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本当に怖いのは

 ようやく村へと帰る途中、外が危険だという意味を、目の当たりにしました。



「護符はね、持ち主が本能的に危険を感じると、自動で結界を発生させるのよ。結界ってゆーのは、あの光のコトね?」

 帰り道、ナナ母から護符についてのレクチャーがありました。遅すぎです。

「二人が着けてるその護符は特別製でね、魔力が切れるまで結界が消えないの。今、ちょっと疲れてるでしょ? それが魔力切れ」

 はい分かってますよ?

 もっと別の情報をお願いします。

「魔力は休んでいれば回復するわ。ごはんを食べる事でも回復するわね~」

 ああ、食事って、つまりは他の魔力を持つ生命体を摂取する事になりますからね。

 死んだ時点では、肉体に宿る魔力は消失しない、という事ですか……体細胞自体が魔力を保持できる作りになっているのかもしれません。

 もっと更なる情報を、と思った所で、ナナ母は見事に期待を裏切りました。

「紫紅猪は今日の夕御飯になるわねぇ。お鍋にしましょーね!」


 はい、以上でレクチャー終了です。ここから後は紫紅猪は何料理に向いているか、等のお話へと逸れていきました。いえ、元々レクチャーではなく、ただの事後説明に過ぎませんでしたね……。 まあ、エルディンが意味をまだよく分かってないみたいなので、ナナ母も詳細を省いたのだと思います。……四歳児ですしね。知らないで良い事もあります。囮にされた事とか、魔力増強疑惑とか。


「おなかすいた」

 ポツリとエルディンが呟きます。

「おなかがすくのは、魔力切れのせいですよ」

 欠乏した魔力を作り出すために、身体がエネルギーを求めていると考えられます。

 お昼前のせいでもありますが。あとナナ母の料理談義が、一行のBGMになってるせいでもあります。

「エルは、わたしより魔力がおおいですよ」

「そうなの? 光がずっとあったから?」

「はい。エルはきっと、つよくなります」

 ふうん、と頷いたエルディンは、どこか嬉しそうに見えました。男の子です。



 突然ナナ母が立ち止まりました。どさり、と紫紅猪を地面に下ろします。

「ナナかーさん?」

「ちょっと待っててね」

 ナナ母の気配が変わりました。急に存在感が薄くなります。……どうもこの母は、意外にも能力がハイレベルです。

 そして一切の音を立てずに、一人で先に進んでしまいました。

 隣ではエルディンが首を傾げていますが、私には察しがつきました。


 護符によって一度魔力を引き出されたため、今世の私は魔力の流れが分かるようになっています。紫紅猪を仕留めてからここまでの間、ナナ母は歩きながら、まるでソナーの様に周囲へと魔力を飛ばしていました。

 探知の魔法、なのだと思います。

 極微弱な量の魔力でしたので、エルディンが気付いたかは分かりません。

 そもそも人は、ただそこに居るだけで僅かな魔力を常に発散しているようでもあります。魔力が空っぽな筈の今の私とエルディンからさえも、同様です。発散される分と、身体が作り出す分とが均衡している--これが魔力切れの状態なのでしょう。


 ナナ母が一人で先行したのは、探知に何かが引っ掛かったという事です。

 また獲物でしょうか? しかし私達に動かないように言いました。そこが少々気になります。

 ……紫紅猪よりも危険な獣、だったりしますか? 大丈夫、でしょうか。

 ナナ母への心配が、ちらりと胸をよぎります。

 暫くの間、私とエルディンは無言で待ちました。とっさに動けるように、荷物は地面に下ろしています。同じ理由で、しゃがみ込んだりもしません。


 --遠くから、その音は聞こえて来ました。

 それは、まさに木々が薙ぎ倒されていく音。バキバキ、ミシリ、ズシン、文字にすればそう表現されるような。

 初めに想像したのは土砂崩れで木々が流される光景でしたが、森の中は多少の起伏は有れども、ほぼ平地。無いな、とすぐに否定します。

 むしろこれは、大型装甲車が無理矢理木を押し倒して、道を作っている方が近い……いえ、私は辺りの樹木へと目を向けました。

 良く育った大木ばかり。

 これ、装甲車レベルでは無いですね。嫌な予感再び、です。


 前方で大きな魔力が膨れ上がりました。

「っ! ナナかーさん!」

 突然、エルディンが走り出しました。私は一瞬、呆気に取られます。……しまった、年の割には大人しい子ですが、紫紅猪に相対した時、私を庇おうとしたのでした。家族内唯一の男の為か、守ろうという気持ちが強いのかもしれません……なんて考えてる場合ではない!

 私も後を追って走ります。

 先程の魔力はエルディンも感知出来た様です。消える事なく、例えるなら風船をパンパンに膨らませたまま維持している状態で、それは同じ場所に留まっています。そこを目指します。


 視界に鮮やかな朱色が飛び込んできました。

 木々の間を縫って、遥か前方に圧倒的な質量を持つ「何か」の一部が覗きます。鈍重な動きでそれは樹木を押しのけ、倒し、踏み越えて行きます。破壊音と地響きを振りまきながら、ここが森である事にまったく頓着せず、己が道を切り開いていました。

 その大分手前に弓を構えたナナ母が立っています。身を隠す様子はありません。側には驚愕したエルディンの姿。

 ちらりと私達に視線を向け、ナナ母は苦笑した様でした。

「来ちゃったのねぇ」

 来ちゃいました。何ですかアレ。……と言うか、それ何ですか。

 ナナ母が構えた弓につがえられているのは魔力の矢、の筈です。

 ただしサイズは短槍並み。

 矢としては凶悪なまでの大きさですが、向けた相手と比べれば心許なく見えます。ちなみに先程感知した魔力の源がコレです。破裂寸前の風船の様に、限界まで魔力を注がれて射出準備オーケー、な状態で待機している訳です。

 私はエルディンに駆け寄りました。

「エル! 言われたことはまもらないとダメですよ」

 ナナ母を待たなかった事を叱ります。

「ミア……、ごめんなさい」

 とは言え今更です。私もこうして付いて来てしまったので、余りきつくは言えません。

 私はナナ母に向き直りました。

「ナナかーさん、ごめんなさい。……エルも言ってください」

 謝る相手はナナ母です、とエルディンに示せば素直に頷きます。

「ごめんなさい。ナナかーさん」

「んもう仕方ないわねー、許しちゃう!」

 エルディンの上目遣いの破壊力にナナ母も殺られたらしく、相好を崩しながら頷きます。あの母上サマ、きちんと叱って頂けませんかね?


 一際大きな破壊音が響きました。段々と近付いて来ているのが分かります。ただ、方向は少しずれているようで、このままならニアミスで済みそうです。

「あれ、こわいですか?(訳・肉食動物ですか?)」

 私はナナ母にまず確認してみます。

「怖いわよ?(訳・もっちろん!)」

 笑顔でお答え下さりました。

 今の私とエルディンに戦闘力は有りません。護符が使えたとしても、あまり意味は無さそうです。あの巨体が相手では多分、プチッ、です。

 本来なら逃げるべきなのですが……ナナ母のこの余裕は一体何でしょうか。私はもう一度視線を、環境破壊真っ最中の主へと戻しました。

 一本の木がゆっくりと傾ぎ、隣木に支えられて止まります。完全には倒れなかったものの、それによって私達の視界に相手の正体が映り込みました。

「あれは……」


 亀?

 かつて前世で見掛けた、ゾウガメによく似ています。ゴツゴツとした甲羅、ぶっとい足、象の様な肌質。

 ただし色彩は、赤。……自然界では目立ち過ぎやしませんか?


「見るのは久しぶりだなー……」

 弓の構えはそのままで、ナナ母がぼそりと呟きます。珍しい生物みたいですね。

 それでは亀の大きさについて、補足説明致します。


 まず、成人の一歩幅分、約一メートル位がこの世界の一テルルとなります。一テルルは 五十テル、つまり一テルは約二センチです。

 こちらとあちら、二百テルルは離れていると思われるのに、よく見えるあの巨体--およそ全長二十テルル。

 え、建物? 一軒家?

 ざっと見て、です。もしかしたらもっと大きいかもしれません。

 あんなの村に来たら、とんでもない事になります。防壁だけでは保ちません。

 いえ、今、私達の方こそが危険です。というか、どこにいたんだあんなの。


「たおせますか?」

 ナナ母に、更に尋ねます。

「だいじょーぶ」

 ナナ母は落ち着いていました。自信に裏打ちされた態度……なのかどうか。

 いつもと変わらない、とも言えます。--ならばきっと、大丈夫なのでしょう。


 私達が見つめる先で、大亀が歩みを止めました。ずしん、と一度足音が響き、静かになります。何かを察知したのか、こうべを持ち上げ--こちらへと視線を向けました。

 お互いに様子見をするかのごとく、緩やかに時間が流れます。何ですかこの間は。

 私とエルディンはそっと手を取り合い、握り締めました。ナナ母は微動だにせず、構えを維持してただ静観しています。


 そして大亀は再び歩き出します。

 --こちらではなく、また村のある方向でもなく。ただ通り過ぎるべく、恐らくは本来の目的地へと。

 破壊音も再開し、地面が揺れ出しました。

 あの方角にあるのは……山、でしょうか。


 ナナ母が隣で構えを解きます。矢は一瞬強く輝くと、光の粒子に分解されました。

 そのまま消えるかと思えば、なんとナナ母の体に再び取り込まれました。放つ前ならアリですか、自前魔力の吸収は。


「このきょりで、矢はとどきました?」

 訊くまでもない私の問いに、ナナ母は笑顔を見せます。

「ちょっと遠かったかな?」

 まずは威嚇、向かって来るようなら戦う……そのつもりだった、のでしょう。

「見逃すのもアリ、かな」

 小さな子供もいるし仕方無い、とナナ母が呟きます。

 どちらが「見逃した」のかは考えない事にしました。


 大亀がずっと遠く、完全に森に姿が飲み込まれるまで、私達はその場に佇んでいました。




 村に戻った私達は、まず門番さんに大亀を見掛けた事を報告しました。

 あの亀は大赤岩と呼ばれているみたいです。見た目のまんまですねぇ……紫紅猪といい。

「また厄介なのが出てきたなぁ。こっちに来る様なら、ナナちゃんを頼らせてもらうよ」

 冗談めかして門番さんが話しています。ナナ母は最終兵器か何かでしょうか。

 さすがにナナ母一人であの大亀は倒せないと思ったのですが……多分。まだ全力とか見てないし、分かりませんけど……え、倒せるの? いやまさか。


 懊悩する私には気が付かず、大人二人は会話を続けます。

「倒木は何かに利用できるんじゃない?」

「そうだな。後で人をやるか」

 村は大量の木材を確保出来そうです。当分は薪にも困らない事でしょう。

「ところでなぁ、ナナちゃん。実に言いにくいんだが」

「え、なになに?」

「いやぁ……その、な。……帰って来るの、ちと遅かったろ?」

「あー、お昼はちょっと過ぎちゃったわねぇ」

 確かにその通りです。大亀に遭遇した事で時間を取られ、普段の昼食時はとうに過ぎていました。

 隣に立つエルディンは、空腹のあまりフラフラとしています。私も同じ有り様ですが、一次成長期の身にはかなり堪えます。

 四歳児ですよ? 何度でも言いますが。


「つまりだな……お迎えが来てるぞ」

 村の門は二重になっておりまして、私達は外門と内門の中で立ち話していたのですが……門番さんの背後の内門が、ギギギッと開きました。


「お帰りなさい?」

 怒れる美女がそこに仁王立ちしていました。


 言わずと知れたソフィ母でした。

 ソフィアさん……笑顔なのに怖いよ! 私とエルディンはとっさに互いの手を掴みました。がっちり手を握り締め、体を縮こまらせます。ガクブル状態です。

 悪いのはナナ母です……全ての責任はナナ母に!

 全身全霊で祈りました。

 ちらりと私とエルディンに視線が向けられます。何も言わないのが尚更恐ろしい……。

 ソフィ母の後ろから、大猫さんが顔を出しました。子守メイドのガーネットです。

 その場の緊張を彼女がぶった切りました。


「とりあえず、お家に帰りましょうにゃー」

 ……猫語尾で。


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