第十五話
気にしないようにしていたが、やはりリヒトの反応が気になる。
話してくれとは言わない。だが頼ってほしかった、けれど彼にはむしろ避けられている。
このままでは埒が空かない、俺はいったいどうするべきなのか。
「ちょっと面貸しなさい、ジナム」
延々と繰り返す自問自答。自室で頭を抱えていた所へ突然の来訪者。
誰かと思えば扉を開けるやいなや仁王立ちのツェリ。
喧嘩腰で来られるような事をした覚えは無い。
ただでさえ苦手意識を拭えないというのに、思わず後ずされば胸ぐらを掴まれた。
同室の黒騎士が後ろで何か言ってる。たぶん制止か。だがわからん。
「リヒトを永遠に失いたくなかったら」
黒騎士の声を丸っきり無視して、下から俺を睨め付けるツェリ。
現状に混乱していたが、その一声で我に返る。
初めて彼女と視線を合わせた。真摯な瞳はまっすぐ俺を見ている。
「どういう意味だ」
「そのまんまよ」
あくまでここで答えるつもりは無いらしい。
彼女がリヒトを大切にしているのは知っている、俺と同じくリヒトに逃げられている事も。
悪意的な物は感じない以上、何があるのだ。
俺の承諾と共に拳を離し歩き出す彼女。黙ってその後ろへついて行った。
◆◆◆◆◆◆
「えっと……どうしたんですか?ツェリさん、ジナムさん」
「リヒト、入らせてもらうから」
やってきたのはリヒトの部屋。
彼の戸惑う様子からしてやはり急な訪問だったらしい。
だがここでも強引にツェリは事を進める。
入り口で俺が立ちすくんでいたなら振り返って何かを唱えた。
呪文を唱え終わった時、俺の周りが煌めく。
「結界張ったの、それで大丈夫よ。だから入ってきて」
「あ、ああ……」
内心怯えながらも彼の部屋へ入り込む。
初めて足を踏み入れた時のように息苦しさは起こらなかった。
変に動機は早鳴るが……そればっかりはどうしようもないだろう。
相部屋と比べ、一人部屋だけあって広くはない。
だがかろうじて三人座れるだけのスペースはあった。
配置を変えたのだろうか、俺が今座り込んだ場所に置かれた魔具は見当たらなかった。
「それでご用件は……?」
「アンタ、バカな真似する気でしょ」
何故俺と一緒なのか不思議に感じているようなリヒト。
そこへずばっと切り込んだツェリ、堂々と確信した口調だった。
対するリヒトの反応は明らかに動揺している。
その態度は事実だと認めているようなものだった。
「何の事ですか」
「とぼけても無駄だから。
元居た世界から追っ手が来てる、それも望まない形で……違う?」
それでも冷静に振る舞おうとするリヒトに追い打ちをかけるツェリ。
俺はただ二人のやりとりを見つめる事しかできない。
少ない情報の中から事情を拾いあげようと必死で耳を傾ける。
強い眼差しに観念したのか、気まずげにリヒトが視線を逸らす。
「相手は自分を取り戻す為ならどんな手でも使う。
逆に言えば、アンタさえ見つかればすぐに立ち去る。
だから周囲に危険が及ぶ前に自己犠牲に走るつもりでしょ」
どうして、とツェリの推理に彼は疑問をあげた。
それは肯定以外の何物でもない。ツェリのあの言葉は本当にそのままの意味だったのか。
彼は元の世界へ戻り、二度と帰ってくる気は無いのだろう。
前と比べ、物の減っていた部屋が何よりの証拠だった。
「……そこまで見破られたら誤魔化せないですね。
ツェリさんの仰る通り。だから……これが最善なんです」
諦めたようにリヒトは笑う、それは明確な拒絶だった。
思慮深い彼の事だ、俺達を巻き込みたくないのだろう。
相手を想うからこその別離、確かにそれは素晴らしい選択だろう。
……俺以外にとっては。