう事態に心がどうにかなってしまいそうだった。


(これでは保安庁に捜索願も出せない。しかし積荷が無事届けられなければ.........)


 俺は死ぬ、と。そう呟いた男はその瞬間一機に顔の力が抜け、いつも人に見せるような柔和な笑みが似合うものへとその姿を戻した。しかし今の今まで深く刻まれていた皺は、その余りの深さから僅かな痕が残されていた。


(何か。何か手は無いか。)


 男は頭の中を縋る様にして探しながら、目頭を強く摘まんだ。そして、あとは悪魔に魂を売る他無いのかと、その目頭を摘まんだ指はますます、そこへと食い込んでいった。





――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   ――――   





(洞窟......か?)


 あれから歩くこと1時間。遠くないとは言ったが現代人の俺にこの荒地は強敵だったらしい。船に戻ったら何か塗らなければ......戻る機会があればの話だが。

 さて、今俺は洞窟目の前にいる。この崖に沿って歩いていて判らなかったが、歩いて行くと崖の表面に人が3人程通れる大きな穴が開いていた。それが地面に接する様に開いていた事だけは救いだ。


(武器になるものは元々積んでいなかった......国際法め。)


 そう吐いた俺はもう一度受信ログを確認する。やはりここが発信源らしい。しかし“ここ”というのが解せない。確かに座標はここを示している。どの衛星を経由したかは判らないが、それでも洞窟の入口から発信されるとはどういうことだろうか。まるで誰かがここで信号を発信してから洞窟の中に消えていったみたいではないか。まぁ、この崖の俺とは反対側に行った可能性も捨てきれないが。

俺はそんな疑念を払拭出来ないまま、ヘルメットのライトを点け、意味の無い酸素残量のチェックし、洞窟へと足を踏み入れた。自分でもこれが蛮勇という事は分かっている。それでも入るという選択肢を俺は選んだ。


 入口から入ってすぐのところをライトで照らしながら歩く。なんて事は無い。ネットで見た洞窟そのままだ。それにしても洞窟探検とは、別に憧れていた訳では無いが、年に数回降りる地上では人工のもの以外見た覚えのない俺。そんな俺にはここがとても新鮮(?)に感じられる。それよりも今となっては、電脳空間内でよりリアルな洞窟探検も出来るのだが......否、現実よりリアルとはこれ如何(いか)に。


 そんなくだらない事を考えて早10分。俺の目の前に現れたのは“南京錠”の付いた金属の扉だった。南京錠などまだ絶滅していなかったのかと、俺はそれを興味津々という様に見る。なんて原始的なロックなのだろうか。確かに扉に付いている器具に棒を通すことで施錠されている。とても単純。その言葉しか出なかった。今このタイプの鍵を探すとなると公文書館の多段階ロックの一段階か、それに匹敵するセキュリティが必要な所の物理ロックでしかお目にかかれないだろう。俺は暫しそんな骨董品を眺めた。


 しばらくして満足した俺はその南京錠に触れる。そこで気付いた。


(鍵が無い。)


 考えなくても分かる様な事実に今更ながら気付く。ドリルは電離カッターなど持って来てはいない。正規品の工具には高度なセーフティーロックが掛かっているため武器として指定されないのだが、その高額さを理由に一輸送船に配備するなど無駄だと社内会議で決まってしまったのである。


 再び訪れる失意の波。俺はため息と共にその南京錠を軽く叩いた。


ガ、キンッ


「...............は?」


 すると落ちて壊れた南京錠。俺はその犯人たる右手と、足元でバラバラになった被害者を交互に見る。そして、


「お邪魔します。」


 礼儀正しく、その扉を開けた。その若干早い挨拶を済ませた俺はその扉の隙間から中へと入る。そして入った先に広がっていた光景とは......


(洞窟。)


 先程と特に変わりなく洞窟であった。俺はただでさえ消えつつあった緊張がさらに吹き飛んでいった事を感じた。

しかし、決してふざけている訳ではない。本当に緊張が解れていくのだ。それもこの洞窟を進むにつれて、少しずつ。


(これがあれか、“実家にいる様な安心感”ってやつか。)


 まだ人類が宇宙に出る前。それも一握りの専門家しかそこへ昇れなかった時代。そんな時代に流行ったネットスラングらしい。ひと月前同僚に言われたその事をこんなところで思い出す事になるとは。もしかしたらこの日常に引き戻す様な感覚は心の防衛本能がそうさせているのかもしれない。海賊に襲われ未知の惑星に墜落。普通なら絶望するだろう。そして船体に開いた大きな穴。その前に広がる墓石の群れ。よく心が壊れないものだ。すごいな、防衛本能。

 

 そんな事を考える俺は、心が感じる余裕が増していくのを感じながら洞窟を進んだ。どこを見ても岩肌。ライトが照らす場所は全て無機質なその表情を変えずにこちらを見ていた。まるでここに迎えられている様だと、そう思う俺は既におかしくなっているのだろうか。否、おかしくなっていても良い。絶望しながらこの星で過ごすよりは。


(このまま行き止まり、って事になったら怒るぞ。)


 行けども行けども洞窟はその姿を変えない。俺はこの洞窟に入る直前にスタートしたタイマーを見た。そこには、今丁度40分を告げる数字の列があった。つまりあの南京錠の扉から30分歩いたという事だ。短い様な、長い様な、全く微妙な時間だ。俺はそのタイマーから視線を外すと洞窟の先を見た。ヘルメットのライトが放つ明かりが届かない。つまり、ほとんど直線を貫くこの洞窟はまだまだ続きそうだという事だ。

 俺はため息を一つ()き、ブーツ越しに地面を踏みしめた。酸素はまだ無くならない。それ以前に与圧服の酸素が切れたら、それを脱げば良いのだ。一応警戒の意味と身を守るために着ているが、環境適応という意味では本来着用する必要な無い。しかし小心者の俺にはピッタリの厚手の服はこの身に安心感を与えてくれる。ヘルメットもそうだ。頭を強力に守るこれは宇宙デブリさえ通さない。これなら怪物とかが出てきていきなり頭部をぺしゃんこにされる心配も無い。それにしても“ぺしゃんこ”とは久しぶりに使った気がする。前に使ったのは.........ん?


ゾ___ゾゾ_____


「なんだ?」


 俺は思わず呟いた。ヘルメットの中、そとに声が漏れる訳もなく無意味な事だと知っていても。


ゾゾ______ゾゾゾ_________ゾゾ


「おい.........」


 何かがいる。それを感じた俺は踵を返し元来た道へと戻ろうと足を踏み込んだ、しかし......


ズル____


「え? ズル......って______うおっ!?」


ズルズル__ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ


「う、うわあああああああああ!!!」


 俺の足が何かに捕まった。そしてバランスを崩した俺の体は前に倒れる。俺はそれを引き剥がそうと、その犯人を掴んだ。しかしそれはものすごく硬く、そして強い。そこで俺はその正体だけでも見ようと体を仰向けに直し、自分の足に取り付いているそのモノに頭のライトを向けた。すると、そこにいたモノは.........


(金属の触手!? ふざけんな!!)


 表面が光を反射する。恐らくその硬さからおそらく金属。その硬い触手は俺の足に巻き付いて離れない。

直後、その触手は足を持ち上げた。地面に着いているのは最早腰から上だけ。そして、


ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ


そのまま俺は洞窟の奥へと引きずられていった。




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