もふもふの素晴らしさ
前回までの話を改稿しています。説明の追加、及び大亀との遭遇シーンの変更です。大筋は変わってません。
この世界における人族と呼ばれる存在は、幅広く定義されています。
とは言っても、要するに「二足歩行の言語能力を持つ知的生命体」をひっくるめて人族と称するだけなのですが。
まるで地球のホモ・サピエンスそのモノの姿形をした人族、竜人族、鳥人族、狼人族、そして言わずもがなの猫人族。
狼人族と猫人族はファンタジー定番のもふもふ組達です。竜人族、鳥人族についてはまたの機会に説明しましょう。
そのもふもふこと子守メイド兼我が家のマスコットアイドル、ガーネットをご紹介致します。
彼女は灰色がかった毛色をし、その大きな目は綺麗なサファイアブルー。赤目じゃないんかい、名前ガーネットなのに……などと突っ込みませんよ私は。
そんな事、彼女の愛らしさの前では些事にすぎません。ぴんと立った二つの耳、ヒクヒクと動く髭、ひんやりと冷たい鼻、そしてぷにぷにの肉球。正に地球で見掛けた猫そのもの……が人間サイズで二足歩行。リアル着ぐるみです。この萌えは筆舌に尽くしがたいのです。
あ、前世では猫派です。
この世界、猫人と狼人はいても、猫そのもの、狼(もしくは犬)そのものは存在しない様です。……進化したのでしょうか?
確か神話では、女神の御使いが世界の混沌を鎮め、安定した大地から生命が誕生した……と絵本で読んだのですが。進化論、有りですかね?
まあ、考えても分からない事は置いといて、ガーネットについてです。
私はチート能力は有りませんが、数多の転生経験により、言語能力だけはやたらと発達しております。言葉というのは自然と覚えるものの代表ですしね。
多くの言語パターンを知るゆえに、意味を理解する……覚えるのが早いのです。
実は生後三週間頃には、言葉、分かっちゃってました。いやいや、チートでは無いですよ。ヒアリングだけですし。喋れませんでしたし。そんな大した事では……え、ウザい?
コホン(咳払い)。
気を取り直しまして。早々に言葉の意味が分かるようになった私でしたが、個々人の発音の違いによっては、聞き取りにくい事もありました。そのため初めの頃、ガーネットの喋り方は訛りが強いな、と思っていたのです。
……ええ、違いました。それは大いなる勘違い、何故すぐに気が付かなかったのか!
今でもはっきりと思い出せます。あの瞬間を--。
私とエルディンが眠る寝台へ、何事か声を掛けながら近寄ってくるガーネットの姿。
それまで不明瞭だった訛りが、唐突に意味をなしました。
『ご飯の時間ですにゃー』
--猫語尾!!
カッと瞠目した私に驚き、一瞬毛が逆立ったガーネットは大変愛らしかったです。
大猫さんが猫語尾で喋る--ここは楽園か。しかも子守メイドです。エプロンドレス付きです。
これはもう、思う存分甘えるべきでしょう。
私は生後三週間にして、そう決意したのです。
--そして今に至ります。
村に帰って怒れる鬼神(ソフィ母)と遭遇した後、私達は家に連行されました。そしてすぐに子供組は風呂場へ放り込まれ、ガーネットの猫手で綺麗に丸洗い。
やっとサッパリしました。ですが空腹感が凄まじい事になっています。
もう歩けない、とエルディンと一緒にガーネットに訴えた所、彼女は私達を同時に抱き上げ、食卓まで運んでくれました。本当に素晴らしい子守メイドです。
モフモフを堪能しながら昼食へと目を向けた私は、少しばかりやるせない気持ちになりました。
当然と言えば当然なのですが、鶏肉料理でした。
私とエルディンがランチタイムを過ごしている間に、大人組は話し合いを終えたようです。
ソフィ母が私達の側に来ました。……まだ怒ってます?
「あのね、エル、ミア」
意外にも穏やかな声でソフィ母は話し始めます。
「お外に出てみて、どうだった?」
私とエルディンは顔を見合わせます。予想とはちょっと違うパターンです。
「たのしかった。土がフカフカしてて、葉っぱがキラキラしてた」
エルディンは素直に答えました。疲れもしましたが、初めて見た外の景色は、子供心にも鮮烈に印象付いた様子です。
「おおきな木がいっぱいありました」
……私のは感想ではなく、ただの事実を言っただけですね。
ですがソフィ母は共感する様に頷きました。その目には複雑な色を浮かべています。
瞬きした次には、もうそれらは消え失せていましたが。
「……また、お外に行きたい?」
「うん」
「はい」
「お外は怖いのが一杯いるわ。それでも?」
私とエルディンはもう一度頷きます。この世界に生まれた以上、いずれは必ず村の外に出る事になるでしょう。それが早いか遅いかの話……と私は考えての返事です。
エルディンの方は純粋に、幼子ゆえの好奇心から出た答えなのだと思います。それもまた、生き物としては当然なのです。
子供であるからこそ、恐れを知らない。……いえ、ソフィ母の怒りは怖いのですが。美人の怒りをご褒美扱いできるのは、一部の方々だけです。
「そう……」
ソフィ母は一度、大きく息を吐きました。覚悟を決めたのでしょう。
「分かったわ。ナナ母さんとも話したのだけれど、これからは月に三回、二人ともお外に出る事を許します。……ナナ母さんと、狩りに行くのよ」
恐らくですが、今回の護符レクチャーもとい紫紅猪狩りは、ナナ母が無断で決めた事なのでしょう。教育方針について、ナナ母は早い内からの英才……ちょっと違うかもしれませんが、とにかく早めに鍛えておこうと考え、ソフィ母は一般的な子育てをするつもりだったのだと思います。その予定をナナ母が木っ端微塵にしてくれましたが。
実母がイケイケ過ぎて困ります。
続いた言葉に、私はぎくりとしました。
「ミア、もう字は読めるようになってたわね?」
気付いていましたか。内心焦りましたが、こっくりと頷きます。習熟度まではさすがに知られていない筈なので、多分大丈夫です。
「エルはまだ読めないわね。文字の読み書きも、これからはきちんと教えます。私とナナ母さんが知っている事、できる事、全部をあなた達に与えましょう。……二人が、生き抜けるように」
意味深ですが、言葉には私達への愛情が溢れんばかりに込められていました。
私とエルディンは、この危険に満ちた世界の事をほとんど知らない、小さな子供です。ですが愛情を与え、守り育ててくれる親がいます。それが貴重な幸運だと私はよく知っているのです。
大いなる感謝を、二人の母へ捧げます。
「話しは済んだ?」
ナナ母、空気読んで下さい。
雰囲気ブチ壊しで登場したナナ母は、赤く汚れた前掛けを着けていました。生臭いです。
「今夜の鍋だけど、つみれも入れる? 挽き肉作ろうか?」
……ちょっと待った。
その言い方だと、もしかして、時間の経過的にですが……子供の未来についての話し合いは、解体の傍らで行われたのでしょうか。
既に紫紅猪は肉塊に加工済み、と聞こえるのですが。
「この子達には柔らかい方のがいいんじゃないかしら。そうね、お願い。分かってるでしょうけど、肝臓は捨てないでね」
ソフィ母、切り替え早いです。
疑惑は流す事にしました。何故なら、私とエルディン、共に限界が近かったからです。
思考が霞みます。つい目をごしごしと擦りますが、もう誤魔化しは効きません。
ソフィ母が微笑むのが分かりました。
「疲れたわよね。さあ二人とも、お昼寝にしましょう」
抱き上げられました……このモフモフ感、ガーネットですか?
エルディンはソフィ母が抱っこしている、はず……。
とても暖かな眠りの闇に、私はそのまま落ちていきました。