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運命は自ら望む者を導き、嫌がる者を引きずっていく
――セネカ
「まダか。まァったク! いつまデ、待たセるつもりナンだろうネぇ」
双眼鏡をのぞき込みながら、ゼヴィアがひどく聞きずらい、しわがれた声で言った。
ゼヴィアはやや小柄ながら、ひどい猫背の人物だった。
鎖かたびらの上に、肩をすっぽりと覆う外套を着ていた。腕は上腕から手首まで、籠手と手甲を装着しているのだが、その腕が異常なほど長く、膝下まで届くほどあった。
逆に、足は腕と比べると極端に短かった。左の腰に銃身の長い拳銃、右の腰に湾刀を佩いているのだが、その両方の先端が床につきそうになっていた。
顔のなかで一番、目立つ部分といえば、鼻となるかもしれない。鼻面がとても長く、その上しわがよっているので、どことなく猫科の獣を思わせた。そしてそれは、耳もとまで達した唇と、その唇の間からのぞく牙、たてがみのように頭頂部から首までつながる毛髪が、そのように感じさせるのかもしれなかった。
もちろん! ゼヴィアは人間ではなかった。そのような人間が、いるはずがない。彼女は牙の民とも称される、アーズモランだった。
アーズモランは戦闘種族で、人生のほとんどを戦いのなかで過ごし、戦いのなかで死ぬと言われていた。戦場で仲間とするなら、この上とない信頼できる相棒となるが、敵とするならこれ以上にやっかいな相手というのも、なかなか思いつくものではなかった。
子供を恐がらせる昔話の類いに登場し、冷酷非情で血を好むがその一方で知性にやや乏しく、欲をかいて失敗する、というのが役どころなのだが、それはアーズモランの真の姿を言い現している、とは決してならなかった。
「見るカい?」
ゼヴィアが顔から双眼鏡を外すと、傍らにいたエイルが驚いた表情を浮かべた。
エイルは先が尖り、両端に房を持つ二角帽にジャケットを着ていた。首の周りにはスカーフを巻き、ズボンとブーツを履いていた。腰には剣を挿していた。
そのエイルもまた、ゼヴィアと同じく、人間ではなかった。
いや! ゼヴィアとエイルを比べると、エイルのほうがまだ、人間にように見えるのかもしれない。ただし――背丈を別にすれば、だ。
背はとても高い――巨人と、そう称してもいいくらいだ。大人が手をのばして高くジャンプしても、その頭までは遥か届かないくらいだ。
ただでさえ、そうなのだから、小柄なゼヴィアが隣にいると、エイルの背の高さがさらに際だって感じられた。
ノアルデュール――エイルの種族はそのように、呼ばれていた。アーズモランと同じく戦闘種族として知られ、剣技を磨くため、戦いを求めて戦場から戦場へと渡り歩いている、とも言われていた。死と戦いを神聖視している、という意味ではノアルデュールもアーズモランも同じだが、ノアルデュールはさらに勝利だけでなく、戦い方そのものに高貴さを求めている点が異なっていた。
「な――何ダい、顔に何かツイているのかイ?」
ゼヴィアが訊くと、エイルはうなづき、目のまわりを指さして、ぐるぐると回転させた。
日が暮れかけ、あと二時間も経てば闇がすべての色を喰らいつくしてしまう――そんな刻限でも、ゼヴィアの両の目の回りにべっとりと黒い塗料がついているのが見てとれた。
ゼヴィアが柔毛がびっしりと生えた手の甲で顔を拭い、次いで双眼鏡の接眼部を指で触った。
「マぁったくゥ! こんナことをするのハぁ、ジンラいくらいのものダねぇ」
ゼヴィアが言うと、その後ろでエイルがうんうんと、うなづいた。
「でモ、大切な作戦ノ前にィ、こんなくだらナイことをするなんテぇ、いけない子だネ。後でこのコトはァ、よーくッ話し合わナイとね」
ゼヴィアが右手の鉤爪を動かしながら言うと、エイルが恐ろしげな表情を浮かべ、首を横に振りながら自分の肩を抱く仕草をした。