死神、地底の奥へ 前編
「虚空。…休暇、という事にしてありますが、少々調査を頼みたいのです」
「調査、ですか」
映姫と虚空、二人で並んで昼の休憩をしていた所で…映姫から切り出してきた。
「ええ、少し旧地獄を」
「あー…地底ですか」
「はい。まぁ…怨霊がどのくらい居るのかを見て確かめてくるだけでいいんです。その後は自由にして貰って構いません」
「あの、やっぱり最近休暇を取ってないから怒ってます?」
「怒ってません」
即答だった。ぷいっと、そっぽを向きながら。
「分かりました、その調査…行ってきます」
「ええ、お願いしますね」
翌日、虚空はいつもの黒いコートを羽織り、地底へ繋がる縦穴の前に立っていた。
「…うーん、休暇を装った仕事って言ってたけど、完全に休暇なんだよなぁ」
ボソッと、誰にでも言う訳でもなく。
縦穴へ飛び込み、落ちていく。
手に取ったナイフで林檎の皮を剥きながら。
(最近は地底の妖怪が地上に出る事もあるって言ってたが…まぁ、少数なんだろうな。全然見かけないし。…あ、でもあの火車は神社にちょこちょこ行ってるらしいな)
皮を剥き終えた頃、底に着地する。
と、頭上から風切り音とともに桶が落下してきた。
「…っと」
難なく受け止め、抱えるようにすると…中に、緑の髪の幼女が虚空を見つめていた。
「相変わらず…というか、つるべ落としの習性なんだよな。ほれ」
切り分けた林檎を差し出すと、嬉しそうにシャクシャクと食べ始める。
「…ん、そういや…ヤマメは今日は一緒じゃないのな、キスメ」
「……」
キスメは、縦穴の底から伸びる横穴の方を指差している。
「…ん、旧都の方に行ってるのか。で、キスメは留守番と」
キスメは頷く。
「そっか。…留守番頑張ってな」
切り分けた林檎を渡すと、キスメは微笑みながら手を振っていた。
旧都へと繋がる橋で、緑の眼の女性がブツブツと呪詛を言い続ける女性が居た。
「…よう」
「…ん、あんたか。相変わらず忙しそうね、妬ましい」
「一応今日は休暇なんだけどな」
「…のびのびとしに来ただけなのね…妬ましいわ」
「まあまあ、そう言うなって。…ほら、今回の通行料だ」
パルスィに向かって林檎を投げ渡す。
「…なんであんたの林檎、あんなに美味しいのよ…妬ましいわね」
妬ましいと言いつつ、パルスィの表情は幾分か和らいでいた。
「…なんだかんだ言って、やっぱり楽しみにしてたんじゃないか」
「た、楽しみになんかしてないわよ」
「はいはい、じゃあ通るぞ」
虚空が通り過ぎて何分かした後。
林檎を何とも言えない表情でかじる橋姫がそこにいた。
旧都の喧騒は、相変わらずのようだ。
昼夜問わず、宴会をしているようなもの。
鬼たちが、飲み、食い、喧嘩して騒ぐ。
「…っとと、今日は輪をかけて騒がしいな」
飛んできた瓶を避けつつ、大通りを突っ切る。
「…ん?おー、虚空じゃないか!久しぶりだねぇ!」
「ああ、勇儀か。…相変わらずその杯で飲んでるんだな」
「これで飲むとなんか美味く感じるんだよなー。…で、今日はわざわざ何の用だ?」
「ちょいと地霊殿に」
「ん、そっかそっか。…仕事か?」
「表面上はね。旧地獄の様子を見てこいって」
「そっかそっか、じゃあ今日は地霊殿の奴らが相手だな」
「…まぁ、そうなりますね」
「ま、頑張れよー!あと、今度は私たちと飲み比べしような!」
「…俺がすぐに潰れちゃっていいなら、いいですよ」
「ははは、じゃあまたなー」
星熊勇儀は、酒場へと入っていった。
(…今日はあの酒場、お酒が根こそぎなくなるだろうな)