私、誕生
今世において、私が初めて目にしたモノは、赤ん坊の顔でした。
鏡ではありません。私のすぐ隣に、もう一人、生後間もないと思しき赤子が寝かせられていたのです。
私も勿論、赤ん坊の姿でした。生まれた日はさほど離れていなさそうです。
周りにも視線を向けるものの、まだはっきりと見える状態ではなく、現状が分からない私は、仕方なくその赤子をじっとガン見しておりました。暇つぶしです。
なかなか可愛いらしい顔立ちをしています。
地球でいう所のホモ・サピエンス--つまりは人間の赤子です。もしかしたらここは、地球系列世界なのでしょうか。
--突然大きな獣の腕が、隣の赤子を連れ去ってしまいました。地球系列ではなかったようです。ガチのファンタジー世界です。
まさかこのまま、胃袋一直線コース?
……杞憂でした。
私は今、巨大な猫型人間に抱っこされています。右腕……右前足に私、左前足にさっきの赤ん坊と、大猫さんは器用にも、子守りをしているようです。
扱いはとても丁寧で、身の危険は全く感じません。
知能が相当高いのでしょう。何事か、私達に話しかけてもいます。
肉球がプニプニしていて気持ちがいいですね。
大猫さんが話している言葉が、この世界の一般的な言語なのかはまだ分かりませんが、いずれは色々とおしゃべりしてみたいです。
大猫さんが、何かに気付いたように、体ごと振り返りました。私の視界も、くるりと向き直ります。
女性が立っています。大猫さんに話し掛けながら、近寄ってきました。
ひょい、と私達赤ん坊を覗き込み、また何か--今度は私達にでしょう、話し掛けます。
大層な美人さんでした。黄金色の髪が眩く感じます。やけにキラキラと輝いていますが……。
ふむ。なんとなくですが、私の母親という感じではないですね。
まだ自分の顔を確認していないので断言は出来ないのですが。……あちらの赤ん坊と女性の面影が、似ている気がします。
しげしげと眺めていた所、話し声に反応したのか目を覚ましました。ゆっくりと開いた眼の色は、深みのある紺碧。女性と全く同じものでした。やはり、と確信します。
起き抜けにぐずりはじめた赤子を大猫さんから受け取り、女性はどこかへと行ってしまいました。多分、授乳タイムなのでしょう。
相変わらず大猫さんにあやされながら、私はぼんやりと考えます。……兄弟とかではないと思うのですが。それでは、私の親は一体どこに?
部屋の中が暗くなり、大猫さんが灯りを準備し始めた頃、ようやく私の親と思しき方が帰って来ました。
ちなみにその前で、お腹をすかせた私は、大猫さんから水飴を、金髪美人さんからお乳を少々いただきました。赤ん坊なのに気恥ずかしかったのは、前世の記憶の名残でしょう。美人最高。
……失礼いたしました。
大きな嬌声と同時に、いきなり抱き上げられました。艶やかな黒髪の女性が、私に頬擦りをしてきます。テンションも高く、くるりとその場で一回転してさらに高い高い。……もうちょっと、お手柔らかにお願いします。まだ、首すわってません。
金髪美人さんがお怒りのようです。黒髪さんにチョップをかまし、ようやく落ち着きました。
……うん、この方が母親なのでしょうね。随分と若く見えますが。
その見た目だけを地球人の年齢で言えば、まだ十代半ば程のように思えます。金髪美人さんの方は、二十歳そこそこでしょうか。
この二人が友人関係、もしくは親類(姉妹にしては似ていません)なのだろうというのは、親しみあった雰囲気から察せられます。
気になる事はいくつかありますが……。
どうやら今世の母親は、ちゃんと愛情を注いでくれそうで、有り難い事です。
言葉が理解できるようになるまでは、まだ時間が掛かります。この体が自由に動けるようになるのも。
それまでは、赤ん坊ライフを満喫すると致しましょう。