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村の外は怖かった

思ったよりも話が長くなりました。

 村の周辺は広々とした草原でした。門を出てしばらくは、整備された道がありましたが(砂利道でも石畳でもない、ただ草を抜いて地均ししただけの道です)、それもすぐに途切れます。

 南西の方角に森が見え、さらに西には大きな山。村の地下水源はあそこから来ているのかもしれません。

 ファンタジーな世界ではありますが、自然摂理は地球とよく似ているようです。

 村の中でも思った事ですが、草木の緑色は地球で言う所の葉緑素で、恐らくは光合成もしているのではないでしょうか。

 野菜も姿形こそ違いますが、ビタミン等の栄養素を含み、家畜や人はそれらを摂取してエネルギーにしていると考えられます。

 生命システムは地球とほぼ同じなのです。

 ただし植物や虫、獣に人などの生命体には、必ず魔力が宿っていると言われています。無機物は基本的に魔力を持ちませんが、例外はあります。

 その例外の一つが、護符に使われている石なのでしょう。

 

 ナナ母は私達を森へと連れて行きました。

 薄々気が付いてはいましたが、ごちそう、と言うのはつまり、狩りをするという事なのでしょう。

 ……四歳児を二人も連れて、何を狩るつもりでしょうか。危険が無い事を祈ります。何だか祈ってばかりの気がします。


 森の木々は幹も太く、葉を豊かに繁らせていました。真っ直ぐ天に伸びる姿から、針葉樹かと思われましたが、葉の形は違います。

 建材向きではあるので、村はこの森を切り開いて作られたのでしょう。

 幹を這う百足のような虫に気を取られつつ、足元をよく確かめ、時にはナナ母に掴まって、森を進みました。

 四歳児とはいえ、結構体力はあるものです。今の所、疲労は感じていません。初めて見る場所に興奮しているのもあるでしょう。

 エルディンはと見れば、頬を赤く染め、ひたすら周囲を観察していました。手を繋いでいなければ、今すぐ好奇心のままに走り出して行きそうです。

 金色の髪を肩の上まで伸ばした姿は、ソフィ母似の容貌と相まって、女の子にしか見えません。 でも付くもんはちゃんと付いています。同じ家の中なので、バッチリ確認済みです。奴は男です。

 将来有望株、それがエルディン。イケメンになるのはほぼ確定ですね。中身の方は母ズと私が鍛える予定です。頑張れエルディン。


 暫く歩いて、ナナ母がおもむろに口を開きました。

「この辺りから、紫紅猪の縄張りになるからね。もうちょっとしたら、お休みしようか」

「しこうじし?」

 エルディンが尋ねます。

「ふふふ、ごちそうの事よ!」

 よだれを垂らさんばかりの勢いでナナ母が答えますが、何の説明にもなっておりません。私はもう少し突っ込んでみました。

「しこうじしは、こわいですか?」

 ですます口調は私の仕様です。子供らしくないなどと言ってはいけません。

 某アニメの魚一家にだって、いるではないですか。ですます口調の永遠幼児が。

「だから護符があるのよ~!」

 やあね、何当たり前の事訊いてるのこの子ったら、みたいな感じでナナ母は返します。それ、思いっきり肯定してますよね。

 嫌な予感、まだまだ継続中です。


 やや開けた場所に出ました。どうやらここで休憩するようです。

 人為的に切り倒されたらしい、腰掛けやすそうな倒木があります。枝が落とされているので、丸太と言うべきでしょうか。

 その近くには、草を抜かれて剥き出しになった地面と、焚き火の跡もあります。休憩のために、狩人達がよく使っている場所なのでしょう。

 ナナ母は私達をその丸太に座らせました。

 私とエルディンはそれぞれ、水筒とおやつを背負い袋に詰めていたので、それを取り出します。四歳児ですからね。お腹がすいたのですよ。ちなみに本日のおやつは、卵たっぷりのふわふわパンです。

 美味しくおやつをいただき、喉を潤して一息吐きます。

 朝早くに出発したので、お昼にはまだまだ時間があります。ナナ母が食べ物を持って来ていないのは(携帯食は持っているのでしょうが)、昼までには帰るつもりだからなのだと思います。つまり、さくっと狩れてしまうごちそうである……と良いですね。希望的観測です。

 私達が充分に休めたと思ったのか、ナナ母は水筒を片付けさせました。まあ、ピクニックに来た訳では無いのですから、のんびりしていたら駄目ですよね。

 そして、腰に下げていた例の袋を、エルディンに渡しました。

「ねえ、二人共いくつまで数えられるようになったの?」

 何でしょうね、その唐突なご質問。エルディンは無邪気に答えます。

「ひゃく!」

「あらすごい。じゃあねぇ、百まで数えてみてくれる? ここで動かないで。それができたら、この袋を開けてみていいよ?」

「わかった!」

 あ、返事しちゃいましたね。

 ナナ母は満足そうに頷きます。

「 よし、じゃあ始め!」

 スタートの合図に、両手を打ち鳴らします。エルディンは数え始めました。

「いーち、にー、さーん、しー……」

 ナナ母は私の頭を撫で、立ち上がりました。私の不審気な視線に気付いていたのでしょう、にっこりと笑います。ごまかし笑いですね。

「だいじょーぶ、ここにいなさい」

 こそっと私に耳打ちし、どこかへと行ってしまいました。見てたのに気配が無いって、どういう事ですか母上サマ。

 エルディンがたまに数を飛ばすのを訂正しつつ、私は大人しく待つ事にしました。


「……きゅうじゅうきゅう、ひゃーく!」

 はい、フィニッシュです。とりあえず拍手します。

「これ、なんだろうね?」

 早速あの袋を開けてみるエルディン。もうちょっと警戒してもらいたいです。

 途端に、生臭い匂いが辺りに広がりました。これは……。

「これなに?」

 私は袋の中を覗きました。赤黒い何かが入っています。小枝のような物も二本、突き出ていました。

「……とりのあし」

 そういえば、家を出る前、ナナ母は鶏を絞めてましたね。

 ……うん。

 いくつかの事柄が判明致しました。

 紫紅猪は肉食のようです。

 鶏の足が入っている袋は、その密閉性から見て、獣の胃袋か何かを加工した物でしょう。水袋にも使えそうです。

 そしてナナ母サマ。

 四歳児を囮にするのは、ちょっと人道的にいかがなモノかと思うのですが。


 とりあえず、私はエルディンに袋を地面に置くように言いました。臭いし。気持ちの良いモノでは無いですし。なんつー物を子供に持たせるんですかね。

「ナナかーさん、どこいったの?」

「……さあ、わかんないです」

 何も知らないエルディンは、丸太を遊具代わりに、登っては飛び下りてを繰り返しています。子供は無邪気です。

 私も子供なので、一緒に遊ぶ事にしました。または思考放棄とも言います。なるようになるでしょう。

 丸太の端っこからのスタートで、じゃんけん(私が教えました)で勝ったら一歩ずつ反対側まで進む、という遊びをします。どこが楽しいのかと訊かれても、子供ですからとしか答え様がありません。

 私が三歩優勢勝ちの、中央まで来た辺りで、そのお約束は訪れました。


「……エル」

 私は静かに呼び掛けます。それ、に気が付いたからです。

「なに?」

「ゆっくり、こっちに来てください」

 そっと丸太から下りながら、エルディンを手招きします。

 聡い子です。私の視線を追って、自分の背後を見ました。そして何も言わずに、こちらへ--丸太を挟んだこちら側へと、ゆっくりと移動しました。

「あれ、しこうじし?」

 私達が見つめる先には、一頭の獣がいました。原始的な哺乳類のような姿をしています。耳は小さめで、顔は犬と鼠の中間、名前にある猪らしさは、口元の長い牙にしか見つかりません。

「たぶん、そう?」

 私も初めて見るので、これが紫紅猪なのかどうか、断言できませんでした。

 獣の体高は私達の身長よりもやや高く、全体は大型犬ほどあります。飛びかかって来られたら、抵抗もできないでしょう。

 一応、丸太を盾に隠れてますが、簡単に飛び越えられるサイズですので、あまり意味はありません。


 --こんな時こそ、護符の出番です!

 でも使い方が分かりません。どうすればいいのでしょうか。

 ナナ母サマ、我が子がピンチですよ。たーすーけーてー。なんちゃって。……ん?


 驚きました。

 なんと、獣から庇うべく、四歳児エルディンが私の前に出たのです。

 いっちょまえに女子を守ろうとするとは……オトコです。女顔とか思ってて、すみませんでした。やるな、エルディン!


 そんな事を考えている間に、獣は近くまで来ていました。

 丸太の向こう側、地面に置いたあの鶏足が入った袋を、鼻先で小突いてます。

 中身を食べようとしているのか--袋をくわえて、そして。

 首を振りました。


 びちゃっ。

 顔面です。

 顔面に鶏足と血糊が命中しました、私に。

 エルディン? しゃがんで避けやがりましたよ。

 そこは庇いましょうよ……。前言撤回、お前はオトコではない。

 しかも跳ね返ってしまったので、エルディンにも血糊は降りかかっています。二人共スプラッタ状態です。

 獣が顔を上げました。目が合います。


 ターゲット、ロックオン。まさに、そんな感じでした。


 獣は一瞬で飛びかかって来ました。大きく開いた口の中が見えます。毒々しい赤紫色です……丸太はやはり障害物にもならず、軽々と越えられ--。

「キャゥン!?」

 悲鳴を上げ、獣が跳ね飛ばされます。犬みたいな鳴き声です。

 私とエルディンは驚きに固まったまま、それを目撃しました。突然、私達の周りに、光の壁が現れたのです。

 首にぶら下げた護符に目をやります。淡い光を放っていました。エルディンのも同じです。

 成る程、これが護符の効果のようです。

 光の壁が現れる寸前、ほんの少しですが、何かが体から抜ける感覚がしました。恐らく魔力でしょう。今もその感覚はしています……これは、魔力がある限りは、光の壁を維持できるという事なのでしょうか?

 発動条件は敵意、もしくは命の危機を覚える……そうでなければ血糊攻撃は防げたはずです。と言うか、家に帰ったらソフィ母に叱られます。間違い無く、叱られます。ナナ母も是非とも一緒に。


 獣が体勢を整え、こちらを睨んでいます。まだ諦めていないのでしょう。相手からすればちびっ子二人、まさにごちそう、目前の餌を放置できるはずも有りません。

 再び飛びかかるべく、獣は身を屈めました。


 風切り音と同時に、何かが獣の頭を撃ち抜きました。獣はそのまま、横倒しに倒れ伏します。

 細長い矢の形状をした光の塊、その様に見えました。

 光の壁と同様の、可視化及び物質化した魔力。

 なんとなくですが、この世界における魔力の在り方が分かった気がしました。いえ、魔道具の意味でしょうか。


「よっしゃあぁぁ!」

 到底女性とは思えない雄叫びと共に、ナナ母が木々の間から飛び出して来ました。

 紫紅猪、とったどー!! 的な喜びに溢れています。

 手には弓、やはり先程の魔力の矢を放ったのは、ナナ母でした。ちなみに獣を撃ち抜いた後、矢は消えています。手元を離れると、物質化は短時間しか続かないようです。

 私とエルディンはぐったりと顔を見合わせました。

 ここは怖かったと泣き出すべきなのでしょうか。

 それよりも疲労感の方が強く感じます。エルディンも同じようでした。


 この母親、どうしてくれようか……。

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