世界はこんなかんじ
月日は流れ、私は四歳になりました。
遅ればせながら、ミアナ・カムノというのが今世の私の名前です。性別は女。
前世では男でしたが、慣れているため特に混乱はないです。転生した世界によっては色々ありましたからね。雌雄両性のカタツムリ人間とか、子供は地面から生えてくるんだよ? なキノコ人間とか、寧ろちゃんと性別あって良かったと思います。
母の名前は、ナナ・カムノ。私を産んだ時は十六、それから四年経った今現在、二十歳となっております。娘の私から見ても、とても若く……落ち着きのない母です。
一方、同居人の家主たる女性……きらきらエフェクトも眩しい金髪美人さんのお名前は、ソフィア・オーランド。現在二十五歳。
ソフィアさんの息子、私が生まれて最初に目にしたあの赤ん坊は、エルディンと名付けられました。母親譲りの金髪と紺碧の眼をしています。
もう一人、大猫さんこと子守りメイドのガーネット。彼女は猫人族という希少種らしいです。
以上が今の私の家族です。
……残念な事に、今世の私の父は、亡くなっておりました。エルディンの父であり、ソフィアさんの夫である方もです。
二人共、戦死だそうです。
……人間同士の戦争ではありません。相手は魔族でした。もろファンタジー。こちらは前世とは全く違いますね。
戦死しても見舞金とかは無いらしいです。と言うか、まだ戦争中みたいです。最近は小競り合い程度で休戦状態に近い、とは聞きましたが。
……いえ、正確に説明すると、終わりの無い種族対立の戦争らしいのです。ヤらなきゃヤられる、負けイコール滅亡。勝った所で責任追及不可の戦後賠償無し--話し合える相手ではない。
まだ、詳しい事情は知りません。なにしろ今の私は小さいので。
それにしてもシビアです。地球のぬるま湯が恋しいです。……温泉ってこちらにもありますかね。違った、話が逸れました。
何が言いたいかと申しますと。
この世界では、大人だろうが子供だろうが関係無く、最低限、己の身を守る術を持たなくてはいけない、という話なのです。
そんな訳で、本日は我が母上様より、護符の使用方法をレクチャーされております。
「はい、これ」
渡されたその革紐の先には、水晶のように無色透明な石がぶら下がっていました。
言われるままに、革紐に首を通して身に付けます。
「さて、それじゃあ、お外に行ってみようか」
……って、一切の説明無しですか。いきなり実践ですか。
私の隣には四歳児エルディンが、同じく護符を身に付けて並んでいます。彼は舌っ足らずに質問しました。
「ナナかーさん。お外、出ていーの?」
私達は、ナナかーさん、ソフィかーさんと彼女達を呼んでいます。実質的に母親が二人いて、私とエルディンは本当の兄弟の様に育てられているのです。
……最初の頃等、こちらの世界では女性同士でも子供が作れるのかと、ちょっぴり疑ってしまいましたよ。
転生経験豊富ゆえの、ありがち誤解エピソードです。えっ、分かりませんか。そうですか。
それはともかく、私達家族が暮らすこの村は、周囲を防壁で固めています。出入りの門は二つ、厳重に警備され、開閉には許可が要ります。
外に出ればすぐに魔族とエンカウント、という事でも無いようですが、話に聞いた限りでは、危険な獣が多いみたいです。
当然の事ながら、「外に出てはいけない」と子供達は言い聞かせられている訳です。
「うふふ。大丈夫、ナナかーさんの作った護符は超強力だから! お外に出ても良いって、村長さんも許してくれたのよ!」
常にハイテンションな我が母です。しかしこの護符、手作りだったんですね。誰にでも作れるモノなのでしょうか?
「二人共、今日はごちそう狙ってがんばろうね!」
ごちそうって、何ですか。と言うか、護符の説明はやっぱりしないのですか。家を出る時に「今日は護符について教えるわよ!」とか言ってたのは嘘ですか。
私とエルディンは顔を見合わせました。ナナ母はいつもこうなのです。説明不足と言いますか、相手に理解できるよう話せない? ……話す気がないと申しますか。
なんだか嫌な予感がします。
私達二人とそれぞれ手を繋ぎ、真ん中のナナ母は、上機嫌で門へ向かいました。
見上げたその姿は、動きやすそうな男物の上下と、革の胴衣、籠手、そして背中には弓を担いでいます。矢筒は見当たらず、腰には大振りのナイフ。狩人スタイル、といった所でしょうか。
こちらの世界には魔法が存在するようです。魔法そのものはまだ見た事が無いのですが、魔道具と呼ばれている物は我が家にもあります。ナナ母が矢を持っていないのは、弓が魔道具なのではないか、と見当をつけました。
ところで、気になる点が一つ。
ナイフの反対側にぶら下げているあの袋、一体何でしょうね?
門番さんは言いました。
「えっ、大丈夫なのかい?」
ナナ母への疑念が確信に変わる瞬間です。
いくら護符を身に付けているにしても、四歳児を外に連れ出すのは通常ありえない事のようでした。
それでもナナ母は、とても気軽に返事をしました。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。これ、村長さんの許可証ね」
「うーむ。ナナちゃんの腕が確かなのは知っているんだが。まあ、村長が許可したんなら……」
OKでちゃいました。
ナナ母サマ、実はお強いのですか。でも、ちゃん付けで呼ばれてるんですね。
村長さんが耄碌している可能性が無い事を祈ります。
「気を付けてなー」
門番さんが手を振って見送る中、私とエルディンは、初めて村の外へと足を踏み出したのでした。