第十八話
「これでよし、と」
久々の大型賞金首にハルモニアはいつも以上に賑わっている。
けれど僕はマスターからの外出禁止令によりギルドで留守番の日々。
とはいっても何もせず過ごしていた訳じゃない。
自室に籠もり、机に向かい合っていた。ある目的の為に。
「……何をしているんだ、リヒト」
「あ、ジナムさん」
作業を終えた僕の近くへ彼が寄ってきた。
魔力による不調が出ない所から見て、
先にツェリさんに結界を張ってもらっていたらしい。
僕の手元を覗き込む。そこには数々の小石。
黙々とそれを握っているのだから異様に思うのも仕方あるまい。
「戦いの準備です」
ゲイルさんから買い取ったこれは魔石の欠片。
それに含まれた魔力を取り除き、代わりに魔法を閉じ込めていた。
通常、魔法を使うには詠唱が必要だが、これなら即座に発動できる。
その瞬間発動と使用時に魔力を必要としないのがメリットだ。
一つ欠点をあげるなら小ぶりな為、あまり強い魔法は込められない。
だが今回は必要なのは量。威力はこれで十分だ。
「うまく使いこなせれば強力な武器になるんですが……」
そうか、と間髪置かずに返事が返ってきた。
ジナムさんはそれ以上聞かない。いつもそうだ。
どうやって使うのか、どう戦うつもりなのか、何一つ。
魔術の知識にはてんで乏しいと自ら認めていたのもあるだろうが、
僕を信頼してくれているのだとすぐ気付いた。
どんな時でも即興で作戦に合わせてくれる、自然と息が合うのだ。
僕とジナムさんは似てない。真逆だと言っても良い。なのに彼の傍はひどく落ち着く。
本当は彼が僕の……そこまで考えて止めた。
「潜伏場所は相変わらず見つからんな」
ハルモニアが動き始めておよそ十日。
最後に進展があったのは四日前まで。
ツェリさんが追跡したものの、敵対ギルドからの妨害で取り逃がしてしまった。
以来、あの女はどこかへ身を潜めているようだ。
ほとぼりが冷めるまでそうするつもりなんだろう。
あの女は強い。だがツェリさんとは魔術師としての格が違う。
一方的にいたぶる事しか知らないあの女が場数を踏み続けているツェリさんに敵う訳がない。
そう感じたからこそ逃げの体勢に入ったのだと思う。
「……結局俺だけが未確認か。
お前と同じ姿ならすぐ見つかりそうなものだが」
少し拗ねたようにジナムさんが言う。
ツェリさん、ゲイルさん、マスター、黒騎士さん……等々、
探索に向かったメンバーは皆あの女を見かけたらしい。ジナムさん以外。
負けず嫌いの彼は妙に悔しがっている。
「買い物帰りのスミスですら見つけたというのに」
「えっと、僕と同じとは言え、女の姿をしている訳ですし。
ジナムさん、無意識に視界から外してるとか」
「……納得いかん」
彼の不服顔は治らない。こんな事でムキになるとは案外子供っぽい所もあるんだな。
唇を尖らせるその姿に含み笑い。もう少し見ていたい所だが思考に移る。
目撃したメンバーから話を聞くに、あの女は僕と同じ年頃のようだ。
という事は僕が逃げて数年も経たないうちに異世界転移ができる程の力を付けたのか。
厄介だな、と思う。だからといって退く気はない。
僕が元居た世界から異界へ行くのは困難とされる。
というのも異界へ繋がる空間の歪みが滅多に開かないからだ。
僕はそれを使って渡る事ができた。偶然見つけたのは奇跡に近い。
数十年に一度開くか否か。となるとあの女が利用できたとは考えにくい。なら人為的に開かせた訳だ。
ただでさえ膨大な魔力を使うというのに、渡る世界を選ぶとなると更に難易度は増す。
ここはあちこちで空間の歪みが見かける為、帰るのは容易いとはいえ、
相当な自信を持ってきたのだろう。現に成功させているのだ、その実力は計り知れない。
「……僕、検討付いてるんです、あの人の潜伏場所」
「どこだ」
「紅の森です、あそこはあの人の能力を生かせる環境だから」
「そこならつい先日別のギルドが調査に向かった。
だが迷いに迷い、結局何も見つからなかったらしい」
それを聞いて確信する。やはりあの女はそこにいるのだ。
震える手をごまかすようにぐっと握り込む。
準備は整った。後は全力で臨むだけ。
「高度な結界が張られているんだと思います。
誰もが迷うのはそのせい、魔術師は確実に弾かれます。
おそらくツェリさんでも解けません、入れるのは僕だけ。
だから……今夜、行ってきます」
「わかった」
「……できれば、近くまで一緒に来ていただけませんか」
「言われずとも最初からそのつもりだ」
力強い返答は何よりの励ましだった。
薄れる恐怖。大丈夫、今の僕はひとりぼっちの無力な子供じゃない。
今度こそ守りたい人を守ってみせる。