第二十九話
「はあ……リヒトにまで先越されちゃうとはね」
僕の胸に付いたブローチを見ながらツェリさんがため息をついた。
それはジナムさんから頂いたあの羽を加工した物。
すなわち婚約の証だった。僕らの間には今ドレスのデザイン画が広がっている。
自室にて僕は彼女に結婚式の事で相談に乗ってもらっていた。
求婚を受けた次の日、僕は女である事と婚約についてメンバーに報告。
案の定、僕が女である事はさらっと流された。結構、重要事項のはずなのに。
後から知ったのだが獣人やゲイルさんには匂いでバレていたらしい。
それでも僕から言うまで待っていてくれたのだから、ここの人達はやっぱり優しい。
ただ婚約についてはかなり突っ込まれた。でも大体「おめでとう」「もげろ」だった。
お世話になったツェリさんには僕の生い立ちも話したのだが「そうなの」で終了。
誰も彼もが安定の反応過ぎて、やっぱりこっちが戸惑った。
「ルッカのブーケたぶん受け取れないからアンタのくれる?」
「はい、ぜひ」
「ありがと……助かるわ、ルッカのブーケトスは死人が出そうだもの」
さすがにマスターより先に挙げるのは……と考えて僕達の挙式はその次月に。
というか結婚式が何故そんな物騒な事に、少し頭を捻りすぐにわかった。
ルッカさんは元軍人。来賓として部下を招待するならば彼女たちもまた軍人だ。
それも小柄なルッカさんとは違って、ジナムさんのトラウマを絵に描いたような方々ばかり。
確かにそれは戦場になりそうだ、血の雨が降ってもおかしくない。
「それに比べてアンタのとこは平和よね」
「そうですね、義姉様達は皆さん嫁がれてますし、
ジナムさんのお友達も男性だけ……それに僕には親類いないので」
あの年齢だから子がいるのかもしれない、
でも花は美しい私の引き立て役とか常々言っていたぐらいだ。
僕の身内にはブーケトスで絶対意固地になる人が一人。
でも彼女は招待しないし、そもそもどうやったって参加できない。
姉に下された処罰は魔力保有量縮小に加え強制退還及び転送術の封印。
とくれば、もうあの人はこちらに渡ってくる事はできないだろう。
たぶんそれどころじゃない。あの人は老いても尚、王座に付いていたと思う。
可能だったのは魔術師として脅威だったから。
でも今や膨大な魔力を失った彼女はただの高慢な老婆だ。
ただでさえ僕の世界は実力主義。周りは全力で排除にかかるだろう。
母や姉が死んでいても姉の子孫はいるのかもしれない、でも知らない以上いないも同然だ。
その事がほんの少しだけ寂しく思う。
「ねえ、リヒト。このデザインが良いんじゃないかしら」
「あ、僕もそれにしようかと思ってたんです」
「でしょ?」
見事に僕の嗜好を言い当てたツェリさんは自慢げに笑う。
姉のそれとはちがって嫌味がない。育ちがいいのか、上品な仕草だった。
ツェリさんとは女だとバレる前から仲が良い。
魔術師として尊敬の他、彼女の傍はジナムさんとまた違った心地よさがある。
もしまともに育っていれば、姉というのはこんな存在だったんだろうか。
あと前々から感じていたのだけれど彼女と僕はどことなく近い。
背丈や目の色に魔力の形とか、さっきもデザインの趣味が合った。
なんとなくそれを口にする。それはただの話題提供のつもりだった。
「そりゃ従姉妹だもの、似るわよ」
「……誰と、誰が、ですか?」
「私とリヒトが」
こっちと悩んだのよね、とツェリさんが手に取ったデザイン画。
それは僕も比べていた分だ。というか、え?
母は当然ながら父様からもそんな話を聞いた記憶は無い。
けれど僕の事情を聞いて彼女は気がついたのだと。
「アンタの名前、なーんか覚えがあったのよね。
で、よく考えたら母方の叔父がそうだったなって」
「でも僕の一族は……兄弟がいない者しか嫁げません。
それに父様も兄弟がいたとは言ってなかったです」
「例外とは言え、王家に嫁いだ以上あんまり広めたくなかったんでしょ。
私の母と叔父はアンタと一緒。双子の姉弟だった。
顔も気質もよく似ていたらしいわ、でも仲が良かったと」
父様が僕らに優しくしてくれたのは愛情を知っていたからだったのか。
もしかしたら二度と会えない姉を僕らの中に見つけたのかもしれない。
それを姉は自分だけを見ていないと感じ取っていたのか。
だとしても父様は僕らを大切にしてくれていたのに。何にせよ今はもう分からない。
「母リヒテルシュテーゼは私が物心ついた時にはいなかったわ。
たぶんアンタのお父さんと同じで、娘である私を庇って消されたんだと思う。
だから噂でしか知らないの、気付いた頃には屋敷に軟禁されてたし」
短い父の名、長いツェリさんのお母さんの名、対になるように、ただ頭は揃えて。
そこへ思い至り、ようやく彼女の話に実感が湧いた。
きっと父にとっても『リヒト』は大事なものだったのだろう。尚更受け継いで良かった。
「リヒトの存在にはずっと感謝してたの。
こっちの世界へ私が来られたのはアンタの逃亡騒動のおかげだから。
私の家は王家に近い貴族。どうしても国の問題には力を回す必要があった。
だから屋敷の警備が手薄になってたのよ、それでどうにか逃げだせた」
「……そうだったんですか」
「本当はアンタの方が年上なのよね。
私が逃げた時は十二才で、アンタは十五才でしょ?
でも私の方が前の時代に飛んじゃったから逆転しちゃったのね」
世界と時は無限に広がっている。
だから同じ時代の人間が同一世界に来る事ですら珍しいのに、
更に近い時代に飛ぶなんて奇跡と呼ばざるを得ない。
「あと私には叶えられなかった事を成し遂げたのも嬉しかった」
「ツェリさんができなかったこと?」
「私は引き止められても逃げてしまった。拒まれたくなくて告げられない。
でもリヒトは留まった、苦難だと知りながら想いを受け止めた。
私と似た境遇なのに違う選択ができたアンタには勇気付けられたの」
ありがと、と花が綻ぶようにツェリさんは笑う。
僕の方こそ彼女に助けられていたのに。申し訳無いやら、嬉しいやら。
「私は母親似で、たぶんアンタは父親似だと思うのよ。
双子の血って惹かれ合うものなのかもね。
近い境遇を辿ってるし、同じ世界に飛んできたところからしても」
「そういえば姉もここに飛べてましたね」
その通りだと深く納得した。偶然にしてはできすぎてる。
彼女もまた必ず巡り会う人だったのかもしれない。
ツェリさんも同じように思ったようだ。
「もしどちらかが男だったら運命の人だったりして」
「そうかもしれません。だとしても僕はジナムさんを選びます、きっと何度でも」
「それってノロケ?むかつく」
口ではそう言いながらも声と顔は楽しそうだ。
この様子からして彼女もわかっていて聞いたのだろうか。
どちらにしろ僕は変えられない、何があろうと最後に辿り着く先は比翼の元。
リヒト、と彼女が僕の名を呼んだ。
「友達としても家族としても祝福するわ。
絶対に幸せになりなさいよ」
その願いに僕は大きく頷いた。




