第十六話
「ふざけるなっ!!」
突如声を張り上げた俺にリヒトは驚いていた。
かまわずリヒトの手を掴む。逃がしてやるつもりはない。
戸惑いの色を見せる彼を前に俺は大きく息を吸った。
「言ったはずだ、俺はお前が必要だと」
「……でも僕は」
「お前の事情なんぞ知らん。
逃げる気ならどこまでも追いかけてやる!」
「これは僕の問題です、ジナムさんは」
「知らんと言ってるだろう!」
大声で言い合う。ほんの少しの隙も与えやしない。
膠着するリヒトの意思を強引に押し潰す。
でも息が切れるばかりで進退窮まる。俺も彼も口を噤いだだけだ。
それでも引き下がる訳にはいかん。何が何でもリヒトの口から言わせなければ。
お前の考えは間違ってる、それではお前も俺も互いを失うだけだ。
「もし万が一でもお前を失った時、
お前の犠牲で生き長らえて俺が幸福になるとでも思うのか。
俺にお前を救えなかった事を一生後悔させるつもりなのか」
「……そ、んな事」
「はっきり言え!リヒト、お前はどうしたいんだ。
本当に最善だと思っているのか……違うだろう!」
ああ、この頑固者め!無理矢理、顔を上げさせ視線を合わせる。
その動作に彼が戸惑いを覚える前にたたみかけた。
ぐっと噛みしめられていた唇がゆるゆると開き始める。
そして彼は消え入りそうな声で訴えた。
「かえりたくない」
揺らぐ瞳、そこには迷いが産まれ始めている。
ツェリに見られるがお構いなしだ。今やらなければ意味がない。
ぐちゃりと泣きそうに顔を歪めた彼を抱え込む。
その動作に彼はしばらく為すがままだった。
時間をおいて彼は俺に縋り付く。眼前の小さな肩は震えていた。
「ずっとずっと、ここに居たいです。
でもそうしなきゃ、また僕のせいで、」
ころされる。涙混じりで必死に訴えられた。
その声は彼が倒れた時、譫言のように呟いていたものと同じ。
意味深な発言だと気になっていたが、そういう意味か。
おそらく彼は大切な誰かの犠牲によって生き延びたのだろう。
それが負い目となって過去に縛られた。その相手の影響で誤った手段に出ようとしている。
誰かわからんが彼を生かした事は感謝する、だが越えさせてもらうぞ。
「お前の為には死ねん」
俺はリヒトの大切な誰かと同じ道は歩めない。
例えそれが彼の為だろうが俺は変えるつもりはない。
俺の発言に彼は息を呑む、続きを紡ぐ前に握りこんだ手へ力を込めた。
「むざむざ殺されてやるものか、俺はお前の為に生きてみせる」
死んでしまっては意味がない、命を救っても心を刻ませては。
だから俺は彼の為に死ねやしない。俺の本意を理解したリヒトが目を見張る。
それに合わせて、沈黙を保っていたツェリが口を利いた。
「……私も力にはなるけど、殺されるつもりはさらっさら無いわよ」
物言いこそ素っ気ないが、優しさを含んだ声。
彼女には普段の態度から色眼鏡で見ていたが少し改めようと思った。
小さくリヒトが俺達を呼ぶ。そしてゆっくり唇が動いた。
「僕……此処に居てもいいんですか」
「聞くまでもないだろ」「聞く必要ないでしょ」
俺もツェリも一瞬の躊躇いもなく了承する。
寸分の狂いもなしに、おかげで被る返答。
想定外の息のあった様子に、リヒトはそっと笑みを見せた。